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第2章、悪夢と狂気の中で
40、間違った世界
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街から修道院へどのように帰ったのか全く記憶がない。悪夢を見てはうなされ、薬を飲まされたような気がする。そして意識を取り戻した時、私はまだ目を開けることも体を動かすこともできずにいた。
「すまない。空いた病室にミゲルを寝かせて欲しい」
「カルロス院長、どうしたのですか?」
「話は病室に入ってからにする。手を貸してくれ」
「わかりました」
どうやら私はカルロス先生に抱きかかえられているようだった。体を動かすことはまだできない。病室のベッドに寝かされたので目を閉じたままでいた。
「ミゲルはひどくうなされていたから、私の持っていた薬を与えて眠らせ、護衛の者と交代で抱きかかえながら馬車で帰ってきた。暴れては危険だから、ほとんど眠らせていた」
「街で何かあったのですか?」
「異端者の裁判と処刑が行われた。あんな酷い光景は子供に見せてはいけなかった」
誰かが私に近付いて手を握った。ニコラス先生のようだ。
「ミゲルはまだ薬が効いているようですね。何があったか詳しく聞かせてください。ミゲルだけでなくカルロス院長、あなたも薬が必要かと思われます。ほとんど寝てないのでは・・・」
「今から話すことは他の者には聞かれたくない」
「大丈夫です。この病室は特別室なので、中から鍵をかければ誰も入れませんし、話し声が他の部屋に聞こえることもありません」
「そうか・・・私は地獄を見てしまった。この先修道院長としてどう生きたらいいかわからなくなっている」
足音とガラスのぶつかる音が聞こえた。
「このワインを飲んでください。薬を入れてあります。感覚を麻痺させるような強い種類のものではなく、ただ気持ちを落ち着かせる効果のある薬です」
「ありがとう」
しばらくの間は何も聞こえなかった。私は固く目を閉じていた。手足は少し動くようになっていたが、ベッドに寝たままじっとしていた。
「処刑されたのはユダヤ人の家族だった。父親と母親と子供の3人、子供はまだ12,3歳位だった」
「それは酷い・・・」
「彼らは教会に火をつけたという理由で裁かれていた。父親はもう完全に気が狂っていた。顔が酷く傷つけられ、目をくり抜かれ焼け爛れていた」
「・・・・・」
「母親の方は顔はきれいなままだった。だがおそらく暴行されたのだろう。半分は気が狂っていた。彼らの子供だけが拷問を免れ正気を保っていた」
「・・・・・」
「かわいそうに・・・正気を保っていた子供が1番恐怖と苦痛を感じたであろう。3人とも生きたまま火あぶりにされた」
「カルロス院長、あなたは・・・」
「見ている時に同じ苦痛を感じた。それでも私は以前のように気を失うということはなかった。私はミゲルを守ろうと必死で抱きかかえていた。そしてミゲルが叫び声を上げ、先に意識を失った」
「・・・・・」
「私はあの裁判が悪意によるものだとわかってしまった・・・」
「カルロス院長、そこから先は話してはいけません」
「いや、話すのはそなたにだけだ。黙ってはいられない」
カルロス先生の声はあの夜、ドン・ペドロ大司教と話していた時と同じ声であった。私は目を固く閉じたままなので姿は見えないが、先生が激しい怒りで震えているのがわかった。まさか先生は私の家族であることをニコラス先生に話してしまうのか・・・
「あの子供は叫んでいた。自分たち家族は無実であると。私もそれが真実だと思う。改宗してキリスト教徒になった者が教会に火を付けるなどありえない。あの家族はおそらく重大な秘密を知ってしまったか、それとも財産の没収が目的で罪をなすりつけられたに違いない」
「カルロス院長、それ以上言ってはなりません!」
「父親だけ顔を酷く傷つけられていたのも気になる。あの男は別人だったのかもしれない。本当の父親は拷問で死んでしまって、全く別の男が身代わりにされ、気が狂うほどの拷問を受けて顔を焼かれ、悲惨な姿で晒し者にされていたとしたら・・・異端審問はキリスト教徒を狂わせ、世界を間違った方向に導いている。キリストが、そして神が望んだのはこんな世界ではない・・・」
「お願いです、カルロス院長、それ以上は言わないでください。あなたのおっしゃる通り、今キリスト教徒は間違った方向に進んでいます。十字軍の時代と同じです。間違った考えや制度のために酷い方法で殺される者がいても、人々はそれが正しい裁きだと熱狂してしまうのです。あなたのようにキリスト教徒でありながら真実が見える者は極わずかしかいません。そして少数の真実が見える者は大多数の狂った者によって抹殺されてしまうのです。今のこの世界は間違っています。でも、そのことを暴いてはいけません。私たちに歴史の流れを変える力はないのです」
「わかっている。私とて命は惜しいから余計なことは言わないつもりだ。それにドン・ペドロ大司教から脅されてもいる」
