狼の憂鬱

うしお

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あまりにも突然な訃報

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「てめェッ、言っていいウソと悪いウソの区別もつかねェのかよッッ」

その一報を聞かされた瞬間、オリバーは頭の中が沸騰したのではないかと思うほど、沸き上がる怒りに突き動かされ、その男を吊し上げていた。

「ぐぇぇっっ、ま、までっ、う、うぞじゃっ」

「バカかてめェッ、それが嘘じゃなかったら、アイツが死んだってことになんだろうがッッ! ふざけんじゃねェぞッ!」

「だっ、だがらっ、ぢんだんだっでっ、ほんどにっ、ぢんだんだっ」

オリバーの腕を必死に掴み、溺れているかのように足をばたつかせながらもがく男は、聞きたくもない悪質なウソを繰り返す。

「はッッ? はァアアッッ? アイツが、死ぬ? ありえねェだろッ、あの魔法馬鹿を誰が殺せるっつんだよ。アイツは確かにオレより脆いただの人間だけどなァ、そんな耄碌したジジイでもねェだろッ」

クラウスが、今年で五十になる人族だということは知っているが、オリバーの知る誰よりも若々しい姿にその年齢を感じさせられたことはない。
魔法の研究に一生を捧げているような変人ではあるが、研究のためにと自身の健康にも人一倍気を使うような男だった。
オリバーは、クラウスと出会ってから一度も、彼が病気にかかって弱っているところどころか、薬を買うところすら見たことがない。
思い浮かぶ彼の姿は、どれも机の上に複雑な魔法陣の描かれたスクロールを広げ、子どものようなきらきらとした目で研究に没頭しているところばかりだ。
それが、一体、どんな理由で死んでしまうというのか。

「め、めいぎゅうだっ、めいぎゅうにもぐっで、じんだっで」

「……めい、きゅう……? この前、行くって言ってた、アレか? 【魔導王の墳墓】とか言う……?」

「どこのめいぎゅうがなんで、ぢらねぇよっ、どにがぐっ、ぢんだっでぢらぜがぎでるっ、おでば、でんごんをだのまれだだけだがらっ、いいがげん、でを、はなぜっ、ぐるぢいっ」

「……うそ、だろ」

「あ゛ーっ、くっそ、このバカぢからめっ、俺を殺す気かっ」

やっと、自分の気持ちに正直になろうと思えたところだったのに。
肝心の気持ちを伝える前に、クラウスが死んだ?
ふてぶてしくて、殺しても死ななそうな、あのクラウスが?

そんなのウソに決まっている!

「……おい、大丈夫か? なんか、部屋にお前宛の手紙があったらし……って、オイッ」

気が付けば、オリバーは駆け出していた。
クラウスの家ならば、知っている。
町外れにある粗末で小さなボロ家だ。
雨が降ればひどい雨漏りがするし、風が吹けばいまにも壊れそうなくらいガタガタと悲鳴をあげるあばら家だ。
すきま風もひどくて、冬になればガタガタと震えながら眠らねばならず、夏のうちに森の中で薪になる木を拾えていなければ、生きて冬を越えられないだろう。
あまりにもひどくて、家と呼ぶのが憚られるようなところだ。

だが、クラウスと寄り添って眠れば、どんなに寒い夜でもあたたかかった。

クラウスも、はじめからそんなひどい家で暮らしていたわけではなかった。
純粋な人族ではないオリバーを引き取ったせいで、クラウスはもともと借りていた家を追い出されたのだ。
前から、自分の家が欲しかったんですよ、なんて笑っていたけれど、もう子どもでなくなったオリバーは知っている。
追い出されたその家が、クラウスが幼い頃から母親と暮らしていた大切な思い出のある家だということも、その家で病にかかった母親をひとりで看取ったのだということも。
クラウスがひとりになってからも、ずっとずっと大切に手入れしてきた家だったというのに。
そんな思い出のある家なのに、異物でしかないオリバーが捨てさせた。
捨てさせてしまった。
だから、せめてオリバーは、クラウスの善き家族になろうとした。
寄り添って、支えあえる唯一無二の家族に。

けれど、それは叶わなかった。

小さなオリバーのささやかな望みが、叶えられることはなかった。
オリバーの願いは、誰よりも求めて欲しかった相手である、クラウスの拒絶によって断ち切られた。

「私は、キミにそんなことを求めていない」

ただ、その一言をもって。
そして、その次の日、オリバーはクラウスの家から追い出された。

念願の冒険者になり、これからはクラウスに楽をさせてあげられると思った、その日の夜のことだった。

◆◆◆

「来たか、オリバー。クラウスなら中だ。……もう、骨だけになっちまってるが、会ってやれ。お前に、会いたかったみたいだから」

クラウスと付き合いのあった薬屋のオヤジが、オリバーのためにボロ家の扉を開いてくれていた。
扉の向こうにあるのは、僅かな家具が置かれただけの寂しい部屋だ。
小さなベッドは、ふたりで寝るには狭かった。
オリバーが大きくなってきてからは特に。

「……うそ、だろ? お前が、こんな……骨だけに、なるなんて……なぁ、うそ、なん、だよな……? また、オレをだまして、隠れて笑おうって魂胆なんだろ。その手にはのらねェぞ。こんなん、オレが匂いを嗅ぎゃわかるんだ。獣人の鼻を、バカにすんなよっ、骨だってな、こうやって匂いを嗅ぎゃ……こんなの、すぐ、に……わかって…………なん、だよ……なんでだよっ、なんで、お前の匂いがっ、こんな骨から、お前の匂いがするなんて、おかしいだろっ、こんなんっ、本当にお前の骨みたいじゃねェかッ」

だが、それは間違いなくクラウスの匂いだった。
まだ人の姿にもなれないオリバーが、森の中で狩人に追われ、死にかけていた時に嗅いだあの匂い。
初めて抱き上げられたその時から、オリバーにとって最も安心できる存在となったクラウスの匂い。

「手ェ、こみすぎだろ……骨にまで、におい、つける……なんてよォ……」

目の前の景色が醜く歪む。
白骨のなめらかなラインも、それを持っているオリバーの手も。
何もかもがひどく歪んで、まともに見えなくなっていく。
ゆらゆらとゆらめく景色に、ぼたりぼたりと大粒の雨が降りそそぐ。
いつまでも止みそうにない雨が。

オリバーにだって、本当はわかっている。
他人の骨に、本当の意味で自分の匂いをつけることなどできない。
骨からする匂いとは、あくまでもその内に宿る血肉から香ってくるもの。
そうであるとするのなら、クラウスの匂いが深く染み付いたこの骨の持ち主とは、クラウス以外にありえないことなのだと。

「なんで……なんで、だよ……おいてくなよ、お、おまえが……っ、おまえが、オレを拾ったクセにっ、……ら、うすっ、クラウスっ、いくなっ、オレを、おいていくなァッ」

ベッドの上に乗せられたままのクラウスの骨を、オリバーは泣きながら必死にかき集めた。
誰にも盗られないようにと、クラウスの骨をぎゅうっと強く抱きしめたオリバーは、そのまま涙が涸れ果てるまで泣き続けた。
そして、いつしかオリバーは不思議な夢の中に落ちていた。
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