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清楚な義妹 / 悪い子な義妹
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結局五回キスを重ねた後、店を出た。
「お酒言葉って、ご存知ですか?」
くすくす笑う紫苑は、変わらず葵の手を握っていて、時折、鍵盤を爪弾くようにして葵の手の甲を弄ぶ。
残念ながらピアノには疎かったから、彼女が弾いているのが『愛の夢』なのか、『ねこふんじゃった』なのかも判らない。
「……知ってるけど、気にしない。
……意味を気にしていたら、美味しいお酒は飲めないからね。」
「気にしないと言いながら、ブルームーンを頼むなんて、いぢわる、ですね?」
「……寮まで送るよ。明日、学校あるだろう?」
「ふぅん、そういうこと、言うんですね?
……まぁ、外泊なんてしたら怪しまれるでしょうし、仕方ありませんね。
キスしてくれたから、今日は許してあげますよ」
シェリーの酒言葉を見なかったことにする葵を嬲るあたり、彼女も大概いぢわるだ。
ブルームーンの酒言葉を見なかったことにして、飲み干してしまう自分自身を棚に上げるなんて、本当に悪い子だ。
イケナイ女が好きな葵は、紫苑のことが異性として気に入り始めていた。
「しかし、困りました。
私が欲しくなるものは、いつも誰かの所有物なんです。私、悪い子なので。」
「……所有物、とまでは言わないけれど。」
「あぁ、すみません。……異性を好きになったのは、貴方が初めてなものですから」
彼女は気づいていただろうか。
紫苑のさり気ない宣告に、葵が心臓を跳ね上げさせていることを。
紫苑は小さく笑って、『紫苑が欲しいモノ』を指折り数える。
「紺碧色の大きな石の付いたネックレスに、翠玉色の艶々した万年筆。紅葉色のかわいい軽自動車。そう、この深雪みたいに真っ白なコートも。」
本来の持ち主より紫苑の方が小柄なために、ちょっと余った袖を手元できゅっと摘んだ萌え袖で、コートを見せびらかす紫苑。
「いつも、貸してもらうばっかり。
今日も、絶対に汚さないって約束して、借りたんです。」
そうだろう。きっとかなり渋ったはずだ。
今日会った時から気づいていた。
そのシロウサギの毛皮のような純白のコートは、葵が好意を寄せている人の持ちものだ。
去年の冬、葵と一緒に選んで、散々悩んで購入した高級品。
大切にしすぎて、去年は二回くらいしか着ているのを見なかった。
正月と、温泉旅行のときだけ。
ふたりで会うときは、絶対はしゃいで汚すから、と言って、結局一度も着てこなかった真冬色のコート。
それを妹に貸したのは、『ハメを外してバレないように』、という、持ち主なりの戒めだったのだろうか。
残念ながら入店の時に預けてしまったせいで、コートはなんの抑止力にもならなかった訳だけれど。
「自分でも、拗らせてる自覚はあるんです。
私はいつも、お姉ちゃんが持っている素敵なモノが、欲しくて欲しくて仕方がないの。……だから貴方も、欲しくなっちゃった。」
「……僕は、素敵なものってわけでも、ないと思うけどね?」
彼女はどこまで把握しているのだろう?葵と茉莉花の関係を。
そのドロリと潤んだ黒目がちな眼には、何が見えているんだろう。
本当に底が知れない。
「……そんなこと、ないですよ……?」
街路灯の瞬きが、紫苑の表情に影を落とす。
泣いているようにも、怒っているようにも、喜んでいるようにも見えた。
「真面目なお姉ちゃんが不倫に走るくらいには、貴方は魅力的なひとです」
葵が付いた諦めのため息は、白い靄になって夜の闇に消えた。
「……いつ知ったの?ぼくらの関係。」
「お姉ちゃんは私の憧れですから。ずっと見てました。だからわかったんです。
最初におかしいなと思ったのは、お姉ちゃんが旦那さんと不仲になって一時期荒れていたのに、それがお兄ちゃんの結婚式以降ぱったり落ち着いたこと。
───そう。貴方と初めて会った日から。」
そうだ。
あの日、茉莉花に一夜の関係を求められ、応えてしまったのが始まりだった。
「……確信を持ったのは温泉旅行のとき。……みんなが見てないところで、キス、してたでしょう?」
「……言い逃れもできないな。」
「……アレを見てから、ずっと私も、貴方にシてほしいって思ってた。
───お姉ちゃんにしたみたいに、シてほしいって。」
前開きのコートの間から覗く、葡萄酒色のセーターの、腹の上をくしゃり、と強く握って。
「ねぇ、葵さん?さっきのキスの熱が、まだ私の中で疼いてるの」
「お酒よりもずっと熱い。私の心に焼け付いてしまいそうなくらい、熱いの」
「ねぇ、葵さん?お姉ちゃんとは、キスよりも、もっと悪いこと、シてるんでしょう?」
「お姉ちゃんとシてること、私にも教えて。」
────私のコト、もっと悪い子に、してくれませんか?
