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エルデラの街
エルデラの街 2
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ざくりざくりと槍を地面に突き刺していく。
あれからも、何匹か土竜が出て、その度にまわりにいた冒険者は減っていった。
いまもまだ俺のまわりに残っているのは、成人したてくらいの若い冒険者三人だけだ。
少年二人と少女一人だが、パーティーでも組んでいるのか、何やら時々話し込んでいるのを見かける。
俺のそばにいても、いいことなんてないと思うが大丈夫なのか?
まさか、この辺りにはまだ土竜が出ていないから、穴場だとでも思っているのだろうか?
「いいのか、お前らは行かなくて」
俺と一定の距離を取りつつ、見よう見まねで同じようにざくりざくりと槍を突き刺している若者たちに声をかける。
よく見れば装備も安物だし、冒険者にしては体もひょろひょろとして細そうだ。
実入りが少ないとはいえ、少しでも稼ぎたいと思うなら、一撃でも多く当てに行くべきだと思うんだが、どうして俺のそばにいるんだろうか。
「……ぼくたちは、あの人たちみたいに、走れないから」
三人のうち背中に弓を背負った少年が、遠くで駆けまわる冒険者を見ながら、諦めたようにぽつりと答えた。
他の二人も同じ意見なのか、うなだれている。
よく見れば、三人が三人とも薄汚れていて、ひどく痩せていた。
二人の少年の栗色の髪は薄汚れて毛先までくすんでいるし、少し虚ろな瞳からはあるべき生命の輝きが失われ、ふっくらしているはずの頬はひどくこけていた。
ローブのフードを被ってる少女は口元以外見えないが、恐らくあまり変わらない状態だろう。
槍を地面に突き刺す時も少しふらついているようだし、引き抜くのにも時間がかかっている。
恐らく、彼らは走らないのではなく、走れないのだ。
「……エルデラには、来たばかりなのか?」
こくんと小さく頷いたのは、ショートソードをぶら下げた少年だ。
答えは、聞く前からわかっていた。
領主からの強制依頼。
一度でも受けたことがある冒険者なら、僅かではあるが装備や消耗品を買い揃えるための支度金がもらえることや、出発前にギルドに併設されてる食堂で飯がタダで食えるってことを知らないわけがない。
僅かな支度金と言ったって、自分で稼げる冒険者からすれば、だ。
彼らのような駆け出しなら十分だろうし、土竜を倒せなくてもしばらくは食いつなげるだけの金額だ。
そのことを、彼らは何も知らないのだろう。
いや、知らないのではない、教えなかったのだ。
当たり前のことだが、それを説明するのはギルドの義務だ。
もちろん、慣れた冒険者の中には、すでに知っていることだからと、説明を聞こうとしないものもいる。
義務だからと真面目に説明しようとしたギルド職員が、がらの悪い冒険者に怒鳴られているところを見たことだってある。
だが、この子らは違うだろう。
この三人の、まだ子どもでしかない彼らへ、それらの説明をしなかったのは、間違いなく故意だ。
恐らく、担当したギルド職員は、彼らが受けとるべき支度金を、自分の懐にしまいこんだことだろう。
例え、彼らが誰かからそのことを聞けたとして、子どもに負けるわけがないとたかをくくっているのか、それとも単純にバカなのかは知らないが、紛れもなく冒険者を侮辱する行為だ。
この街のギルドを、まあまあ悪いなんて評価したが、前言撤回だ。
「…………クソ、以下だな」
思わず、怒りが口から漏れた。
びくうっといつの間にか近付いて来ていた三人が、揃って跳び跳ねるのを見て、頭を掻きむしった。
「悪い。今のは、お前らに対してじゃない。気にするな」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出していく。
彼らは、愚かな大人の犠牲者だ。
怒りをぶつけるべき相手じゃない。
何度か繰り返し、落ち着いたところで、杖を持った少女に話しかけられた。
