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14、淫魔(3)
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老人は、ジュールにあまり食べ物を与えなかった。
どれだけお腹が空いても、ただ抱き締めて宥めるだけで、パンくずのひと欠片さえジュールに食べさせてくれることはなかった。
「できるだけ、皆様と同じように暮らしなさい」
ただ、そればかりを繰り返し言い聞かせていた。
いまでは嫌というほどよく知っているが、幼いジュールには何故食べさせてもらえないのか、理解ができていなかった。
常に腹を空かせていたように思う。
成人するより前の記憶は、そのことくらいしか残っていない。
娼館には、多くの淫魔がいたが、みんな尻尾が長くて美しいものたちばかりだった。
ジュールのように尻尾の短い淫魔は、ひとりもいなかった。
尻尾の長い彼らは美しく、いつも楽しそうに笑っていた。
成人したら、自分もあんな風に暮らすのだろうとジュールはぼんやり思っていた。
いまは短いこの尻尾も、いつかあんな風に長くなるのだろうと。
老人のいう種類の違いは、なかなか尻尾ののびないジュールのためについた嘘なのではないかと、思っていたのだ。
どうしてここには、ジュールと同じ尻尾の短い淫魔がいないのかと聞いたことがある。
老人は、短尾種の淫魔は尻尾があること以外、見た目が人に近いからだろうと答えた。
人に受け入れられやすく、それらと番うものが多いからだろう、と。
人と番えるのなら、この娼館にもいっぱいいていいはずなのに、ジュールは自分以外の尻尾の短い淫魔と一度も出会ったことがなかった。
すると、老人は短尾種に出会える確率はとても低いのだと教えてくれた。
何故なら、短尾種はその名の通り短い尻尾があるのが特徴の淫魔だが、その特徴は服の下に隠せてしまうからだと。
それから、人と番うとその特徴は半分の確率で現れなくなるからだ、とも言った。
つまり、人と短尾種の番の子は、ふたりにひとりはただの人として生まれてくる。
貧しければ子どもをふたりもうけることもなく、亡くなることもあるだろう。
そのひとりが、淫魔になる確率はやはり二分の一なのだ。
だが、もしも生まれた子が淫魔だったとして、わざわざ自分の子が淫魔であると教えるものはいないだろう。
人々が語る淫魔とは、一晩中誰とでも交わる淫乱というものだ。
性交が食事と同意であることなど、誰も理解しない。
性交はあくまでも性交でしかないからだ。
だから、多くの短尾種はその存在を隠しているだけなのだと言われ、納得した。
そういわれてみれば、そうなのかもしれないとジュールは思った。
わからないだけで、ジュールのように尻尾の短い淫魔もこの街にはいるのだと。
実際、ジュールはこの街で生まれ、この娼館前に捨てられていた。
確実に、短尾種の淫魔の血を引くものがこの街にいるという証拠だった。
だがそれは、短尾種の淫魔がこの街いる、という証拠にはならなかった。
何故なら、尻尾のない子どもにも、間違いなく淫魔の血が流れているからだ。
ただの人と人が番ったつもりでいても、気づかぬうちに互いの血筋の中に淫魔の血が混じっていれば、短尾種の淫魔の子が生まれる確率は高くなる。
同じように淫魔の血筋に連なるもの同士の夫婦から生まれる子どもは、小さな尻尾を持って生まれる可能性があるということだ。
人の夫婦から淫魔の子が生まれる。
これを、先祖返りという。
当然のことながら、夫婦のどちらにも身に覚えはないが、尻尾を持って生まれてきた以上、それはどうみても淫魔の子だ。
もちろん、淫魔の証である尻尾を持つ子どもが、人の夫婦から歓迎されることはない。
大抵の場合、子どもの存在自体をなかったことにするため、ジュールのように娼館へ置き去りにされるか、奴隷商に売られてしまうのだと教えてもらった。
老人は言わなかったが、きっと殺されてしまった子どもも多くいたに違いない。
