恋は熱量

うしお

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3、貧困(1)

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「お腹、空いたなぁ……しょうがない、パンを食べるか」

ジュールは、カビ避けの魔方陣が刺繍された保存袋に手を入れ、日にちが経ちすぎてカチカチになったパンを取り出した。
閉店したパン屋が廃棄しようとしていたところに駆けつけ、無様に土下座して譲ってもらった黒パンだ。
この十日、少しずつ少しずつ魔力不足空腹をまぎらわせるために食べてきたが、残念ながらそれも今日で最後のようだった。
唯一の中身を失って、すっかりぺしゃんこになってしまった保存袋を見つめた。
次にこの袋を膨らませてやれるのは、いつのことになるだろう。
件のパン屋には、これをやるから二度と顔を見せるなと言われてしまった。
店主の気が変わらない内は、街に行っても店がある通りには近づくこともできないだろう。
それでなくても、大きくていかつい顔をしたジュールは、森から出るだけで人から怯えられてしまうことがある。
腹の底から深いため息が溢れ出すと、空気を読まない腹の虫が盛大に空腹を訴えはじめた。
たいして慰めにもならないとわかっていたが、コップ一杯の水を飲んで胃袋を膨らませてから作業に取りかかることにした。
ジュールは手のひらサイズの黒パンを、まな板代わりの平べったい石の上へと置いた。
この石はとても頑丈で、内側が少しだけ窪んでいる。
この窪みは使い方によっては、まな板としてだけでなく、皿としても使えるし、火の上に置けば鉄板の代わりにもなる便利な石だった。
そこに固くなったパンを置いて、何をするのかというと、木槌で砕こうとしていた。
保存袋は、カビが生えないようにしてくれるが、カチカチになるのは止めてくれない。
割ろうと思ったら、道具を使わないとならなかった。
これが最後のパンだとわかっているのに、一度に全部を食べてしまうのは、よくないと思った。
次のあてが全くないのだから、なおさらだろう。
念のため、半分くらいは残しておきたいと思った。
カチカチになりすぎて歯も立たない黒パンが、転がってしまわないようしっかりと押さえつけ、小さな木槌で根気よく叩いて砕いていく。
ガツンゴツンと、おおよそパンから聞こえてきてはいけないような音を立てながら、たったひとつだった黒パンはふたつの大きな塊とみっつの小さな塊、それから数えきれないいくつものパンくずに分かれた。
ジュールは砕けたパンを前に少し悩んで、そこから大きなふたつの塊を拾い上げると、くっついていたパンくずを丁寧に落として、保存袋の中に戻した。
これ以上悪くなるとは思えないが、なにせこれが唯一のまともな食料なのだ。
万が一、食べられなくなりでもしたら困ると言うもの。
だいぶ小さくはなってしまったが、ぽこぽこと再び膨らんだ保存袋の口を、丁寧に締めあげてから寝床の上にぶら下げた。
一度、机の上に置いておいた保存袋をネズミに齧られかけてから、ジュールは用心のためにここへ吊るすことにしている。
元は、部屋の中にランプを引っかけるための金具なのだが、残念なことにジュールの家には引っかけておくランプがない。
いまではすっかり保存袋専用の金具になっている。
この家でまともな家具と呼べるものは、いまにも壊れそうな机と椅子くらいしかなく、寝床というのもただ床に布を一枚敷いただけの場所でしかない。
ベッドなどという立派なものはないのだ。
そのことを改めて思えば、熱いものがぐっとこみあげてきたが、眉間にしわを寄せて飲み込んだ。

「ダメだな。お腹が空くと、いろいろ嫌になってくる」

机の上に置いてあった鍋をのぞき、底の方にほんの少しだけスープが残っているのを確認する。
指先につけて味を確かめると、味が変わってしまったのか少しだけ酸っぱいような気がしたのだが、このくらいなら腹を下すこともないだろうと思った。
むしろ、いま食べなければ、これはダメになってしまうと判断した。
さすがに量が少なすぎたので、水を足して増やすことにする。
いまは味より量が大事だ。
食べてうまいと思えるものを作ることよりも、ただ腹を満たすだけのことの方が、ジュールにとって何倍も簡単なことだった。
ひどい時は、ただひたすら水を飲み続けて腹を満たしたこともある。
胃袋はずしりと重いのに、何も満たされることのないひどい一日だった。
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