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邪魔者たちの末路
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「な、なんだ!?」
頭目が剣を振り上げた瞬間、誰もがクラウスの死を予見していた。
いつものように、不要とされた男の方は体を二つにされて死ぬだろうと考え、そのあとの嫌がる女を無理矢理犯す楽しみに思いをはせた。
だが、不思議なことに振り下ろされた剣は、がきんっと見えない何かにでもぶつかったかのように弾かれた。
振り下ろした頭目の手からすっぽ抜け、宙を舞ったのだ。
誰もが驚き、口をぽかんと開いてしまう。
頭目と男の間には、何もなかったはずなのに。
弾き飛ばされた剣は、はるか後方で大木の一本に突き刺さり、弾かれた衝撃の強さを物語るかのようにびよんびよんと揺れている。
「テメェ、いま何しやがった!」
だが、それだけだった。
予想もしなかった展開に唖然としていた頭目が、我にかえって大きく声を張り上げる。
そこには、未知なるものへの恐れが、少しだけ含まれていた。
「さて。お前たちには、何も見えなかったのかね?」
「優男がっ、ナメめやがってっ! 絶対に殺すっ!」
冷ややかな笑みを浮かべながら答えたクラウスに、短気な頭目が吠えた。
隣にいた盗賊から剣を奪い取り、頭目がその切っ先を再びクラウスへと向けるのにあわせて、他の盗賊たちも剣をかまえた。
ただひとり、剣を奪われた盗賊だけが、慌てて剣が刺さった大木の元へと走っていく。
「この程度で私を殺そうと? 笑えない冗談だな」
クラウスは、盗賊たちに向かって静かに手をかざしただけだった。
魔法を使われるのか、と身構えた盗賊たちは、いつまで経っても何も起きないことを嘲笑った。
「なんだよ、ビビらせんじゃねぇよ」
「オンナの前だからって、カッコつけてやがんのか」
「お前、魔法職だろ。杖もなくて魔法が使えんのかよ!」
誰もがそれをハッタリだと思った。
追い詰められ、なんとかこの場を凌ごうと悪あがきしているのだと。
「へっ、そりゃ新しいお祈りか?」
「そんなハッタリで、この数に勝てるわけがねぇだろ」
盗賊たちは、かざされた手を見ながら、ゆっくりとクラウスに近づいていく。
そして、やけに長くのびていたクラウスの影を踏んだ瞬間、それははじまった。
「……ん、なんだ、こりゃ?」
かざされた腕から地面に落ちていた影が、急にとろりと溶けて形を失った。
じわりと広がった影は、そのまま祭壇のまわりを埋めつくす。
まるで、真っ黒な闇の沼だ。
小さく波打つ闇は、すぐに他の盗賊たちの足元にまで広がってきた。
「はっ、なんだこんなもん。なんともねぇじゃねぇか」
頭目が地面をざっと蹴りつけるが、真っ黒な闇はそこにあるだけで何も変わらない。
不気味ではあるが、やはりこれはハッタリだ、と盗賊たちは足を前に踏み出した。
「逃げるならば追わないでやろうと思っていたが、自ら足を踏み込むとは度し難いな。やはり、馬鹿共に慈悲などくれてやる必要などなかったか」
呆れたように溜め息をついたクラウスが、かざした手をくるりと返し、そのままぐっと握り込んだ。
真っ黒な闇に向かって踏み出した盗賊の足が、今度はずぶりと闇に沈み込む。
「うおッ、なんだ、こりゃ?!」
「ぬ、抜けねぇッ」
まるで底なし沼にでもはまってしまったかのように、盗賊たちの足はずぶずふと闇の中に落ちていく。
一本目の足が膝まで埋まる頃には、二本目の足も脛の半ばまで飲み込まれていた。
頭目も盗賊も、地面に剣を突き立てていたが、沈みゆく体を止めることはできない。
むしろ、剣さえも飲み込まれていく異常事態に、そこかしこで悲鳴が上がる。
「煩いな。この子が起きたら、可哀想だろう」
クラウスがゆるりと手を払えば、地面に突き立てていたはずの剣が一瞬で闇に飲み込まれ、支えを失った盗賊たちは前のめりに倒れ込んだ。