ずっと二人の後ろにいて一番距離を取っていたし、前の二人も少女を守るような位置に立っていたはずなのに、いつの間にか一番前に出てきていた。
「あ、あの、おじさんは、どりゅーのたおしかた、しってる?」
フードを目深に被ってるので、顔も表情もわからないが、決意のこもった声だった。
二人の少年も、固唾を飲んで見守っている。
「知ってる、といったら、どうするんだ?」
「わたしにもおしえて。わたし、ぼーけんしゃになったけど、わかんないことばっかなの。おかねをもらうには、どうすればいいの?」
尋ねる声は細くてたどたどしく、胸の前で合わされた枯れ木のような手は、小さく震えていた。
俺みたいなおっさんに声をかけるなんて、さぞかし勇気がいっただろうに、最後まで言い切った少女は、たぶん、俺を見つめている。
「……顔を、見せてみろ」
「お、おっさん! まさか、そいつのことっ!」
少女を守ろうとしてなのか、ショートソードの少年が俺に食って掛かろうとする。
「……あのなぁ」
「わかった。かおをかくして、おねがいしたらダメだよね」
俺が文句を言うより早く、ずいっと前に出てきた少女の、今にもフードを全部外してしまいそうな手を押さえた。
俺がうっかり力を入れたら、折れてしまいそうな細い手は、それでもちゃんとあたたかかった。
「顔を見せるだけでいい。フードを脱ぐ必要はないからな」
「うん。ありがとう」
少しだけずらされたフードの中にあったのは、思っていたよりもさらに幼い少女の顔だった。
少年たちよりは、少しだけマシに見えるが、やはり彼女もひどく痩せこけていた。
手入れのされていない髪は、元は亜麻色だと思うが、泥をつけてわざと汚してあるようだった。
全体的に整った顔立ちの中で一番目立つ、淀んだ青みかかった灰色の瞳には、俺だけがうつっていた。
「おじさん、おねがい、ダメかな」
「いや、駄目じゃない。教えてやる」
「ほんと? おじさん、ありがとう!」
青灰色の瞳に、きらきらと少しだけ輝きが戻ってくる。
俺は、思わず頭を撫でていた。
壊れ物を扱うみたいに、そっと優しく撫でてやる。
「杖を持っているが、魔法が使えるのか?」
「……まほうは、ちょっとだけ」
「何が出来る?」
「みずがでるの。でも、みんなでのんだら、すぐなくなっちゃう」
「今日は、まだ出せるか?」
「うん。きょうは、まだだから」
きっと、この少女の出す魔法の水で、ここまで生き長らえて来たのだろう。
水さえあれば、最悪死なないと言われているが、それにだって限界がある。
ましてや、育ち盛りなはずのこの子らが、いつまでもそんな僅かな水だけで生きていけるわけもない。
飢える苦しみを知ってる俺に、見捨てられるわけがなかった。
「よし、それなら大丈夫だ。俺が水を出せと言ったら、すぐに出せるのか?」
「だせるよ」
「じゃあ、一緒に土竜退治をしよう。俺をパーティーに、入れてくれるか?」
「ユリにぃ、マルにぃ、いいよね?」
「エリーは、大丈夫なのか?」
「うん。このおじさん、ぜんぜん、こわくないよ」
「……そっか、怖くないか」
「うん。だから、なかまになってもらおう?」
「そうだな。そうしよう」
それまで、俺たちが話しているのをじっと待っていた二人の顔にも、笑顔が戻ってきていた。
「あの……ごめん。さっき、おれ……」
「気にするな。俺みたいなおっさん、警戒しない方がおかしい。それより、よくここまで守ってきたな。立派だったぞ」
二人の少年の頭も撫でてやる。
この三人の反応からして、世の中にはろくでもない大人がいるということを、もう知ってるんだろう。
それでも、ここにいるということは、その毒牙にかからなかったということだ。
「お、おれ……」
「あり、がと」
少し湿っぽくなってしまったが、そうして俺は久しぶりにパーティーに参加することになったのだった。
あれからも、何匹か土竜が出て、その度にまわりにいた冒険者は減っていった。
いまもまだ俺のまわりに残っているのは、成人したてくらいの若い冒険者三人だけだ。
少年二人と少女一人だが、パーティーでも組んでいるのか、何やら時々話し込んでいるのを見かける。
俺のそばにいても、いいことなんてないと思うが大丈夫なのか?
