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第二章 空中編

第三十一話 表彰式

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「はぁ……」
「ラルド、まだ落ち込んでるのか。クシーは安らかに消えたんだろ? それでおしまいじゃないか」
「……願いごと、変えようかな」
「いい加減にしろ!」

 エメはラルドを殴りかけた。しかし、拳が停止してしまった。

「……くっ。とにかく、クシーのことはもう忘れろ。ただの一対戦相手だ。決勝までに殺した奴らだって、きっとクシーと同じような壮大な願いを抱えていたはずだ」
「……そうだな。ちゃんと自分の願いを叶えてもらうよ」
(ちぇっ、ちょっと悲しいことがあったらすぐにこうなる。俺以外の誰かも叱ってやれよ)

 エメは周りの者たちを見る。みな、自分のためのことをしている。

(……俺も自分のことをするか)
「ラルド、魔王スゴロク、借りるぞ」
「ああ」

 エメはラルドのカバンから魔王スゴロクを取り出し、遊び始めた。
 しばらくして、表彰式の準備が終わったことを告げるアナウンスが響いた。

「サフィア捜索会、表彰式の準備が出来た。扉の前で待機したまえ」
「お、ようやくか。さあお前たち、早速向かおう」

 なんだか楽しげなニキスが先頭で、一行は扉の前へ向かった。道の途中、ラルドはずっと顎を触っていた。

「良いかラルド。自分の願いを言うんだぞ」
「クシーさんとほぼ一緒だった願いがある。それを叶えてもらう」
「は? 天界へ行ける権利はどうしたんだよ」
「それはきっと願いごととは別でくれるはずだ」
「それなら良いが……」

 そんな話をしているうちに扉の前にたどり着いた。どこから察知したのか、扉が開く。

「さぁー、今回の大会の優勝者が出てくるぞー! 優勝者チームの名前は、サフィア捜索会ぃー!」
「……なんか歓声が聞こえないな」
「そりゃ地上人の優勝だからだろ。私以外は軽蔑の目で見ている」
「さぁ、サフィア捜索会に優勝のバッジが配られます」

 王はバッジを受け取った後、ラルドたちのいるところへ飛んできた。

「このバッジは、天界へ行くのを遮る光の壁を突破できる物だ。天界へ行けるよう、このバッジは常につけていなさい」

 一行は王にバッジをつけてもらう。ニキスはバッジ無しでも天界へ行けるため、バッジを渡されなかった。

「さて、バッジはつけ終えた。続いては、願いごとを叶える作業だ。誰が願いを言う?」
「は、はい。僕が言います」
「一応聞く前に叶えられる願いの範囲を説明させてもらう。まず、死者の蘇生は不可能だ。そして、わしの出来ることの範疇を超えているものも不可能だ。以上を踏まえて、願いごとを言うが良い」
「もう願いごとは決まっています」
「ほう。じゃあ、考える時間は必要ないな。では、願いを教えてくれたまえ」
「僕は、この国の地上人差別を無くしてほしいと願います!」

 闘技場全体がざわつく。

「あいつ、勝ったからって調子乗ってやがるぜ」
「まったくだ。誰があんな願いを叶えるもんか」
(どうせ観衆はそんなことだろうと思った。王様は、どうだろう)
「……まずお主には、教えなければならぬことがある」
「教えなければならないこと? なんでしょう」

 王はラルドに背を向け、後ろで手を組み、少し歩く。

「この国の者どもが、地上人を嫌う理由だ。お主はこの前、賢者がこの国を浮かべていると言ったな」
「でも、それは賢者ではなく、奴隷だった……そんな話を、クシーさんから聞きました」
「そうか。知ってるなら話は早い。昔はな、この国はわしたちスカイ人が浮かせていたんだ。皆が仲良く、平和に暮らしていた。だがある日、王族の一人である娘が地上を発見したのだ。そこは、サウスという国だった」
「……」
「その国の民と昔のスカイ人は戦争を始めたのだ。魔王が現れるより、更に前の時期だ。見事戦争に勝利したスカイ人は、サウス人を奴隷としてこの国をとても発展させた。地上にしかいない生き物を持ち込んだり、殺意がおさまらない戦士たちのために闘技場を造らせたりな。そうこうしているうちに、この国を浮かべていた魔導機が限界を迎えたのだ」
「それで、サウス人に呪文を教えて浮かせたということですか」
「そうだ。その苦しそうな姿を見て、スカイ人は完全に地上の人間どもを差別し始めたんだ。そのときの差別心が今でもこの国に深く根付いている。お主の願いを叶えることは、とても難しいことだ。実際わしも、地上人の願いなど叶えたくない」
「それじゃあ、叶えてもらえないってことでしょうか」
「……条件をつけよう。わしがお主の願いを叶える代償に、お主らに渡したバッジを外させてもらおう。それでも良いというなら、差別を禁じるルールを作ろう」
「で、でも、このバッジが無いと天界には……」
「ああ。行けない。さあ、どちらかを選ぶが良い。姉か、地上人か」
「おい王、ふざけた条件をつけるんじゃない。私が許さんぞ」
「ほう、コクリュウ、たてつくか。良いだろう。主のために、わしと戦え」