大きくなるにつれ、こんなにたくさんいる淫魔の中で、尻尾の短い淫魔が自分だけであるということの不自然さに、ジュールは嫌でも気づいてしまった。
どれだけお腹が空いても、ただ抱き締めて宥めるだけで、パンくずのひと欠片さえジュールに食べさせてくれることはなかった。
「できるだけ、皆様と同じように暮らしなさい」
ただ、そればかりを繰り返し言い聞かせていた。
いまでは嫌というほどよく知っているが、幼いジュールには何故食べさせてもらえないのか、理解ができていなかった。
常に腹を空かせていたように思う。
成人するより前の記憶は、そのことくらいしか残っていない。
娼館には、多くの淫魔がいたが、みんな尻尾が長くて美しいものたちばかりだった。
ジュールのように尻尾の短い淫魔は、ひとりもいなかった。
尻尾の長い彼らは美しく、いつも楽しそうに笑っていた。
成人したら、自分もあんな風に暮らすのだろうとジュールはぼんやり思っていた。
いまは短いこの尻尾も、いつかあんな風に長くなるのだろうと。
老人のいう種類の違いは、なかなか尻尾ののびないジュールのためについた嘘なのではないかと、思っていたのだ。
どうしてここには、ジュールと同じ尻尾の短い淫魔がいないのかと聞いたことがある。
老人は、短尾種の淫魔は尻尾があること以外、見た目が人に近いからだろうと答えた。
人に受け入れられやすく、それらと番うものが多いからだろう、と。
人と番えるのなら、この娼館にもいっぱいいていいはずなのに、ジュールは自分以外の尻尾の短い淫魔と一度も出会ったことがなかった。
すると、老人は短尾種に出会える確率はとても低いのだと教えてくれた。
何故なら、短尾種はその名の通り短い尻尾があるのが特徴の淫魔だが、その特徴は服の下に隠せてしまうからだと。
それから、人と番うとその特徴は半分の確率で現れなくなるからだ、とも言った。
つまり、人と短尾種の番の子は、ふたりにひとりはただの人として生まれてくる。
貧しければ子どもをふたりもうけることもなく、亡くなることもあるだろう。
そのひとりが、淫魔になる確率はやはり二分の一なのだ。
だが、もしも生まれた子が淫魔だったとして、わざわざ自分の子が淫魔であると教えるものはいないだろう。
人々が語る淫魔とは、一晩中誰とでも交わる淫乱というものだ。
性交が食事と同意であることなど、誰も理解しない。
性交はあくまでも性交でしかないからだ。
だから、多くの短尾種はその存在を隠しているだけなのだと言われ、納得した。
そういわれてみれば、そうなのかもしれないとジュールは思った。
わからないだけで、ジュールのように尻尾の短い淫魔もこの街にはいるのだと。
実際、ジュールはこの街で生まれ、この娼館前に捨てられていた。
確実に、短尾種の淫魔の血を引くものがこの街にいるという証拠だった。
だがそれは、短尾種の淫魔がこの街いる、という証拠にはならなかった。
何故なら、尻尾のない子どもにも、間違いなく淫魔の血が流れているからだ。
ただの人と人が番ったつもりでいても、気づかぬうちに互いの血筋の中に淫魔の血が混じっていれば、短尾種の淫魔の子が生まれる確率は高くなる。
同じように淫魔の血筋に連なるもの同士の夫婦から生まれる子どもは、小さな尻尾を持って生まれる可能性があるということだ。
人の夫婦から淫魔の子が生まれる。
これを、先祖返りという。
当然のことながら、夫婦のどちらにも身に覚えはないが、尻尾を持って生まれてきた以上、それはどうみても淫魔の子だ。
もちろん、淫魔の証である尻尾を持つ子どもが、人の夫婦から歓迎されることはない。
大抵の場合、子どもの存在自体をなかったことにするため、ジュールのように娼館へ置き去りにされるか、奴隷商に売られてしまうのだと教えてもらった。
老人は言わなかったが、きっと殺されてしまった子どもも多くいたに違いない。
大きくなるにつれ、こんなにたくさんいる淫魔の中で、尻尾の短い淫魔が自分だけであるということの不自然さに、ジュールは嫌でも気づいてしまった。
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