それは実質、脅迫だった。
自分の姉を、茉莉花の家庭を人質に取り、秘密の関係への契約を迫る確信犯。
合理的で、効率的で、廃退的な計算高さ。
目的のためならどんな手段を使ってでも成し遂げようとする、その冷徹。
実に葵好みのやり方だ。
紫苑は、美しい食虫植物のような女だった。
その可憐さに、知れば知るほど好きになり、もっと知りたいと手を伸ばしたその時には、内に潜んだ触手に絡め取られ、最早逃げられない。逃してくれない。
美しい花には棘があるが、紫苑の棘には媚毒が仕込まれていた。
紫苑を、抱きかかえる様にして包み込む。
抵抗もしない。むしろ自分からおっきな胸を押し付けるくらい。
ただじっと、情欲に蕩けた眼で、葵を見上げる。
「酔った勢いでこんなことして、後悔しない?」
それは葵なりの誠意だった。
ここから先は後戻りできないのだと、示すように。
それを聞いた少女は。
くすり、と笑って。
「酔っているか、酔っていないかは、明日の私が決めることです。」
そう宣言した唇で、次は自分から葵を求めた。
あぁ。この子は、本当に。
──これから、楽しくなりそうだ。
△▼△▼△
次の日の朝。
紫苑からメッセージが入っていた。
会食のお礼と、次の逢瀬の日取り決め。
昨日の紫苑は、無事、酔っていなかったことにされたらしかった。
△▼△▼△
「お酒言葉って、ご存知ですか?」
くすくす笑う紫苑は、変わらず葵の手を握っていて、時折、鍵盤を爪弾くようにして葵の手の甲を弄ぶ。
残念ながらピアノには疎かったから、彼女が弾いているのが『愛の夢』なのか、『ねこふんじゃった』なのかも判らない。
「……知ってるけど、気にしない。
……意味を気にしていたら、美味しいお酒は飲めないからね。」
「気にしないと言いながら、ブルームーンを頼むなんて、いぢわる、ですね?」
「……寮まで送るよ。明日、学校あるだろう?」
「ふぅん、そういうこと、言うんですね?
……まぁ、外泊なんてしたら怪しまれるでしょうし、仕方ありませんね。
キスしてくれたから、今日は許してあげますよ」
シェリーの酒言葉を見なかったことにする葵を嬲るあたり、彼女も大概いぢわるだ。
ブルームーンの酒言葉を見なかったことにして、飲み干してしまう自分自身を棚に上げるなんて、本当に悪い子だ。
イケナイ女が好きな葵は、紫苑のことが異性として気に入り始めていた。
「しかし、困りました。
私が欲しくなるものは、いつも誰かの所有物なんです。私、悪い子なので。」
「……所有物、とまでは言わないけれど。」
「あぁ、すみません。……異性を好きになったのは、貴方が初めてなものですから」
彼女は気づいていただろうか。
紫苑のさり気ない宣告に、葵が心臓を跳ね上げさせていることを。
紫苑は小さく笑って、『紫苑が欲しいモノ』を指折り数える。
「紺碧色の大きな石の付いたネックレスに、翠玉色の艶々した万年筆。紅葉色のかわいい軽自動車。そう、この深雪みたいに真っ白なコートも。」
本来の持ち主より紫苑の方が小柄なために、ちょっと余った袖を手元できゅっと摘んだ萌え袖で、コートを見せびらかす紫苑。
「いつも、貸してもらうばっかり。
今日も、絶対に汚さないって約束して、借りたんです。」
そうだろう。きっとかなり渋ったはずだ。
今日会った時から気づいていた。
そのシロウサギの毛皮のような純白のコートは、葵が好意を寄せている人の持ちものだ。
去年の冬、葵と一緒に選んで、散々悩んで購入した高級品。
大切にしすぎて、去年は二回くらいしか着ているのを見なかった。
正月と、温泉旅行のときだけ。
ふたりで会うときは、絶対はしゃいで汚すから、と言って、結局一度も着てこなかった真冬色のコート。
