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最悪の目覚めと託された願い
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オリバーの目覚めは、最悪だった。
泣き疲れて眠るほど泣いた目は腫れぼったく、喉はひどくからからだった。
だが、それよりもはるかに問題だったのは、クラウスの骨を抱き締めたまま眠ったのが原因なのか、見てしまった淫らな夢のせいで夢精していたことだった。
クラウスの足の骨だろう一番大きな骨に陰茎を押され、寝ている間に精液を出してしまったようだった。
「…………さいっ、あくだ……っ」
いくら好きな男の骨だからとはいえ、まさか抱き締めたまま夢精するだなんて。
こんなひどい話があるだろうか。
こんなことをしてしまうなんて、死んだクラウスに顔向けができない。
オリバーはふらふらと立ち上がり、勝手知ったるなんとやらで後始末を済ませると、水を飲んで一息をついた。
ベッドの上には、ぐしゃぐしゃになった大小さまざまな骨でできた山と、枕の上からオリバーを見つめているかのようなクラウスの頭蓋がある。
物言わぬ骸だというのに、どこか責められているような気になるのは、きっと後ろめたくなるような夢のせいだろう。
「悪いな、クラウス。その……直接ぶっかけたわけじゃないから、許してくれ」
クラウスの頭蓋を撫でたオリバーの手には、机の上に置かれていた手紙がある。
それは、クラウスからオリバーに宛てた手紙だった。
オリバーは、躊躇って躊躇って、ようやくその手紙を開いた。
僅かに視界に入ったクラウスの字に、オリバーの体が一気に強張る。
【もしも、私が死んだなら……】
クラウスは、こうなることを知っていたのか、それともいつか来るその日のために書いていたものなのだろうか。
物言わぬ骨だけになったクラウスは、どれだけオリバーが願ったとしても答えをくれないだろうとわかっていた。
クラウスの答えは、きっとこの手の中にある。
だが、オリバーは開いた手紙を読むこともできず、ベッドの上でただただクラウスの頭蓋を撫で続けた。
「なァ、クラウス。お前は、苦しまねェで逝けたのかよ……」
ぽつりと呟くオリバーに、クラウスは硬い骨の感触しか返さない。
ただ、僅かな損傷すら見られない骨を見て、怪我はなかったのかもしれないとだけ思った。
◆◆◆
オリバーには、どうしてもクラウスの手紙を読みきることができなかった。
ただ、最初の方に書かれていた【死したあとの亡骸は、北の祭壇まで運んで欲しい】という一文だけは見た。
【北の祭壇】とは、【魔導王の墳墓】と同じ魔導文明時代の遺跡ダンジョンだ。
魔導文明時代には、人の暮らしに役立つ魔導具と呼ばれる特殊な道具が盛んに作られていて、いま現在、魔法が担っている部分をすべて道具が肩代わりしていたと言われている。
魔導具の動力とされている魔導力は、現在の魔法師たちが使う魔力とは異なるものらしく、一度停止した魔導具を再起動させることはできない。
だが、自ら魔導力を作り出す魔導具もあり、それらは数千年の時を経たいまも稼働し続けている。
王都の地下にある【浄化装置】や、各地にある冒険者ギルドに置かれた【通信装置】などが有名だが、魔導具はそうした無害なものばかりではない。
遺された魔導具のいくつかには、置かれた場所から決められた範囲を作り変える力があった。
作り変えられた場所は、空間も法則もすべてが歪められ、外とはまるで異なる世界に変化する。
迷いこんだ者たちの多くが犠牲となり、長らく原因のわからぬ失踪事件として扱われていたが、そこから逃げ出した者の証言からようやく原因が特定され、いつしかそれらの空間は【迷宮】と呼ばれるようになった。
ただの便利な道具だと思われていた魔導具が、時として周辺の空間を歪め、【ダンジョン】を生み出す核になると知られるのは、それからさらに長い月日が経ってからのことだ。
最奥に置かれた装置とそれにはめられた【魔導石】と呼ばれる宝石が、その空間を作り出すと知られて以降、それの中心となる魔導具にはめられた【魔導石】は【迷宮核】と呼ばれるようになり、冒険者たちは【迷宮核】を求めてダンジョンの攻略を目指すようになった。
【迷宮核】を求める依頼は、国から常に出されている。
【魔導石】は、他の装置を動かす動力となることが知られているからだ。
