壁穴屋

うしお

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番外・マルスケスの街

番外・マルスケスの街 16

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冒険者になって、良かったことは知らない街に行けること。
新しい国や新しい街では、人間関係がまっさらになる。
ふらりとやって来た冒険者が、どこで何をしていても誰も気にしないものだ。
冒険者なんてものは、元々根なし草のようなものだから、余程の活躍でもしない限り注目されることもない。
それでも、同じところに居続ければ嫌でも知り合いは増えるし、そのうち友人や恋人なんて深い関係に発展することもあるだろう。
そういう、気のおけない知り合いがいる街で暮らす安心感も悪くない。
だが、それが時々、息苦しく感じることがある。
だから、俺を知らない街へ行く依頼を受け、外の世界に飛び出すのだ。
そして、知らない土地で思う存分羽を伸ばせば、また古巣へと戻ってきたくなる。
俺はそんな生活を、もう二十年くらい過ごしている。

いまの街に拠点を移してから、もう十年以上になるだろうか。
ちょっとした小競り合いから、大きな戦争になりそうだという話を聞き、参加した防衛戦で守り抜いた街。
まだ若かった俺はそこで盛大にやらかして、おかしな縁を得た。

ああ、そういえば、拠点に帰るなら、あいつのこともあったなと思い出したところで、前方から馬に乗った騎士が近付いてくるのが見えた。
その背中に刺さっている見慣れた紋章の領主旗に、思わず頭を抱えたくなった。
雇い主の元へと駆けてきた騎士に言われるまま、馬車は街道の待避所へと移動する。

「オっちゃん、もう、ついたの?」

幌の端を小さくめくったエリザベスが、こしこしと目を擦りながら聞いてきた。

「いや、まだだから、もう少し寝ておけ」

その頭を撫でてやりながら、中へと戻るように促した。
拠点の街の近くまで来ている馬車は、もうずいぶんと乗客の数を減らしている。
三人の子どもたちが、横になっても平気なくらい空いていて、仮眠がとれるようになっていた。

「オっさん、なんか、あったのか?」

「馬車、停まりましたね」

「なんだ。みんな起きちまったのか。なんでもない。領主様の視察御一行が街から出てきてるだけだ。領主様は偉い貴族だからな、こうやって避けて道を譲ってやるんだよ」

俺の話を聞いて、他の乗客が滅多に見られない領主を見物しようと外へ出ていく。
特に、女には大人気の美貌の領主様だ。
その人気を目の当たりにして、俺は苦笑いを浮かべることしかできない。

「りょうしゅさまって、かっこいいの?」

「なんだ、エリー。エリーも見てみたいのか?」

「うん! ねえ、かっこいい?」

「あー、まあ、綺麗というか、なんというか……まあ、顔は整ってるからな、かっこいいとは思うぞ。見るなら、そろそろ通るだろうから、外に出るか」

「うんっ!」

「……オレもいく」

外に出て、エリザベスを肩車しながら、領主の馬車が近づいてくるのを待つ。
なんだかんだとユリウスとマルコも外に出てきて、俺の前に並んでいた。
どうやら、俺を三人の子持ちやもめだと思っているらしく、乗客たちの俺たちを見る目はあたたかい。
それが何だかむず痒い感じがして、微笑ましいものを見るようなその視線から逃れるように領主一行へと目をやった。
馬車の窓にかけられたカーテンが大きく開けられていて、中で優雅に手を振っていた男の顔が、一瞬で強ばった。
そろそろ、三十になるはずだが、柔和な美貌の領主はそれより幾分若く見える。
妻も子もいるいい大人のはずだが、いつまでも少年のような若々しさを保っていて、領民からも愛されている良い領主だ。

「わー、かっこいいー」

きゃっきゃと頭の上ではしゃぐエリザベスを、落ちないように押さえてやりながら、固まってしまった領主を見た。
近くにいた騎士が呼びつけられて、何やら言われているのを見ると何だか嫌な予感がしてくる。
おい、待て、こっちを指差すな。

「一つお訊ねしたいのだが。そちらは、冒険者の『牙嵐がらん』殿とお見受けするが、如何だろうか?」

小っ恥ずかしい『二つ名』で呼ばれて、唸りながらも頷いた。
俺の戦闘スタイルが由来なのだが、でかい武器をぶんまわすだけのことに、大層な名前をつけられたものだ。
正直、自分から名乗りたい名前ではない。
それを、あのやろう、こんなところで呼びやがって。
一緒に領主見物に出ていた何人かが、それを聞いて俺の顔をまじまじと見つめてくる。
全部、あいつのせいだ。
本気で泣かすぞ。

「やはり、そうでありましたか。御高名はかねがね。領主様が、少しお話を聞きたいと仰せです。お付き合いいただけますでしょうか?」

「……ああ、少しだけなら、付き合おう。悪いが、ちょっと行ってくる」

「あ、ああ、待たせてもらうよ」

いきなり領主から名指しで呼びつけられた俺に、目を白黒させながら雇い主がこくこくと頷いた。

「悪いけど、少し待っててくれ。ユリウス、マルコ、エリーを頼む」

「は、はい」

エリザベスを下におろして、ふたりの頭をがしがしとまとめて撫でた。
一緒に連れていけはしないから、あとのことはふたりに任せる。

「馬車の中へどうぞ」

「いいのか? 俺みたいなのを、領主様とふたりっきりにして」

「領主様は、貴殿を信頼されておりますので」

「……そうかい」

ぶすっと返事した俺を、騎士は微笑んだまま見送った。
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