まさか、この辺りにはまだ土竜が出ていないから、穴場だとでも思っているのだろうか?
「いいのか、お前らは行かなくて」
俺と一定の距離を取りつつ、見よう見まねで同じようにざくりざくりと槍を突き刺している若者たちに声をかける。
よく見れば装備も安物だし、冒険者にしては体もひょろひょろとして細そうだ。
実入りが少ないとはいえ、少しでも稼ぎたいと思うなら、一撃でも多く当てに行くべきだと思うんだが、どうして俺のそばにいるんだろうか。
「……ぼくたちは、あの人たちみたいに、走れないから」
三人のうち背中に弓を背負った少年が、遠くで駆けまわる冒険者を見ながら、諦めたようにぽつりと答えた。
他の二人も同じ意見なのか、うなだれている。
よく見れば、三人が三人とも薄汚れていて、ひどく痩せていた。
二人の少年の栗色の髪は薄汚れて毛先までくすんでいるし、少し虚ろな瞳からはあるべき生命の輝きが失われ、ふっくらしているはずの頬はひどくこけていた。
ローブのフードを被ってる少女は口元以外見えないが、恐らくあまり変わらない状態だろう。
槍を地面に突き刺す時も少しふらついているようだし、引き抜くのにも時間がかかっている。
恐らく、彼らは走らないのではなく、走れないのだ。
「……エルデラには、来たばかりなのか?」
こくんと小さく頷いたのは、ショートソードをぶら下げた少年だ。
答えは、聞く前からわかっていた。
領主からの強制依頼。
一度でも受けたことがある冒険者なら、僅かではあるが装備や消耗品を買い揃えるための支度金がもらえることや、出発前にギルドに併設されてる食堂で飯がタダで食えるってことを知らないわけがない。
僅かな支度金と言ったって、自分で稼げる冒険者からすれば、だ。
彼らのような駆け出しなら十分だろうし、土竜を倒せなくてもしばらくは食いつなげるだけの金額だ。
そのことを、彼らは何も知らないのだろう。
いや、知らないのではない、教えなかったのだ。
当たり前のことだが、それを説明するのはギルドの義務だ。
もちろん、慣れた冒険者の中には、すでに知っていることだからと、説明を聞こうとしないものもいる。
義務だからと真面目に説明しようとしたギルド職員が、がらの悪い冒険者に怒鳴られているところを見たことだってある。
だが、この子らは違うだろう。
この三人の、まだ子どもでしかない彼らへ、それらの説明をしなかったのは、間違いなく故意だ。
恐らく、担当したギルド職員は、彼らが受けとるべき支度金を、自分の懐にしまいこんだことだろう。
例え、彼らが誰かからそのことを聞けたとして、子どもに負けるわけがないとたかをくくっているのか、それとも単純にバカなのかは知らないが、紛れもなく冒険者を侮辱する行為だ。
この街のギルドを、まあまあ悪いなんて評価したが、前言撤回だ。
「…………クソ、以下だな」
思わず、怒りが口から漏れた。
びくうっといつの間にか近付いて来ていた三人が、揃って跳び跳ねるのを見て、頭を掻きむしった。
「悪い。今のは、お前らに対してじゃない。気にするな」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出していく。
彼らは、愚かな大人の犠牲者だ。
怒りをぶつけるべき相手じゃない。
何度か繰り返し、落ち着いたところで、杖を持った少女に話しかけられた。
ずっと二人の後ろにいて一番距離を取っていたし、前の二人も少女を守るような位置に立っていたはずなのに、いつの間にか一番前に出てきていた。
「あ、あの、おじさんは、どりゅーのたおしかた、しってる?」
