大酒飲みは虎になったことを忘れてしまう

うしお

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36、赤色フェイス

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吐くっていうのなら、せめて背中をさすってやろうと思ったが、包帯でぐるぐる巻きになった手でできることじゃなかった。
俺がどうしようかと悩んでいるうちに、息子は背中を丸めて泣き出している。
吐きたいのに吐き出せなくて辛いのだろう。
切なくなるような微かな嗚咽と震える背中が、俺の罪がどれだけ重いものであったかを突き付けてきた。
思わず、後ろから抱き締めたくなる衝動にかられたが、息子の「気持ち悪かった」という言葉を思い出して、動けなくなる。
俺を気持ち悪いと思っているのなら、それは慰めるどころか、ただの嫌がらせにしかならない、と思うと触れることさえ躊躇われた。
加害者である俺が、こいつを慰めるなんてことは許されるんだろうか。
なにもしてやれないまま、泣き続ける息子の背中に、胸がぎゅっと締め付けられた。

「……っ、ええいっ、気持ち悪ぃと思ったら、突き飛ばせよ」

だが、その我慢もそれほど長くは続かなかった。
なにやら小さな声で謝罪を繰り返す背中に、すぐに耐えきれなくなって息子の体を腕ん中に抱え込む。
包帯のせいで、チョークスリーパーもどきになっちまってるが、できるだけゆるく腕を重ねる。
抱え込んだ腕の中で、息子はびくんっと震えたきり動かなくなった。
ああ、やっぱりこいつは俺に触られるのも嫌だったか。

「……悪かったな」

それでも、抱き締めちまった以上、なにもしないまま離れることなんてできねぇと、息子の肩に顔を埋めて謝る。
こんなことで許してもらえるなんざ思ってないが、それでも何も言わないよりはマシなはずだ。
自己満足でしかないかもしれないが、さっきからずくずくと痛む胸が謝れと叫んでいるようで、何も言わずにはいられなかった。

「……ああ、その、気持ち悪ぃもん、飲ませちまって、悪かったな。謝ったくらいで許してもらえるたぁ思ってねぇが、お前の気持ちを無視して、あんな真似までしちまってすまねぇ。償えるもんなら、なんでもする。お前の気がすむまで俺を殴ってくれてもいいし、顔も見たくねぇってんなら、……できるだけ迷惑かけねぇようにするから、これが治るまではすまねぇが我慢してくれ。さすがに、この状態で放り出されちまったら、お手上げだ……だから、な。もう、泣かねぇでくれよ……お前に泣かれるとよぉ、辛くてたまんねぇ気持ちになるんだ」

小さく震えていた息子の手が、そっと俺の腕に添えられる。
気持ち悪いから離せと言われるのだろうと思い、抱き締めていた腕の力をさらにゆるめた。
いつでも抜け出せるくらいひろがった腕の中で、うつむいたままの息子が何を考えているのかわからない。
だが、ゆっくりと動き出した息子が俺の腕を振り払うことはなく、むしろ、その胸の中に閉じ込めるようにしっかりと抱き締め返してくる。
どういうことだ?

「……オヤジは、さ。おれのこと、気持ち悪い、って、思わないのか?」

「は? なんで、俺がお前のことを気持ち悪ぃなんて思うんだよ。そりゃ、むしろ、俺のことだろう?」

「それこそなんでだよっ。オヤジは、少しも気持ち悪くないだろっ」

ざばっと大きな波を立てて、息子が振り返る。
その顔は真剣そのもので、いまの言葉が嘘とか誤魔化しではないことを証明していた。

「だって、お前、さっき、気持ち悪ぃって……ほら、嫌なこと……っていうか、あれだ、酷ぇことしちまっただろ」

思い返してみれば、手コキだけのはずがチンポを咥えさせるわ、喉奥を突きまくって三回も精液を飲ませるわ、あげくの果てに、チンポを踏み潰すわと俺のした悪行の数々が思い浮かぶ。
いやいや、さっきまでの俺は一体何を考えてたんだ。
どう考えたって、相手が自分の息子だからやっちゃなんねぇってよりも、人としてしちゃなんねぇことばっかりしてたじゃねぇか。

「あ、あれは、おれみたいなやつ、……きっ、気持ち、悪いだろって、オヤジに聞いただけだよ。……そ、それに、あれは、別に嫌なことってわけじゃ……っ」

「ぁん? なんだって?」

「な、なんでもないっ」

本当に、悪いことをしてしまったと、膝立ちになっている息子を見上げれば、急に顔を真っ赤にしてごにょごにょと呟きはじめる。
最後の方なんて、なんて言っているのか全く聞き取れないほどで、聞き返せばなんでもないと言いやがる。

「きっ、気にしなくていいからっ、いまのは、なんでもないやつだからっ」

「そうかよ……? んなら、さっきの俺みたいなやつってのは、どういう意味なんだ。言ってみろよ。そっちは、答えられんだろ? なんでもねぇってことはねぇよな?」

「………………お、オヤ……っ、お、男が好きなやつって、ことだよっ」

息子の首に手を引っかけて引き寄せれば、自棄になったみたいにそんなことを叫ぶもんだから、思わずきょとんとしてしまった。
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