恋は熱量

うしお

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42、願い

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「……ぁ……っ」

ジュールは、震える手で男の頬に触れた。
男は少し驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに目を細め、ジュールの手を包み込むように自分の手を重ねてきた。
ジュールがすがるような気持ちで男を見つめると、男はジュールのすべてを包み込むような優しい眼差しで見つめ返してくる。
これまで、ジュールが見てきた誰よりも優しく、本当に愛しいものを見ているのではないか、と思えるような瞳だった。
けれど、そのきらきらした宝石のような男の瞳に映っていたのは、いつもと何も変わらないいかついジュールの顔、そのものだ。
男から分け与えられた魔力がいかに多くとも、とても長い間、満足な精気を獲られずに生きてきたジュールの体が、いきなり他の淫魔たちのように可愛くなったり、綺麗になったりするわけではないのだと思い知らされる。

「どうした?」

それでも、ジュールに優しく尋ねる男は、何も変わらなかった。
初めて会った時からずっと、この男は変わらない。
当たり前のことのように、ジュールにも優しく接してくれる。

「どう、して……?」

「どうして……? なにが、聞きたいんだ?」

どうして、こんなに優しくしてくれるのだろうか。
ジュールは、こんなにも淫魔らしくない出来損ないなのに。
誰からも必要とされない存在なのに。
こみ上げてくる思いは、言葉にならず、胸の奥に詰まってしまったかのようだった。
ジュールの胸の中に、たくさんの思いが渦巻いていた。
きっと、吐き出してしまえたら、楽になれるはずなのに、そのどれもが、ジュールの中に塞き止められている。
どこにもいけない苦しみが、ジュールの胸を締め付けた。

「…………しぃ……」

苦しくて、苦しくて、どうすることもできなくて。
それでも、溢れた思いは形を持ち、ついに言葉となって口をついた。
それと同時に、胸の奥に詰まっていた様々な思いが、ジュールの頬を一筋の涙となって溢れ出していく。

「……ああ、頼むから泣かないでくれよ。俺では役に立たないかもしれないが、あんたのためならなんでもしてやる。だから、どうか、ひとりで泣かないでくれ」

男はジュールの頬を流れる涙を拭いながら、啄むような口づけの雨を降らせた。
触れるだけの唇からすら、男のあたたかい精気がじんわりと伝わってくる。

「…………た、…………しぃ……っ」

ジュールは男に向かって、精一杯、両手をひろげ、その大きな体を抱きしめた。
たくましい男の体だ。
ジュールより、何もかもが大きくて力強い。
男もまた、ジュールの体を強く抱きしめ返してくれる。
ジュールは、たまらなくなって、その首筋に顔をうずめた。
僅かに香る男の汗さえ、ジュールには甘く熟れた果実のように感じられる。
食べてしまいたい、と思った。
この肌を伝う汗の一滴すら残さず、すべてを腹におさめてしまいたい、と。
それは淫魔としては正しく、人には受け入れてもらえないであろう性欲食欲だった。

うっかり男の首筋に食らいついてしまわぬよう、ジュールは自分を抑えた。
抑えていなければ、きっと男の首筋を舐めまわしながら男の陰茎を求め、みだらに腰を振っていたことだろう。
ジュールも、まさか性欲食欲を抑えることが、これほど大変なことだと思ってはいなかった。
これまでの性交食事の時には、一度も感じたことのない衝動だった。

男が何度もそうしていたように、ジュールは体を少しだけのばし、耳に唇が触れるほど近くへ寄って囁いた。

「あなたが、欲しい、です」

思っていたよりも、口から出た言葉は力強く、ジュールは驚いていた。
けれど、驚くと同時に、胸の奥に詰まっていたものが、するりと溶けていくのがわかった。
それは間違いなくジュールの願いだったから。
ずっと、ずっと、いつかもわからない昔から、ジュールが望んできたことだったから。
ジュールのことを、優しく抱きしめてくれる人が、ずっと欲しかったのだ。

ジュールは、他の誰からも求められずに生きてきた。
いつでもひとりで生きてきた。
泣いても無駄だと知っていたから、ジュールはあまり泣いたこともなかった。
欲しがっても無駄だから、ジュールは何かを欲しいと思ったことがなかった。
でも、いまなら手の届くところに、ジュールが欲しくてたまらないものがある。
なんでもしてくれるという言葉がなくても、ジュールはこの男が欲しかった。
むしろ、この男だけが欲しかった。

「……………………………………は?」

吐息のような返事を、ジュールは男の首にしがみついたまま聞いた。
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