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うしお

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第1弾『俺の保護者は王子様』

第1弾『俺の保護者は王子様』FA・SS

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「ルベウスさまっ! ルベウスさまッッ!」

どこか悲鳴のようにも聞こえる声が、ルベウスの名を呼んでいた。
目覚めなければと思うのに、ルベウスの体は全身が泥の中に沈んでしまったかのように重く、まぶたも縫いつけられてしまったかのように開かない。
どうして、こんなにも体が重いのだろう、と思う。
あまりにも重くて、このまま眠ってしまえたらどれほどよいだろうか、と怠惰なことまで考えた。
けれど、ルベウスを呼ぶ声は、いつまでも響き続けている。

その声は、ルベウスがよく知る者の声ではなかった。
父である国王でも、母である王妃でも、仲の良い兄弟や乳兄弟ですらもない。
けれど、とても気になる声だった。
ふと、頬にかすかなぬくもりを感じた。
誰かがそこに触れているのだと気付くのに、時間がかかった。
重くて動かない手を、包み込むぬくもりがある。
握られている、と感じられるほどの力はない。
ただただ、優しく包み込むように触れている。
その手は、小さく震えていた。
ぽたりぽたりと肌の上に、あたたかな雨が降りはじめた。
その雨に触れていると、少しずつ体が軽くなっていくような気がする。
ルベウスを呼ぶ声は止まない。
応えなければ、と思う心が、体を少しずつ動かしていく。
どうにか目を開けば、目を開いてもかすむ景色の向こうに、守りたいと思っていた彼の顔を見つけた。
その瞬間、ルベウスはすべてを思い出した。
ルベウスは、彼を守ろうとしたのだ。

「ルベウスさまッッ!」

わずかではあるが、まぶたを開いたルベウスを見て、アキヒコの顔がくしゃりと歪んだ。
可哀想に泣いている。
ルベウスが、泣かせてしまったのだ。

「……けが、は……?」

いまにも消えてしまいそうな声が出た。
まるで、自分のものではないような、嗄れた掠れ声だ。
情けない。

「けっ、怪我なんかっ、俺の怪我なんか、どうでもいいでしょうッッ! なんっ、なんでっ、なんで、あなたがっ」

「……けが、は……?」

いまのルベウスには、彼が怪我をしているのかすら判断できない。
目の前がかすんでしまって、ぼんやりとしか見えていないのだ。
体はどくどくと脈打っているのに、何故だか寒くてたまらない。

「してません……! 怪我なんかしてませんから、いまはしゃべらないで……! 血が、血が止まらないんです、お願いだから、動かないで……」

アキヒコは、両手で必死にルベウスの腹を押さえていてた。
きっとそこに傷があるのだろう。
けれど、ぼんやりとしているルベウスにはわからない。

「……けが、して、ない……ら、よか……っ」

それでも、アキヒコの答えてくれた声だけはわかった。
怪我をしていないと聞いて、安心したルベウスは小さく笑う。
それならいい、と思えてしまった。
自分が王子であることだとか、初めて感じた恋心だとか、そんなことよりも、アキヒコが無事であるということが嬉しかった。
ただひとつだけ、心残りがあるとすれば。

「きみ、を……まもると、ちかった、んだ……きみを、すきに、なってしまったんだよ……いのちを、ひきかえにしても、いいくらいに……」

これから死ぬのだろう自分が、アキヒコに想いを告げるのは間違っているとわかっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
この想いを抱えたまま、黄泉の国へは渡れない。
どうせ、消えてしまう想いなら、と残されるアキヒコには迷惑でしかないのを知りながら、ルベウスはそれを口にした。

初めて人を好きになった。
ずっとずっと、ルベウスは恋愛の意味で『好き』と感じたことがなかった。
けれど、アキヒコを一目見た瞬間、ルベウスはすとんと恋に落ちていた。
いつかルベウスにも、恋をするときがやってくるよ、と兄は言った。
兄は、政略結婚をする相手に恋をした幸運な人だった。
そんな幸運が、何度も続くわけがないと、ルベウスは諦めていた。

けれど、兄の言葉は事実だった。
ルベウスにも、恋をするときがやってきたのだ。
まさか、異世界からやってきた青年に恋をするとは思わなかったけれど。
身分をふりかざすことで、何の後ろ楯も持たない彼を守れた時、初めて王子として生まれて良かったと思った。
それまでルベウスは、兄や弟と比べられながら、王位につかせようとしてくる有象無象をあしらうだけの退屈すぎる人生を過ごしていた。
ルベウスに興味はなくとも、王位というものは向こうからやってくることもある。
騎士団の一員として、戦場に立つからだろうか、ルベウスは兄よりもほんの少し民衆からの受けがいい。
国というものは、それだけで治められるものではないというのに、それを理解しない輩はどこからともなくわいてくるものだ。
だが、ルベウスがいなくなるのなら、兄も安心して王位に就けるだろう。

「……よかった」

「なんですか、それ……こんなの、こんなのいいわけないでしょう!」

腹の傷を押さえていたアキヒコが、いまにも最期の眠りにつきそうだったルベウスの顔を覗き込んでいた。
怒りに満ちているからなのか、泣いているからなのか、頬を撫でる手はひどく震えていた。

「……なか、な……で」

震える手をどうにか動かして、流れ落ちる涙を拭う。
うまく拭えているのか、ルベウスにはわからなかったが、彼の降らせる雨はようやく止んでくれたようだった。
ルベウスは、微笑むことができた。

「……ごめ……ね、……すき……だよ……」

そばにいられないのなら、せめて最期の一息まで君に捧げたい、とルベウスはもう一度だけ想いを告げる。
きっとこれが最期の言葉だ。
家族に向ける言葉は、思いつかなかった。
きっと、思いついたとしても、口にはしなかっただろう。
彼らはルベウスの想いを理解してくれるはずだ。
アキヒコのことは、彼らに任せることしかできない。
ここで眠るしかないルベウスは、もうアキヒコになにもしてあげられないのだ。

「……おれ、……俺も」

瞬きをすると、アキヒコの顔がよく見えた。
手を握ってくれているアキヒコが、涙を流しながら笑っている。
アキヒコにも、もうルベウスが助からないことがわかっているのだろう。

「もっと、早く……答えておけばよかった。前にも、言ってくれたのにね」

黒水晶のようなアキヒコの瞳が近づいてくる。
月のない夜を閉じ込めて作ったかのような美しい闇の宝玉。
涙に濡れた瞳は、きらきらと煌めいて見えた。

「俺も、好きだよ」

ひどくかさついた唇に、アキヒコの唇が近づいてきていた。
せっかくの口付けなのに、ルベウスの体はひどい状態だ。
唇はかさかさとしていてうまく開くこともできないし、あちらこちらに血がべっとりとついている。
本当なら、死にかけているルベウスに、口付けるなんてやめなさいと止めるべきところなのだ。
それでも、いまのルベウスにその口付けを断るなんて選択肢は存在しない。
むしろ、唇が触れあう瞬間さえ見逃すまいと、ルベウスは自身の体に残ったすべての力を使ってまぶたを開き、アキヒコの唇を待ち構えていた。
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