いまは動かない魔導具を、動かせるのなら動かしたいとどの国でも考えられている。
だから、その報酬は慎ましやかに暮らせば一生仕事をせずともいられるほど、破格なものに設定され、誰もがそれを夢を見て冒険者になる。
夢の対価が、おのれの命だとしても。
例えば、【魔導王の墳墓】でいうなら、最奥の部屋に置かれた石棺【王の守護】と呼ばれる魔導具がそうだ。
この魔導具には、かつて【魔導王】と呼ばれた男の亡骸を護るという役目が与えられていた。
そのため、魔導具は王を護るため、石棺の部屋に【守護者】と呼ばれる鋼鉄の騎士を置き、そこに踏み入るものすべてに呪いを与える【罠の床】を仕掛けることができた。
他にも、石棺の部屋に侵入者を近付けさせないため、本来ならそこにいるはずのないモンスターを引き寄せたり、ダンジョン内部に寄生させるなど、あらゆる手段で侵入者を拒み続けていた。
【魔導王の墳墓】もいまは攻略され、その魔導具の核となっていた魔導石を抜かれているため、ダンジョンとしては極めて低レベルなものに落ち着いたが、発見された当初は数えきれないほどの冒険者が犠牲になっていったという。
総じて【ダンジョン】は危険なもの、という認識が世の中には浸透している。
だが、【北の祭壇】は、初めから魔導具が稼働していない稀なハズレ【ダンジョン】として有名なところだ。
崩れた闘技場のような建造物と、その中心にぽつりと置かれただけの大きな石の塊があるだけで、魔導具も魔導石も見られない場所だった。
何故、そんな場所をダンジョンと呼ぶのかといえば、【北の祭壇】の周囲にある【迷いの森】のせいだ。
森の中では容易く道を見失い、同じように彷徨い歩くモンスターと戦うことになる。
最初に【祭壇】へたどりついたものは、さぞかしがっかりしたことだろう。
苦労してたどりついた先にあったものが、ただの石の塊だったのだから。
「ま、骨ンなっちまったクラウスが、そんなところに、どんな用事があるのか知らねェが、オレがきっちり届けてやるさ」
そうして、布袋にすべてのクラウスの骨を詰め込んだオリバーは、【北の祭壇】に向けて旅に出ることになった。
オリバーは誰の手を借りることもなく、ただひとり愛した男の願いを叶えるため、骨を背負って歩きはじめた。
その果てに別れがあると気付いていても、願いを叶えるためなら歩いていられた。
泣き疲れて眠るほど泣いた目は腫れぼったく、喉はひどくからからだった。
だが、それよりもはるかに問題だったのは、クラウスの骨を抱き締めたまま眠ったのが原因なのか、見てしまった淫らな夢のせいで夢精していたことだった。
クラウスの足の骨だろう一番大きな骨に陰茎を押され、寝ている間に精液を出してしまったようだった。
「…………さいっ、あくだ……っ」
いくら好きな男の骨だからとはいえ、まさか抱き締めたまま夢精するだなんて。
こんなひどい話があるだろうか。
こんなことをしてしまうなんて、死んだクラウスに顔向けができない。
オリバーはふらふらと立ち上がり、勝手知ったるなんとやらで後始末を済ませると、水を飲んで一息をついた。
ベッドの上には、ぐしゃぐしゃになった大小さまざまな骨でできた山と、枕の上からオリバーを見つめているかのようなクラウスの頭蓋がある。
物言わぬ骸だというのに、どこか責められているような気になるのは、きっと後ろめたくなるような夢のせいだろう。
「悪いな、クラウス。その……直接ぶっかけたわけじゃないから、許してくれ」
クラウスの頭蓋を撫でたオリバーの手には、机の上に置かれていた手紙がある。
それは、クラウスからオリバーに宛てた手紙だった。
オリバーは、躊躇って躊躇って、ようやくその手紙を開いた。
僅かに視界に入ったクラウスの字に、オリバーの体が一気に強張る。
【もしも、私が死んだなら……】
クラウスは、こうなることを知っていたのか、それともいつか来るその日のために書いていたものなのだろうか。
物言わぬ骨だけになったクラウスは、どれだけオリバーが願ったとしても答えをくれないだろうとわかっていた。
クラウスの答えは、きっとこの手の中にある。
だが、オリバーは開いた手紙を読むこともできず、ベッドの上でただただクラウスの頭蓋を撫で続けた。
「なァ、クラウス。お前は、苦しまねェで逝けたのかよ……」
ぽつりと呟くオリバーに、クラウスは硬い骨の感触しか返さない。
ただ、僅かな損傷すら見られない骨を見て、怪我はなかったのかもしれないとだけ思った。
