恋は熱量

うしお

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7、来客(3)

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夜の森から男が足を踏み出してくる。
境目を越える瞬間、じゃりっとやけに大きく響いた足音に、ジュールは目眩がしそうなほどどきどきしていた。
本当に?と大きな声で叫びたくなった。
本当に、ジュールは選んでもらえたのだろうか。
ちゃんと言葉で聞いたはずなのに、どこかふわふわとしていて現実味がない。
もう一度、選んでくれたのか聞いてしまいたいけれど、違うと言われるのは怖かった。
淫魔の符丁など知らない、たまたまそう答えただけだと言われたら?
怖くて、恐くて、どうしても聞けなかった。
男がずんずん近づいてくる間も、ジュールはやっぱりやめたと帰ってしまうのではないかと怯えていた。
期待してはいけないと思うのに、ジュールの体はすでに歓喜に震えはじめている。
近づいてくる男に、どうしようもなく惹かれていた。
男はまっすぐ、止まることも引き返すこともなく、本当にまっすぐジュールの側までやってきた。

「ああ、飯の途中だったのか。そうだ。獲ったばかりだが、兎があるんだ。ここで焼かせてくれ。なあ、ちゃんとわけてやるから。いいだろう?」

男は固まっているジュールの肩を軽く叩くと、背中に吊り下げていた袋からまるまると太った兎を取り出した。
兎はきっちりと血抜きをされ、まるで生きたまま時を止められたかのように、美しく整えられている。
男はいま、なんと言ったのだろう?
ジュールにも、これをわけてくれると言わなかっただろうか。
血塗れのネズミでも、干からびたカラスでもなく、こんなに立派な兎の肉を?
それは、この辺りでは見たこともないよく肥えた白兎だった。

「……ぃ、いいん、ですか……?」

我が耳を疑うとはこのことだろう。
信じられないという思いで、おずおずと聞き返す。
肉を食べられるかもしれないと言うだけで、ジュールの口の中にはすでによだれが溢れ出していた。
ましてや、こんなにもまるまると太った白兎だ。
兎の中でも特にやわらかく、立派なものは貴族の食卓にすら並ぶことがあるという高級品。
ジュールのいた娼館で提供していた食事メニューにもその名はあったが、上客の中でも一部の客しか注文することがないため、注文が入るとその度にろくな客がついていないジュールがレストランまで走って配達を頼みに行っていた。
最下級以下の扱いを受けていたジュールには、肉汁の一滴どころか一嗅ぎの匂いだって与えてもられたことがない。
その白兎を、ジュールにも?
聞き返すのに、喉がごくりとなってしまったことが、恥ずかしくてしかたがない。

「ああ、もちろんだ。まさか、火だけ借りて、自分だけ食うなんてことはしねぇよ」

なんでもないことのように男は笑って言った。
明るいところでまじまじと見た男は、焦げ茶色の長い髪を頭の後ろできっちりとひとつにまとめた綺麗な男で、顔の半分ほどをおおっているヒゲも短く整えられていた。
この顔だけを見たなら、誰もが貴族だと言われて信じてしまうくらい綺麗に整った容姿だ。
森にもジュールにも、まるで似つかわしくない。
にっかりと笑った顔は、とても魅力的でジュールにはまぶしいくらいに輝いて見えた。
こんな寂れた森の奥にわざわざ来る必要などなさそうな男だ。
こんなにも美しい人なら、男でも女でも、望めばいくらでも手に入りそうなのに。
どうして、そんな男がジュールのようなもののところにきているのだろうか。
もしかしたら、と思う。
すごくひどいことをする性癖があるのかもしれない。
美しい男が、残虐に振る舞うことがあるということは、ジュールもよく知っている。
もしや、ジュールはこれから、手や足を折られたりするのだろうか?
骨を折られるのはすごく痛いことだけれど、この白兎を食べさせてもらえるのなら、耐えられるような気がする。

「…………ぁ、ありがとう、ございますっ」

これ以上余計なことを言って、男の気が変わってしまっては困る。
この白兎と引き換えなのだとしたら、どんなことでもたえてみせようと思った。
ジュールは、心を決めて頭を深く下げ、お礼を言った。

「いいよ、いいよ、気にするなって。それより……わかってるだろ?」

ぽんぽんと肩を叩いた手は男らしく武骨でたくましい。
それは、すごくたくましくなってしまったジュールでも敵わないくらいにすごかった。
指もすごく太いなと思わず見惚れたジュールの耳元で、低く囁かれたその言葉に体の奥がずくりと疼く。

「は、はいっ、も、もちろん、精一杯、おもてなしさせてもらいます」

「だいぶ溜まってるからな、よろしく頼むぜ」
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