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本編
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ウィーはユエラを抱いたまま、建物の外に出たかと思うと猛然と走り出した。
走るウィーの足元からは、がさがさと蹴られる草の音がする。
まるで、乱暴なことをするな、と怒っているようだ。
ユエラは、ウィーの代わりに謝っておいた。
ウィーが乱暴なことをするのは、きっとユエラのためだから。
謝るのはきっとユエラの役目なのだ。
びゅんびゅん変わる景色たちは、どんどん後ろに置いて行かれていった。
ユエラはそれを、ウィーの腕にしがみつきながら見た。
ウィーの足はすごく早くて、ユエラも一緒に風になってしまったようだ、と思った。
ふと、ユエラは懐かしいにおいを嗅いだ気がした。
ウィーの腕にしがみついたまま、前に向かってにおいを嗅ぐ。
もうずいぶんと離れていた気がするが、ユエラが間違えるわけもない。
ユエラは、これから懐かしいところに帰るのだろう。
あまりの懐かしさに、ユエラが思わずにこにこしながらウィーの顔を見上げると、その顔はなんだか真っ白でびっしょりと濡れていた。
吐く息も荒く、ユエラはウィーのことが心配になった。
いまのウィーは、なんだか魂まで燃えてなくなってしまいそうだった。
ユエラは、どうしてあげたらいいのだろう。
ウィーはユエラを拐ったあの男と同じことをしている。
それなのに、ユエラはウィーから隠れたり、逃げたいなんて思わない。
ユエラは、ウィーの中に激流が隠れていることを知っていた。
それだけでなく、その音を聞くのが大好きだったのだ。
いつの間にか散歩は、ユエラにとって歩くことが目的のものではなくなっていた。
ウィーから聞こえるこの激流の音を聞くことが、一番の目的になっていたのだ。
ユエラはウィーの体にしがみついて、そこから聞こえる大好きな激流の音を聞く。
なにも言わないウィーの心がぎゅうぎゅうに詰まった音だ。
ウィーまで届いているかわからないけれど、もちろんそれはユエラにも同じく流れている。
いつもよりも激しく流れるこの音が、ユエラがこの地で見つけた新しい宝物だった。
ユエラとウィーの逃亡劇は、朝日が眩しい崖の上で幕を閉じた。
いつの間にか、ウィーのあとをついてきていた男が両手をひろげ、ユエラを寄越せとばかりに近づいてくる。
けれど、ウィーの両腕はしっかりと巻きつき、ユエラを離さないと告げていた。
ユエラも負けじと、ウィーの首にしっかりとしがみついた。
ふたつの激流が、混ざりあってわからなくなるくらいに。
それが、ウィーへの答えになった。
ウィーはユエラを抱えたまま、朝日に向かって大きく跳んだ。
のばされた男の手は、ユエラのところまでは届かなかった。
きらきらと朝日に輝く眼下の地は、ユエラにとって懐かしき故郷だ。
還ろう。
ウィーも一緒に。
ユエラの唇が美しい唄を紡ぐ。
とても美しい唄だが、とても短い。
唄はすぐに終わりをむかえる。
ユエラは静かに見つめていたウィーの唇に、自分の唇を触れさせた。
びっくりしたウィーを見て、ユエラが満足そうに目を細めた。
そのまま、ユエラとウィーはふたつの大きな波しぶきになった。
ユエラの散歩は、ここで終わりだ。
走るウィーの足元からは、がさがさと蹴られる草の音がする。
まるで、乱暴なことをするな、と怒っているようだ。
ユエラは、ウィーの代わりに謝っておいた。
ウィーが乱暴なことをするのは、きっとユエラのためだから。
謝るのはきっとユエラの役目なのだ。
びゅんびゅん変わる景色たちは、どんどん後ろに置いて行かれていった。
ユエラはそれを、ウィーの腕にしがみつきながら見た。
ウィーの足はすごく早くて、ユエラも一緒に風になってしまったようだ、と思った。
ふと、ユエラは懐かしいにおいを嗅いだ気がした。
ウィーの腕にしがみついたまま、前に向かってにおいを嗅ぐ。
もうずいぶんと離れていた気がするが、ユエラが間違えるわけもない。
ユエラは、これから懐かしいところに帰るのだろう。
あまりの懐かしさに、ユエラが思わずにこにこしながらウィーの顔を見上げると、その顔はなんだか真っ白でびっしょりと濡れていた。
吐く息も荒く、ユエラはウィーのことが心配になった。
いまのウィーは、なんだか魂まで燃えてなくなってしまいそうだった。
ユエラは、どうしてあげたらいいのだろう。
ウィーはユエラを拐ったあの男と同じことをしている。
それなのに、ユエラはウィーから隠れたり、逃げたいなんて思わない。
ユエラは、ウィーの中に激流が隠れていることを知っていた。
それだけでなく、その音を聞くのが大好きだったのだ。
いつの間にか散歩は、ユエラにとって歩くことが目的のものではなくなっていた。
ウィーから聞こえるこの激流の音を聞くことが、一番の目的になっていたのだ。
ユエラはウィーの体にしがみついて、そこから聞こえる大好きな激流の音を聞く。
なにも言わないウィーの心がぎゅうぎゅうに詰まった音だ。
ウィーまで届いているかわからないけれど、もちろんそれはユエラにも同じく流れている。
いつもよりも激しく流れるこの音が、ユエラがこの地で見つけた新しい宝物だった。
ユエラとウィーの逃亡劇は、朝日が眩しい崖の上で幕を閉じた。
いつの間にか、ウィーのあとをついてきていた男が両手をひろげ、ユエラを寄越せとばかりに近づいてくる。
けれど、ウィーの両腕はしっかりと巻きつき、ユエラを離さないと告げていた。
ユエラも負けじと、ウィーの首にしっかりとしがみついた。
ふたつの激流が、混ざりあってわからなくなるくらいに。
それが、ウィーへの答えになった。
ウィーはユエラを抱えたまま、朝日に向かって大きく跳んだ。
のばされた男の手は、ユエラのところまでは届かなかった。
きらきらと朝日に輝く眼下の地は、ユエラにとって懐かしき故郷だ。
還ろう。
ウィーも一緒に。
ユエラの唇が美しい唄を紡ぐ。
とても美しい唄だが、とても短い。
唄はすぐに終わりをむかえる。
ユエラは静かに見つめていたウィーの唇に、自分の唇を触れさせた。
びっくりしたウィーを見て、ユエラが満足そうに目を細めた。
そのまま、ユエラとウィーはふたつの大きな波しぶきになった。
ユエラの散歩は、ここで終わりだ。
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