 王は杖を鋭利な方が上を向くように持ち替えた。

「ニキス、無理しなくて良いよ。僕、このバッジ外すから……」
「バカ。なんで反抗しないんだ。こんなふざけた条件、簡単に受け入れるな」
「姉さんに会いたかったけど……これ以上地上人が苦しむのを黙って見過ごすわけにはいかないよ」
(あーあ。一旦ああなると一時間はあのままだ。誰かあいつを慰められる奴はいるかな?)
「……ちっ! ラルドが許しても、私はそんな条件、のまないぞ」
「そうかぁ。じゃあ、殺り合うか?」
「ああ。かかってきやがれ」

 王とニキスは戦い始めた。観客たちは王を応援する。

「わ、私たちも……!」
「はぁ。俺も出なくちゃいけないか。ラルド、さっさと戦うぞ」
「全員まとめてかかってくるが良い。愚かに抗う姿を、民衆に晒せ」
(なんで、王様、あのときは優しかったのに……)

 ラルドは王は何か悪いものに取り憑かれているのではないかと考えた。

「ふん! 腕が落ちたな、コクリュウ」
「ぐっ、こんなくらいの結界にひびの一つも入れられないなんてありえぬ……」

 一行は王の結界を破ろうと攻撃を続けるが、ひびが入る様子はない。

「ラルド、何をしてるんだ! お前も戦え!」
「ほっほっほ。地上人が一匹増えようと、敵ではないわ!」
「もう……戦うしかないのか?」

 ラルドは立ち上がり、剣に手をかけた。そのとき、何者かが闘技場に乱入してきた。

「待てーい! ザメ、早速始めてくれ!」
「わかったわ! サトリ、あの力を使う時よ!」
「カタラ……!」
「なんじゃ? また雑魚が増えたな」

 サトリは両手を頭の上に乗せ、何かをつぶやき始めた。

(な、なんだ、この力は……)
「見て! 王様の頭から……」
「王だけじゃない。この闘技場全体から何かが」
(みんな、聞こえるでしょう、悪魔の声が)
(ぐ、グォォ! 俺様を呪殺するつもりか!)
(お前たち、早く私の元へ還るんだ! 逃げないと、殺されちまうぞ!)

 謎の黒い影が、スカイ人たちの頭上から出ていく。空には、黒い雲が出来ていた。

(みんな、私があの黒い雲にトドメを刺すから、なんとか逃がさないようにして!)
「レイフ、ウォリア、やりましょう」
「「ああ」」

 レイフたちは風を下向きに発生させ、黒い雲を空に逃がさない。

(グォォ……こんなところで僕は消えて良い存在じゃないのにぃ……)
(トドメよ! サトリ、いくわよ!)

 サトリとザメは手を上げると、思い切り叫んだ。

「はあ゛あ゛ー!」
(グワァァァ!)

 黒い雲は消え去った。黒い影が抜けてからずっと倒れていたスカイ人たちは目を覚まし、身体を起こす。

「はっ! 俺たちは一体何を……」

 王も起き上がった。

「うぅ……頭が痛い。確かわしは、バッジを手に取って、それから……」
「王様、僕の願い、覚えてますか」
「わしの記憶にはないな……」
「王様、あなた、悪魔に取り憑かれていたんですよ。それに、周りのみんなも」
「しかし、あの悪魔は一体何者だったんだ?」
「ごほん。まあ、気を取り直して、今度こそ本当の表彰式を始めよう。お主の願いはなんだ?」
「この国から地上人差別を無くしてもらいたいです」
「……良かろう。皆の衆! 今日から地上人差別はやめだ! この国を浮かせるのも、サウス人にやらせるのではなく、わしたちの手でやろう! あのサンドバッグにしていた少年も解放しよう!」

 おおーー!と闘技場中から歓声が聞こえる。

「ラルド君。わしは悪魔に取り憑かれているとき、君たちに酷いことをしたかもしれぬ。大変すまなかった」

 王は頭を下げ、謝罪する。

「いえ、大丈夫です。とりあえずこのバッジがあれば天界に入れるんですね?」
「その通りじゃ。さあ、今日はもう休んで、明日から天界へ向かいなさい」
「はい」

 一行は闘技場から出ていこうとした。それをカタラは止めた。

「待てよ、ラルド。一つ忘れてることがあるぞ」
「……ありがとうな。助けてくれて」

 カタラは親指を立てた。そして今度こそ一行は闘技場から出ていった。
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