「大司教が一体何を・・・」
ドン・ペドロ大司教の名前が出て私の体は激しい痙攣を起こした。カルロス先生はあの話をニコラス先生にも言ってしまうのだろうか。震えが止まらない・・・
「すまない。空いた病室にミゲルを寝かせて欲しい」
「カルロス院長、どうしたのですか?」
「話は病室に入ってからにする。手を貸してくれ」
「わかりました」
どうやら私はカルロス先生に抱きかかえられているようだった。体を動かすことはまだできない。病室のベッドに寝かされたので目を閉じたままでいた。
「ミゲルはひどくうなされていたから、私の持っていた薬を与えて眠らせ、護衛の者と交代で抱きかかえながら馬車で帰ってきた。暴れては危険だから、ほとんど眠らせていた」
「街で何かあったのですか?」
「異端者の裁判と処刑が行われた。あんな酷い光景は子供に見せてはいけなかった」
誰かが私に近付いて手を握った。ニコラス先生のようだ。
「ミゲルはまだ薬が効いているようですね。何があったか詳しく聞かせてください。ミゲルだけでなくカルロス院長、あなたも薬が必要かと思われます。ほとんど寝てないのでは・・・」
「今から話すことは他の者には聞かれたくない」
「大丈夫です。この病室は特別室なので、中から鍵をかければ誰も入れませんし、話し声が他の部屋に聞こえることもありません」
「そうか・・・私は地獄を見てしまった。この先修道院長としてどう生きたらいいかわからなくなっている」
足音とガラスのぶつかる音が聞こえた。
「このワインを飲んでください。薬を入れてあります。感覚を麻痺させるような強い種類のものではなく、ただ気持ちを落ち着かせる効果のある薬です」
「ありがとう」
しばらくの間は何も聞こえなかった。私は固く目を閉じていた。手足は少し動くようになっていたが、ベッドに寝たままじっとしていた。
「処刑されたのはユダヤ人の家族だった。父親と母親と子供の3人、子供はまだ12,3歳位だった」
「それは酷い・・・」
「彼らは教会に火をつけたという理由で裁かれていた。父親はもう完全に気が狂っていた。顔が酷く傷つけられ、目をくり抜かれ焼け爛れていた」
「・・・・・」
「母親の方は顔はきれいなままだった。だがおそらく暴行されたのだろう。半分は気が狂っていた。彼らの子供だけが拷問を免れ正気を保っていた」
「・・・・・」
「かわいそうに・・・正気を保っていた子供が1番恐怖と苦痛を感じたであろう。3人とも生きたまま火あぶりにされた」
「カルロス院長、あなたは・・・」
「見ている時に同じ苦痛を感じた。それでも私は以前のように気を失うということはなかった。私はミゲルを守ろうと必死で抱きかかえていた。そしてミゲルが叫び声を上げ、先に意識を失った」
「・・・・・」
「私はあの裁判が悪意によるものだとわかってしまった・・・」
「カルロス院長、そこから先は話してはいけません」
「いや、話すのはそなたにだけだ。黙ってはいられない」
カルロス先生の声はあの夜、ドン・ペドロ大司教と話していた時と同じ声であった。私は目を固く閉じたままなので姿は見えないが、先生が激しい怒りで震えているのがわかった。まさか先生は私の家族であることをニコラス先生に話してしまうのか・・・
「あの子供は叫んでいた。自分たち家族は無実であると。私もそれが真実だと思う。改宗してキリスト教徒になった者が教会に火を付けるなどありえない。あの家族はおそらく重大な秘密を知ってしまったか、それとも財産の没収が目的で罪をなすりつけられたに違いない」
「カルロス院長、それ以上言ってはなりません!」
「父親だけ顔を酷く傷つけられていたのも気になる。あの男は別人だったのかもしれない。本当の父親は拷問で死んでしまって、全く別の男が身代わりにされ、気が狂うほどの拷問を受けて顔を焼かれ、悲惨な姿で晒し者にされていたとしたら・・・異端審問はキリスト教徒を狂わせ、世界を間違った方向に導いている。キリストが、そして神が望んだのはこんな世界ではない・・・」
「お願いです、カルロス院長、それ以上は言わないでください。あなたのおっしゃる通り、今キリスト教徒は間違った方向に進んでいます。十字軍の時代と同じです。間違った考えや制度のために酷い方法で殺される者がいても、人々はそれが正しい裁きだと熱狂してしまうのです。あなたのようにキリスト教徒でありながら真実が見える者は極わずかしかいません。そして少数の真実が見える者は大多数の狂った者によって抹殺されてしまうのです。今のこの世界は間違っています。でも、そのことを暴いてはいけません。私たちに歴史の流れを変える力はないのです」
「わかっている。私とて命は惜しいから余計なことは言わないつもりだ。それにドン・ペドロ大司教から脅されてもいる」
「大司教が一体何を・・・」
ドン・ペドロ大司教の名前が出て私の体は激しい痙攣を起こした。カルロス先生はあの話をニコラス先生にも言ってしまうのだろうか。震えが止まらない・・・
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