それを妹に貸したのは、『ハメを外してバレないように』、という、持ち主なりの戒めだったのだろうか。
残念ながら入店の時に預けてしまったせいで、コートはなんの抑止力にもならなかった訳だけれど。
「自分でも、拗らせてる自覚はあるんです。
私はいつも、お姉ちゃんが持っている素敵なモノが、欲しくて欲しくて仕方がないの。……だから貴方も、欲しくなっちゃった。」
「……僕は、素敵なものってわけでも、ないと思うけどね?」
彼女はどこまで把握しているのだろう?葵と茉莉花の関係を。
そのドロリと潤んだ黒目がちな眼には、何が見えているんだろう。
本当に底が知れない。
「……そんなこと、ないですよ……?」
街路灯の瞬きが、紫苑の表情に影を落とす。
泣いているようにも、怒っているようにも、喜んでいるようにも見えた。
「真面目なお姉ちゃんが不倫に走るくらいには、貴方は魅力的なひとです」
葵が付いた諦めのため息は、白い靄になって夜の闇に消えた。
「……いつ知ったの?ぼくらの関係。」
「お姉ちゃんは私の憧れですから。ずっと見てました。だからわかったんです。
最初におかしいなと思ったのは、お姉ちゃんが旦那さんと不仲になって一時期荒れていたのに、それがお兄ちゃんの結婚式以降ぱったり落ち着いたこと。
───そう。貴方と初めて会った日から。」
そうだ。
あの日、茉莉花に一夜の関係を求められ、応えてしまったのが始まりだった。
「……確信を持ったのは温泉旅行のとき。……みんなが見てないところで、キス、してたでしょう?」
「……言い逃れもできないな。」
「……アレを見てから、ずっと私も、貴方にシてほしいって思ってた。
───お姉ちゃんにしたみたいに、シてほしいって。」
前開きのコートの間から覗く、葡萄酒色のセーターの、腹の上をくしゃり、と強く握って。
「ねぇ、葵さん?さっきのキスの熱が、まだ私の中で疼いてるの」
「お酒よりもずっと熱い。私の心に焼け付いてしまいそうなくらい、熱いの」
「ねぇ、葵さん?お姉ちゃんとは、キスよりも、もっと悪いこと、シてるんでしょう?」
「お姉ちゃんとシてること、私にも教えて。」
────私のコト、もっと悪い子に、してくれませんか?
それは実質、脅迫だった。
自分の姉を、茉莉花の家庭を人質に取り、秘密の関係への契約を迫る確信犯。
合理的で、効率的で、廃退的な計算高さ。
目的のためならどんな手段を使ってでも成し遂げようとする、その冷徹。
実に葵好みのやり方だ。
紫苑は、美しい食虫植物のような女だった。
その可憐さに、知れば知るほど好きになり、もっと知りたいと手を伸ばしたその時には、内に潜んだ触手に絡め取られ、最早逃げられない。逃してくれない。
美しい花には棘があるが、紫苑の棘には媚毒が仕込まれていた。
紫苑を、抱きかかえる様にして包み込む。
抵抗もしない。むしろ自分からおっきな胸を押し付けるくらい。
ただじっと、情欲に蕩けた眼で、葵を見上げる。
「酔った勢いでこんなことして、後悔しない?」
それは葵なりの誠意だった。
ここから先は後戻りできないのだと、示すように。
それを聞いた少女は。
くすり、と笑って。
「酔っているか、酔っていないかは、明日の私が決めることです。」
そう宣言した唇で、次は自分から葵を求めた。
あぁ。この子は、本当に。
──これから、楽しくなりそうだ。
△▼△▼△
次の日の朝。
紫苑からメッセージが入っていた。
会食のお礼と、次の逢瀬の日取り決め。
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