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傍観者で構わないのに

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 冬の寒さが和らぐ頃、そんな季節の変わり目に差し掛かっても僕は無職を満喫していた。

 というよりは奄美からは「次の機会が来たら連絡するからな」としか聞かされておらず、かといって積極的に関わりたいかと言えばそんな事もないために報酬が残っているうちは慌てず騒がずの精神でいこうと決めただけだ。

 だから、月に2回ほどの頻度でゴリラな先輩と桃里なんちゃらの追っかけをしてしまっていても致し方ない。

「ふんふーん……」
「高音が厳しそうですね」

 地声もしっかりと低めな先輩の鼻歌では原曲を当てることも出来ないだろう。

「大事なのは音程と、リズムだからな」
「先輩の踊り見てたら納得です」

 女の子たちの出せるような高音は彼女らに任せればいい。先輩はいつもそれを応援するダンサーだと言っている。

「付き合いたい、とか思うんですか?」
「ももりんと?」
「──その桃里と」

 真顔でアイドルを愛称呼びするゴリラにどう反応すればいい?

「付き合えるなら──いや、付き合ってしまったら仕方ないだろうなぁ」
「うわぁ……」

 言って「うへへ」とだらしない顔するゴリラにはこの反応しかないだろう。

 ライブで踊ったゴリラたちファンの熱気、もとい汗の臭いから解放される時を待ち遠しく感じ始めるのがこの季節らしい。

 僕はいっそ真冬だけのファンということにするか?

 どのみち彼女たちも顔を覚えているかどうか分からないファンのひとりだ。

 あの一回以来は握手会に参加せず見るだけの僕が居なくなって困るのはこのゴリラだけだろう。

 今日も握手会の列に並ぶゴリラを遠巻きに眺めて終わりなんだから。

「おら、よ」
「え?」

 そんな事を考えていると、先輩がスッと一枚の紙切れを差し出してくる。

「無職にはキツイだろうと思って、な」
「あ……はい、ありがとうございます」

 思えば営業の頃からコーヒーをたまーに奢ってくれたり、晩飯もたまーに奢ってくれたりと、後輩の僕を気遣ってくれていた。

 先輩の汗で湿った握手券はまたしても1枚のみ。しっとりと熱のこもった紙切れほど気持ち悪いものはない。

 そういやコーヒーは自販機だったし喫茶店ではいつも僕の支払いで、ファミレスは先輩だけど居酒屋は僕だったな。

 やはり真冬だけのファンという幻の存在になろう。幽霊ファンだ。

 先輩のチケットの束を受け取った係員ももう少し表情を繕えよな。ていうか今回はいつもの倍くらいないか、あの束。

 ということは必然──桃里なにがしの手の温もりはゴリラ先輩の温もりとなっているはず。これはもはや先輩との間接握手でしかないだろう。

 先輩がはけて、僕のチケットを受け取った係員が嫌な顔をする。ちがう、その汗は僕のものじゃあない。

 その様子は桃里なにがしも見ていたようだ。入念に手を消毒する姿に、手荒れしないのかなと思うだけの僕はきっとファンの資格はないだろう。

 それほどまでに……もしかしたら彼女たちも触りたくないのかも。僕の濡れたチケット事情は誰も知らないのだから、彼女たちからすれば僕もゴリラ先輩と同じである。

 先輩には悪いがいっそ、握手せずに挨拶だけでもいいか。

「あのっ──お久しぶり、ですよね?」
「えあ?は、はい?」

 おっと──話しかけられた?これは、逃がさないという意思表示だろうか。
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