地面に手をつけた者も、そうでないものも顔から闇に飲み込まれていく。
盗賊たちの悲鳴はくぐもったものになり、あたりはすぐに元の静けさを取り戻した。
「お前たちのような屑は、腹の足しになどしたくもないが、生きている方が害悪だからな。そのまま消えてしまえ」
「ば、ばけもの……っ」
その時、悲鳴のような声が聞こえた。
がくがくと震えながら、大木の根本でどすりと尻餅をついたのは、頭目に剣を取られた盗賊だった。
その手には、抜いたばかりの剣があったが、未知なる恐怖に震える盗賊はそれをかまえることすらできていない。
意味もなく、剣を持った手を振りまわしながら、後退りで逃げようとする。
だが、すぐ後ろにある大木にぶつかると、手にしていた剣すら放り投げてしまった。
腰を抜かしてしまったのか、立ち上がることもできず、真っ青になった盗賊はすぐ近くにある大木にしがみつく。
「まだいたのか。仲間なのだから、一緒に逝くといい。独りでは、寂しいだろう?」
クラウスががたがたと震える盗賊を指差せば、真っ黒な闇はまるで蛇のように頭をもたげて起き上がる。
何十もの闇の蛇は、まるで津波のように押し寄せ、盗賊に襲いかかった。
「ひィ……ッ」
闇の蛇は悲鳴を上げかけた口や、ばたつく手足にするりするりと絡みつく。
そして、恐怖に青ざめ、逃げようともがく盗賊を引きずると、他の者と同じように闇の沼の中へ沈めてしまった。
気がつけば、真っ黒な闇の沼は跡形もなく消え失せ、何事もなかったかのような光景が広がっている。
「……濁りきった魂など喰うべきではないな。不味くてかなわん。オリバー、悪いが口直しをさせてくれ」
クラウスは、オリバーを包むローブをそっと開くと、悩ましげな吐息を漏らすオリバー唇にそっと口づけた。
「……愛しいものの精気が一番美味いとはな。随分、ろくでもない化け物に生まれ変わったものだ」
それでも、愛しいものに触れられるのなら何度でも同じ道を選ぶだろう、とクラウスは声に出さないまま続け、オリバーに優しく口付けた。
頭目が剣を振り上げた瞬間、誰もがクラウスの死を予見していた。
いつものように、不要とされた男の方は体を二つにされて死ぬだろうと考え、そのあとの嫌がる女を無理矢理犯す楽しみに思いをはせた。
だが、不思議なことに振り下ろされた剣は、がきんっと見えない何かにでもぶつかったかのように弾かれた。
振り下ろした頭目の手からすっぽ抜け、宙を舞ったのだ。
誰もが驚き、口をぽかんと開いてしまう。
頭目と男の間には、何もなかったはずなのに。
弾き飛ばされた剣は、はるか後方で大木の一本に突き刺さり、弾かれた衝撃の強さを物語るかのようにびよんびよんと揺れている。
「テメェ、いま何しやがった!」
だが、それだけだった。
予想もしなかった展開に唖然としていた頭目が、我にかえって大きく声を張り上げる。
そこには、未知なるものへの恐れが、少しだけ含まれていた。
「さて。お前たちには、何も見えなかったのかね?」
「優男がっ、ナメめやがってっ! 絶対に殺すっ!」
冷ややかな笑みを浮かべながら答えたクラウスに、短気な頭目が吠えた。
隣にいた盗賊から剣を奪い取り、頭目がその切っ先を再びクラウスへと向けるのにあわせて、他の盗賊たちも剣をかまえた。
ただひとり、剣を奪われた盗賊だけが、慌てて剣が刺さった大木の元へと走っていく。
「この程度で私を殺そうと? 笑えない冗談だな」
クラウスは、盗賊たちに向かって静かに手をかざしただけだった。
魔法を使われるのか、と身構えた盗賊たちは、いつまで経っても何も起きないことを嘲笑った。
「なんだよ、ビビらせんじゃねぇよ」
「オンナの前だからって、カッコつけてやがんのか」
「お前、魔法職だろ。杖もなくて魔法が使えんのかよ!」
誰もがそれをハッタリだと思った。
追い詰められ、なんとかこの場を凌ごうと悪あがきしているのだと。
「へっ、そりゃ新しいお祈りか?」
