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20、落涙ミックス

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「……オヤ、ジ……ぃっ」

「……んぁ? ……ぅをっ、なっ、なんだ、おまえ、何泣いてやがっ……ぃッ、てぇッ」

眩しくて目を覚ましたら、枕元に立った息子がぼろぼろと涙を流して泣いていた。
あまりにも予想外の出来事に思わずぎょっとして飛び起きようとしたのだが、起き上がろうとした瞬間、激痛が体を駆け抜けそのままベッドに逆戻りする。
ああ、くそ、痛み止めのやろう、本当にほとんど効いてねぇじゃねぇか。
夜明け前、腕に刺された点滴から、抗生物質と痛み止めを順番に流され、やっと終わったというのにその効果は限定的だ。
しょうがないことだが、この痛みはなかなかにきつい。

「オヤジっ!」

ベッドの上で呻くことしかできない俺の横で、息子がおろおろしながら、手を出したり引っ込めたりしていた。
余程びっくりしたのか、涙はすでに止まっているようだ。

そのまま触らずにいてくれると、こちらとしても助かる。
なにせ、俺は昨日の事故のせいで、両腕と右足を負傷しているのだから。
特に、腕の怪我はひどかったらしい。
いろいろ手を尽くしてもらったおかげで、いまはしっかり腕の形をしているが、ここに運び込まれてきた時、俺の腕はアスファルトによって肉のほとんどを削り取られ、かなり危険な状態になっていた。
今朝、治療前に撮られた患部の写真を見せられたのだが、とても治るとは思えないようなひどい有り様だった。
病院として患者に対する治療方法についての開示義務があるとはいえ、なかなかのスプラッタな写真を見せてくれたものだ。
まあ、見せられる前に、何度も心臓は強いかとか血を見ても大丈夫かなど、確認されまくったのだが、それも納得の絵面だった。
普通の外科手術を受けただけなら、俺の職人人生は終わっていたとわかる大怪我だ。
だが、たまたま当直の医師に再成医術科の先生がいたおかげで、たった一晩で俺の腕は見た目だけでなく中身までもほぼほぼ元の姿を取り戻していた。
大半が削れてなくなっていた俺の腕は、外科医によって血と肉を与えられ、再成科医のおかげで血管や神経など、その中身もそれなりに回復している。
そして、いまはこの腕をより完璧に戻すならやるべき、と勧められた再成治療の真っ最中なのだ。
再成中の部位は、少し触ったぐらいでどうこうなるものではないと聞いているが、いかんせんいまは身体機能の再成という非常に高度な治療中だ。
この両腕を包む包帯と右足のギプスの下には、細胞再成薬なるものがたっぷりと仕込まれている。
この薬の効果は、皮膚や神経など事故や怪我によって失われてしまった部位や機能を再成させるというものだ。
薬に含まれる物質が周囲の細胞に影響を与え、増殖した細胞によって失われた機能を補完する効果があるらしい。
つまり、移植でくっつけた血や肉を変化させ、まるでそれが最初から患者本人のものであったかのように動かすことが可能になる、ということだ。
まだ臓器などには転用できていない技術らしいが、そちらは人工臓器の移植という手段がある。
もしかすると、いつかは病気で亡くなる患者などいない世界が訪れるのかもしれない。

当然のことながら、皮膚なんかと違って神経は再成される側から、脳に信号を伝えはじめる。
それも半端じゃねぇ痛みを訴える信号を。
それは、患者の細胞や神経細胞が増殖し、移植された部分と融合する過程で発生する痛みということで、どんなに強い痛み止めであっても緩和することくらいしかできず、まったくの無痛状態にすることはできないらしい。
そりゃ、無くなった神経を継ぎ足そうなんて荒業もいいところだしな、何の対価もなくできるような奇跡じゃねぇってことだろう。
昨日は、あまりの痛さで気絶するように眠ったからか、おかしな夢を見ることもなく、夢精すらしなくて済んだ。

俺の願いは通じたようで、息子は俺に触ることなく傍らに控えるだけだった。

「お、オヤジ、大丈夫なのか? せ、先生、呼ぶか?」

「ああ……ったくよぉっ、くっそ、痛ぇなぁ。ん、まあ、大丈夫だ。心配いらねぇよ。ちぃと痛ぇが、こんなもんすぐにおさまるから気にすんな」

ベッドの横にしゃがみこんで、うるうると目を潤ませながら俺を見る息子の頭を、包帯の巻かれた手で軽く撫でてやる。
まあ、本気で撫でようとすると傷が痛むから、ぽんぽんと軽く叩いていているようなもんだが。
情けねぇ面すんな、とは言えねぇな。
それだけの心配をかけたってことだしな。

「……オヤジ。オヤジは、生きてるんだよな……?」

「あぁん? わけのわかんねぇことを言うんじゃねぇよ。俺が生きてなかったら、てめぇは誰と話してるつもりなんだ?」

「そう、だよな。…………よかっ、た……ぁっ」

また、ぼろぼろと息子が泣き出した。
俺が事故に遭ったということで、病院から連絡が行ったんだろうが、まさか、昨日の今日ですっ飛んでくるとは思わなかった。
どうやら、ずいぶんと心配をかけちまったらしい。
ここは、気が済むまで泣かせてやるとするか。
しかし、なんだってこいつは俺が死んだ、なんて、わけのわかんねぇ勘違いをしてるんだろうな?

手にしていたタオルで、涙に濡れた顔をごしごしと拭きはじめたかと思えば、そのまま動かなくなった息子を見つめた。
タオルの中に、顔を埋める勢いで沈みこんでいる。
ひとしきり泣いたことで落ち着き、ようやく我に返ったらしい。
耳まで真っ赤に染めたまま、タオルから顔を離そうとしない。
そいつは、俺がアイマスク代わりに目の上に乗っけといたやつだと思うが、なんでこいつが持ってやがんだ?

「おまえは、いつまで顔拭いてやがんだ。そこに椅子があるからよ、出して座れや」

「…………ぅん」

のそのそと大きな体を小さく丸めたまま、息子が折りたたみ椅子を出してきてちょこんと座る。
その耳はまだ赤く、再びタオルに沈んだ顔を見れるのは、まだしばらく先のことになりそうだった。
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