恋は熱量

うしお

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38、融解

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ジュールが痛みに泣き叫んでも、誰も止まってはくれなかった。
裂けたところから血が流れ出しても、彼らは自分たちが汚れたことを怒るだけで、心配されたことさえない。
むしろ、すべりがよくなったと腰を打ち付け、腹の中に白濁を注ぐだけだった。
どうして、この男は違うのだろう。
ジュールのことを、普通の人みたいに扱う。
娼館にいたときでさえ、出来損ないの淫魔なジュールは物以下の扱いしかしてもらえなかったのに。
ジュールを抱きしめる腕は熱くて、育ててくれた老人よりはるかに力強い。
守られている、と思った。
この腕に守られている、と。

「ごめんなさい」

ぽろりと出た言葉は、ジュールの心にまで染みこんだ。
どこかで固く押し込めていたものが、するりとほどける。
ずっと、ずっと、こらえていたものが、一気に溢れ出して止まらなくなった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

何に謝っているのかもわからない。
ただ、その言葉が溢れて止まらなかった。
ぽろぽろと涙を溢しながら、男の背中にしがみついた。

ずっと、どうしてジュールには誰もいないんだろう、と思っていた。
みんなにはいるのに、ジュールにだけはいなかった。
ジュールを大事にしてくれる誰かも、慈しんでくれる誰かも、叱ってくれる誰かも、怒ってくれる誰かも、抱きしめてくれる誰かも……愛してくれる誰かも。
ジュールには、誰も、誰もいなかった。
唯一、愛してくれるはずの親には捨てられ、血の繋がらない人たちから疎まれ続けて生きてきた。
生きていることがつらくなるから、考えなかった。
どうして、も。
どうしたら、も。
そんなことを考えても、誰も助けてくれないと知っていたから。
ずっと、思い知らされてきたから。
ジュールはひとりで生きるしかなかった。
みんなの中にいても、ジュールだけはいつもひとりだったから。
誰かの手が差しのべられなくても、ジュールは求めたりしなかった。
求めることは、見ることだから。
ジュールをひとりにする人たちを見るのは嫌だった。
早く死ねばいいのに、と思われていることは知りたくなかった。
知らなければ、気にしないでいられたから。
目を反らし続けてきた。
ただ、死ぬのは嫌だった。
幸せになれなくても、生きていたかった。

言葉にできない思いが溢れ、男の腕の中で泣いた。
わんわんとまるで子どものように泣いて、泣いて。
ジュールは男の耳元で大きな声を出しながら泣いていたから、絶対にうるさいはずなのに、男はジュールに一度もうるさいから黙れとは言わなかった。
男は泣き続けるジュールを、ただただ優しく抱きしめたまま、大丈夫、大丈夫と言い続けていた。

「……あの、ごめんなさい」

すっかり涙がかれるまで泣き続けたジュールの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
当然、しがみついていた男の左肩もひどいことになっている。
ジュールはずびずびと垂れ流しになっていた鼻水を啜りながら、目の前の惨事について心から謝罪した。

「もう、大丈夫なのか?」

それなのに、男は何事もなかったかのように、ジュールの頭を撫でながら聞いてくる。

「もう大丈夫です」

「それは、よかった」

男はジュールを抱きしめたまま、あの魔法を使ってふたりの体を綺麗にしてくれた。
目の前にひろがっていた涙と鼻水でできたひどい川も、ぐちゃぐちゃになったジュールの顔も、一瞬でさっぱりとした。

「ほら、もう大丈夫なら、顔を見せてくれ」

いっぱい泣いたせいで少し気恥ずかしく、ゆっくりと男の肩から離れた。
男はうつむいたままだったジュールのあごを掬いあげると、長い前髪をさらりと横へ流して直接目をのぞきこんできた。

「うん、綺麗な目だ。腫れたりもしてないな」

魔力に満ちているおかげで、みっともない顔にならずに済んだようだった。
男は嬉しそうに微笑むと、ジュールの額やまぶた、頬にも口づけを落とし、最後に唇を重ねてきた。
ジュールは重なった男の唇に舌を這わせ、そのまま口の中へと舌を差し入れた。
自分からするのは初めてだったが、うまくできたと思う。
わずかに目を見開いた男に、ジュールは目だけで微笑んで、大好きな男の舌を探し当てた。
男が戸惑っていたのは、本当に最初の一瞬だけで、すぐにジュールは返り討ちにあってめろめろにされてしまった。
薄く開いたままの目で、貪るように口づけを交わす男を見つめる。
男もジュールと同じように、少しだけ目を開いていて、微笑んだのか嬉しそうに細められた目尻にわずかなしわが刻まれた。

ジュールは、これが幸せなのだ、と思った。
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