「そんなハッタリで、この数に勝てるわけがねぇだろ」
盗賊たちは、かざされた手を見ながら、ゆっくりとクラウスに近づいていく。
そして、やけに長くのびていたクラウスの影を踏んだ瞬間、それははじまった。
「……ん、なんだ、こりゃ?」
かざされた腕から地面に落ちていた影が、急にとろりと溶けて形を失った。
じわりと広がった影は、そのまま祭壇のまわりを埋めつくす。
まるで、真っ黒な闇の沼だ。
小さく波打つ闇は、すぐに他の盗賊たちの足元にまで広がってきた。
「はっ、なんだこんなもん。なんともねぇじゃねぇか」
頭目が地面をざっと蹴りつけるが、真っ黒な闇はそこにあるだけで何も変わらない。
不気味ではあるが、やはりこれはハッタリだ、と盗賊たちは足を前に踏み出した。
「逃げるならば追わないでやろうと思っていたが、自ら足を踏み込むとは度し難いな。やはり、馬鹿共に慈悲などくれてやる必要などなかったか」
呆れたように溜め息をついたクラウスが、かざした手をくるりと返し、そのままぐっと握り込んだ。
真っ黒な闇に向かって踏み出した盗賊の足が、今度はずぶりと闇に沈み込む。
「うおッ、なんだ、こりゃ?!」
「ぬ、抜けねぇッ」
まるで底なし沼にでもはまってしまったかのように、盗賊たちの足はずぶずふと闇の中に落ちていく。
一本目の足が膝まで埋まる頃には、二本目の足も脛の半ばまで飲み込まれていた。
頭目も盗賊も、地面に剣を突き立てていたが、沈みゆく体を止めることはできない。
むしろ、剣さえも飲み込まれていく異常事態に、そこかしこで悲鳴が上がる。
「煩いな。この子が起きたら、可哀想だろう」
クラウスがゆるりと手を払えば、地面に突き立てていたはずの剣が一瞬で闇に飲み込まれ、支えを失った盗賊たちは前のめりに倒れ込んだ。
地面に手をつけた者も、そうでないものも顔から闇に飲み込まれていく。
盗賊たちの悲鳴はくぐもったものになり、あたりはすぐに元の静けさを取り戻した。
「お前たちのような屑は、腹の足しになどしたくもないが、生きている方が害悪だからな。そのまま消えてしまえ」
「ば、ばけもの……っ」
その時、悲鳴のような声が聞こえた。
がくがくと震えながら、大木の根本でどすりと尻餅をついたのは、頭目に剣を取られた盗賊だった。
その手には、抜いたばかりの剣があったが、未知なる恐怖に震える盗賊はそれをかまえることすらできていない。
意味もなく、剣を持った手を振りまわしながら、後退りで逃げようとする。
だが、すぐ後ろにある大木にぶつかると、手にしていた剣すら放り投げてしまった。
腰を抜かしてしまったのか、立ち上がることもできず、真っ青になった盗賊はすぐ近くにある大木にしがみつく。
「まだいたのか。仲間なのだから、一緒に逝くといい。独りでは、寂しいだろう?」
クラウスががたがたと震える盗賊を指差せば、真っ黒な闇はまるで蛇のように頭をもたげて起き上がる。
何十もの闇の蛇は、まるで津波のように押し寄せ、盗賊に襲いかかった。
「ひィ……ッ」
闇の蛇は悲鳴を上げかけた口や、ばたつく手足にするりするりと絡みつく。
そして、恐怖に青ざめ、逃げようともがく盗賊を引きずると、他の者と同じように闇の沼の中へ沈めてしまった。
気がつけば、真っ黒な闇の沼は跡形もなく消え失せ、何事もなかったかのような光景が広がっている。
「……濁りきった魂など喰うべきではないな。不味くてかなわん。オリバー、悪いが口直しをさせてくれ」
クラウスは、オリバーを包むローブをそっと開くと、悩ましげな吐息を漏らすオリバー唇にそっと口づけた。
「……愛しいものの精気が一番美味いとはな。随分、ろくでもない化け物に生まれ変わったものだ」
それでも、愛しいものに触れられるのなら何度でも同じ道を選ぶだろう、とクラウスは声に出さないまま続け、オリバーに優しく口付けた。
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