フードを目深に被ってるので、顔も表情もわからないが、決意のこもった声だった。
二人の少年も、固唾を飲んで見守っている。
「知ってる、といったら、どうするんだ?」
「わたしにもおしえて。わたし、ぼーけんしゃになったけど、わかんないことばっかなの。おかねをもらうには、どうすればいいの?」
尋ねる声は細くてたどたどしく、胸の前で合わされた枯れ木のような手は、小さく震えていた。
俺みたいなおっさんに声をかけるなんて、さぞかし勇気がいっただろうに、最後まで言い切った少女は、たぶん、俺を見つめている。
「……顔を、見せてみろ」
「お、おっさん! まさか、そいつのことっ!」
少女を守ろうとしてなのか、ショートソードの少年が俺に食って掛かろうとする。
「……あのなぁ」
「わかった。かおをかくして、おねがいしたらダメだよね」
俺が文句を言うより早く、ずいっと前に出てきた少女の、今にもフードを全部外してしまいそうな手を押さえた。
俺がうっかり力を入れたら、折れてしまいそうな細い手は、それでもちゃんとあたたかかった。
「顔を見せるだけでいい。フードを脱ぐ必要はないからな」
「うん。ありがとう」
少しだけずらされたフードの中にあったのは、思っていたよりもさらに幼い少女の顔だった。
少年たちよりは、少しだけマシに見えるが、やはり彼女もひどく痩せこけていた。
手入れのされていない髪は、元は亜麻色だと思うが、泥をつけてわざと汚してあるようだった。
全体的に整った顔立ちの中で一番目立つ、淀んだ青みかかった灰色の瞳には、俺だけがうつっていた。
「おじさん、おねがい、ダメかな」
「いや、駄目じゃない。教えてやる」
「ほんと? おじさん、ありがとう!」
青灰色の瞳に、きらきらと少しだけ輝きが戻ってくる。
俺は、思わず頭を撫でていた。
壊れ物を扱うみたいに、そっと優しく撫でてやる。
「杖を持っているが、魔法が使えるのか?」
「……まほうは、ちょっとだけ」
「何が出来る?」
「みずがでるの。でも、みんなでのんだら、すぐなくなっちゃう」
「今日は、まだ出せるか?」
「うん。きょうは、まだだから」
きっと、この少女の出す魔法の水で、ここまで生き長らえて来たのだろう。
水さえあれば、最悪死なないと言われているが、それにだって限界がある。
ましてや、育ち盛りなはずのこの子らが、いつまでもそんな僅かな水だけで生きていけるわけもない。
飢える苦しみを知ってる俺に、見捨てられるわけがなかった。
「よし、それなら大丈夫だ。俺が水を出せと言ったら、すぐに出せるのか?」
「だせるよ」
「じゃあ、一緒に土竜退治をしよう。俺をパーティーに、入れてくれるか?」
「ユリにぃ、マルにぃ、いいよね?」
「エリーは、大丈夫なのか?」
「うん。このおじさん、ぜんぜん、こわくないよ」
「……そっか、怖くないか」
「うん。だから、なかまになってもらおう?」
「そうだな。そうしよう」
それまで、俺たちが話しているのをじっと待っていた二人の顔にも、笑顔が戻ってきていた。
「あの……ごめん。さっき、おれ……」
「気にするな。俺みたいなおっさん、警戒しない方がおかしい。それより、よくここまで守ってきたな。立派だったぞ」
二人の少年の頭も撫でてやる。
この三人の反応からして、世の中にはろくでもない大人がいるということを、もう知ってるんだろう。
それでも、ここにいるということは、その毒牙にかからなかったということだ。
「お、おれ……」
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