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清楚な義妹と 小さな秘密

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『やっぱり今日は間に合いそうにないです。この埋め合わせは必ず。』

 簡素な謝罪メールを流し読み、はぁ、と小さく溜め息をついたのは、真っ白なロングコートが印象的な女の子だった。

 駅前の雑踏の中で所在なさげに揺れる少女の醸し出す、世界の全てにおいてけぼりにされたかのような儚さと、どこか目を引く憂いを含んだ顔立ち。

 ……こんなにも妖しい魅力のある子だっただろうか。

 こんなに不思議な気持ちになるのは、夜に彼女と会うのが初めてだから、かもしれない。

「……ウチの姉が、申し訳ないです……。」

「茉莉花さん、忙しいひとだから。まあ、仕方ないよ。」

 ちょっと茶化すような言い方をしても、紫苑はまだ、姉の失態は自分の責任だ、とでも思っているかのように硬い表情を見せた。

 そしてそれは、きっと葵の方も同じだった。

 茉莉花がいないところで紫苑と話すのは、少し緊張する。

 刈谷 茉莉花は、葵の姉の結婚相手の実姉───。まぁ、つまり義理の姉にあたる、黒髪美人のクール系お姉さん。高校教師をしていて、今日みたいな休日の仕事もしょっちゅうだけど、多忙なのを楽しめる素敵な女性だ。働くコトを金儲けの手段と割り切って、残業皆無のホワイト企業への就職を目指してのらりくらりと過ごしているようなダメ男子大学生の葵とは分不相応もいいところなのだけれど、何の因果か馬が合ってしまった。

 姉夫婦の結婚式で知り合って以来、何かと理由を付けてしょっちゅう飯やら買い物やらに連れ出されたりするような仲なのだ。一方、社会人と言うヤツは仕事に追われるモノらしく、今日みたいに突然ほったらかしにされることも多い。

 寒空の中、紫苑がしょんぼりと俯いているのも、葵が気まずい思いで明るい夜空を見上げているのも、全て茉莉花が悪いのだ。

 まぁ、自分で言ったとおり仕方のないコトなのだけれど。


「……どうします?…………ふたりきり、ですけど。」

 天白 紫苑は有名女子校の高校三年生。茉莉花の実妹で、葵の義妹にあたる。『お嬢様JK』の肩書を背負うに相応しい、真面目で清楚で穏やかな、ちょっと人見知りの強めな優等生、と言った印象の女の子。

 茉莉花とは離れて暮らしているのだけれど、ふたりはとても仲が良く、互いの家に泊まりに行ったり、旅行に行ったりしている程だという。茉莉花曰く、『両想いのシスコン』、なのだそうだ。

 今日は、そんなふたりにオマケの葵を加えて、夕食を共にする予定だったのだけれど……。

 紫苑は小さな手を肌寒そうにモジモジと合わせながら、葵の反応を伺うよう視線を彷徨わせる。

 頬を赤らめ俯き加減に見つめられると、寒さに震える少女にも、恋する乙女にも見える。今回の場合は明らかに前者だ。コートを着込んでいるとは言え、初冬の夜は華奢な女の子には冷え過ぎる。

 店に入るなら、早く移動したいところだ。

 しかし、どうしようか。

 これまで何度か会ったことがあったし、姉夫婦を含めて遠出したこともあったが、葵と紫苑が顔を合わせるときは大抵いつも茉莉花が一緒だった。

 実姉なしではまともに話したこともない遠縁の義兄と食事をともにすることに、紫苑は多少なりとも不安を覚えていることが、落ち着かない様子から手に取るようにわかる。

 会話をしているふたりの距離も、手を伸ばしても触れられないくらいに遠い。

 彼女とはまだ、それくらいのこころの距離があるということに違いなかった。

 義姉と仲良しなのに、義妹のことをよく知らないと言うのもおかしな話かもしれない。

 これからのこともあるし、関係は進めておきたいところだ。

「よかったら、一緒にご飯しない?ふたりだけでも。

 ……お店も、予約してあるんだよね?

もちろん、紫苑さんが良かったら、だけど。」

 ちょっと驚いたような顔をした紫苑は、しばらく考える素振りを見せたのち、

「……そう、ですね。お店の方にも悪いですし、ね。」

 早く行きましょう、凍えてしまいそうです。と小さく笑った義妹は、義兄の隣にととと、と雛鳥のような小さな歩幅で歩み寄った。

 手を伸ばせば、触れられるくらいの距離だった。

 ほっと一息。



 ──言うまでもないことだが、葵は紫苑に対して、下心も、恋愛感情も、特別な想いは持ち合わせていなかった。

 ましてや紫苑は茉莉花の妹だ。そうそう手出ししようなどという発想の湧く相手でもない。

 これから長い付き合いになるだろうし、仲良く出来るといいなぁ、とか、そんな楽観的なことしか考えていなかった。


 この時点では、まだ。











「……なんで、未成年が居るのにココなんだ……?」

 茉莉花が予約していたのは、大企業の接待に使いそうな高級居酒屋だった。

 ちょっとだけ待ったあとに、連れて来られたのは完全個室。

 歴史を感じさせる木の柱と、白い砂壁と、和紙に包まれたライト。畳の香りが鼻をくすぐる。何処かの旅館に迷い込んだみたいだ。

 葵も茉莉花もお酒は好きだけれど、なにもこんな大人の密会に使いそうな場所を選ばなくても。

 こんなところに連れ込まれたら、穏やかな紫苑も流石に困惑、苦笑いだろう。

 何なら、躊躇して帰ってしまうかも。

 そんな恐れを懐きながら振り返ってみると。


 ………そこに居たのは、大人空間にキラキラと黒目がちの眼を輝かせ、キョロキョロと部屋を見渡す紫苑だった。

 …………………………なんでそんなに、うれしそうなの?


「あ、お姉ちゃん、説明してなかったんですか?この店、わたしのリクエストなんです。」

「リクエスト……?……なんで?」

「それは、勿論……。」

 手慣れた手付きで彼女が取ったのは。

「……私が悪い子、だからですよ?」

 ───お酒のメニューだった。

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