◆◆◆
オリバーには、どうしてもクラウスの手紙を読みきることができなかった。
ただ、最初の方に書かれていた【死したあとの亡骸は、北の祭壇まで運んで欲しい】という一文だけは見た。
【北の祭壇】とは、【魔導王の墳墓】と同じ魔導文明時代の遺跡ダンジョンだ。
魔導文明時代には、人の暮らしに役立つ魔導具と呼ばれる特殊な道具が盛んに作られていて、いま現在、魔法が担っている部分をすべて道具が肩代わりしていたと言われている。
魔導具の動力とされている魔導力は、現在の魔法師たちが使う魔力とは異なるものらしく、一度停止した魔導具を再起動させることはできない。
だが、自ら魔導力を作り出す魔導具もあり、それらは数千年の時を経たいまも稼働し続けている。
王都の地下にある【浄化装置】や、各地にある冒険者ギルドに置かれた【通信装置】などが有名だが、魔導具はそうした無害なものばかりではない。
遺された魔導具のいくつかには、置かれた場所から決められた範囲を作り変える力があった。
作り変えられた場所は、空間も法則もすべてが歪められ、外とはまるで異なる世界に変化する。
迷いこんだ者たちの多くが犠牲となり、長らく原因のわからぬ失踪事件として扱われていたが、そこから逃げ出した者の証言からようやく原因が特定され、いつしかそれらの空間は【迷宮】と呼ばれるようになった。
ただの便利な道具だと思われていた魔導具が、時として周辺の空間を歪め、【ダンジョン】を生み出す核になると知られるのは、それからさらに長い月日が経ってからのことだ。
最奥に置かれた装置とそれにはめられた【魔導石】と呼ばれる宝石が、その空間を作り出すと知られて以降、それの中心となる魔導具にはめられた【魔導石】は【迷宮核】と呼ばれるようになり、冒険者たちは【迷宮核】を求めてダンジョンの攻略を目指すようになった。
【迷宮核】を求める依頼は、国から常に出されている。
【魔導石】は、他の装置を動かす動力となることが知られているからだ。
いまは動かない魔導具を、動かせるのなら動かしたいとどの国でも考えられている。
だから、その報酬は慎ましやかに暮らせば一生仕事をせずともいられるほど、破格なものに設定され、誰もがそれを夢を見て冒険者になる。
夢の対価が、おのれの命だとしても。
例えば、【魔導王の墳墓】でいうなら、最奥の部屋に置かれた石棺【王の守護】と呼ばれる魔導具がそうだ。
この魔導具には、かつて【魔導王】と呼ばれた男の亡骸を護るという役目が与えられていた。
そのため、魔導具は王を護るため、石棺の部屋に【守護者】と呼ばれる鋼鉄の騎士を置き、そこに踏み入るものすべてに呪いを与える【罠の床】を仕掛けることができた。
他にも、石棺の部屋に侵入者を近付けさせないため、本来ならそこにいるはずのないモンスターを引き寄せたり、ダンジョン内部に寄生させるなど、あらゆる手段で侵入者を拒み続けていた。
【魔導王の墳墓】もいまは攻略され、その魔導具の核となっていた魔導石を抜かれているため、ダンジョンとしては極めて低レベルなものに落ち着いたが、発見された当初は数えきれないほどの冒険者が犠牲になっていったという。
総じて【ダンジョン】は危険なもの、という認識が世の中には浸透している。
だが、【北の祭壇】は、初めから魔導具が稼働していない稀なハズレ【ダンジョン】として有名なところだ。
崩れた闘技場のような建造物と、その中心にぽつりと置かれただけの大きな石の塊があるだけで、魔導具も魔導石も見られない場所だった。
何故、そんな場所をダンジョンと呼ぶのかといえば、【北の祭壇】の周囲にある【迷いの森】のせいだ。
森の中では容易く道を見失い、同じように彷徨い歩くモンスターと戦うことになる。
最初に【祭壇】へたどりついたものは、さぞかしがっかりしたことだろう。
苦労してたどりついた先にあったものが、ただの石の塊だったのだから。
「ま、骨ンなっちまったクラウスが、そんなところに、どんな用事があるのか知らねェが、オレがきっちり届けてやるさ」
そうして、布袋にすべてのクラウスの骨を詰め込んだオリバーは、【北の祭壇】に向けて旅に出ることになった。
オリバーは誰の手を借りることもなく、ただひとり愛した男の願いを叶えるため、骨を背負って歩きはじめた。
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