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第1章 修道院での子供時代

33、アラゴンの王様(2)

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 ある日、私とアルバロ、フェリペの3人はニコラス先生に図書館の上にある秘密の部屋に呼び出された。

「前回からかなり日にちが経ってしまったが、アラゴンの歴史について前の話を覚えているか?」
「はい、ナバラのサンチョ3世大王が亡くなり、息子のラミロ1世にアラゴンの土地が受け継がれました。1035年のことです。他の兄弟に比べてラミロ1世は狭い土地しかもらえませんでしたが、その後少しずつアラゴンは大きくなります」
「ほう、よく覚えているな」
「先生の授業を聞いた後、僕は歴史の本も読んで年代をノートにまとめました」

 フェリペは自分のノートを見せてくれた。彼は小さな字でびっしり年代と出来事を書いていた。ただ話を聞いていただけの私とは違う。

「先生の話を聞いて、歴史にすごく興味を持ちました。だから出来事を年代順にまとめ、暗記するようにしました」
「ならばアラゴン2代目の王サンチョ・ラミレスの生まれた年と王になった年は覚えているか?」
「サンチョ・ラミレスが生まれたのは1043年、王になったのは1064年21歳の時です。まだ若い王でしたが、10代の頃から王国の一部の統治を任されていたので、引継ぎは問題なく行われました。そしてサンチョ・ラミレスはローマへの巡礼も行い、積極的に教会の儀式をローマ式にしたり、教会や修道院を建築しました」

 彼は自分でも調べてノートに書いているからだろうか、かなり前の授業の話をよく覚えていた。





「では、今日はアラゴン3代目の王、ペドロ1世の話から始めよう。ペドロ1世が生まれたのは1068年である」

 フェリペがさっそく自分のノートに年代を記入していた。

「ペドロという名前は当時のアラゴンでは珍しかった。父サンチョ・ラミレスがローマに巡礼した時に、サン・ペドロの家臣になると宣言したと伝えられているので、そこからペドロと名付けられた」
「アラゴンではその後も何人ものペドロという名前の王様が出ています。例えば征服王ハイメ1世の父はペドロ2世です」

 ニコラス先生が話をするとすぐにフェリペは答えていた。彼は本で読んでアラゴンの歴史がかなり頭の中に入っているらしい。私とアルバロは何も知らないので、黙って先生の話を聞くだけである。

「ペドロ1世もまた跡継ぎとして育てられ、10代の時から王国の一部の統治を任されていた。サンチョ・ラミレスには3人の息子がいた。アルフォンソ1世が1073年、ラミロ2世が1087年生まれであるから、それぞれペドロ1世とは5歳、19歳年が離れている。父サンチョ・ラミレスは3人の息子に対して後継者、軍隊の指揮官、聖職者という3つの未来を考えていた」
「アルフォンソ1世は戦士王、ラミロ2世は修道士王と呼ばれています」

 いろいろな名前が出てきて、9歳の私はもう頭の中がゴチャゴチャになっていた。16歳のアルバロも同じであろう。14歳のフェリペだけが先生と対等に話をしている。

「1094年、サンチョ・ラミレスの死により26歳のペドロ1世が王位についた。ラミロ1世、サンチョ・ラミレス、ペドロ1世とここまでは長男が跡継ぎとなり、理想的な形で王位も引き継がれた。ペドロ1世もまたサンチョ・ラミレスと同じように優れた王であった。戦いで領土を広げ、教会や修道院を建築した。だが、跡継ぎとなる子が彼よりも早く亡くなり、さらにペドロ1世自身が36歳の若さで亡くなってしまった」

 順調に大きくなっていたアラゴンの歴史は、ペドロ1世が跡継ぎを残さないまま亡くなったことで大きく変わっていく。





「1104年、兄ペドロ1世の死でアルフォンソ1世が王位についた。その時彼は31歳だった。ペドロ1世を助けて戦いには何度も参加していたが、まさか自分が王位を継ぐとは思っていなかったのだろう。この時はまだ結婚もしていなかった。弟のラミロは子供の時から修道院に入っていた」
「31歳でまだ結婚していないというのはかなり遅いですよね」
「父、サンチョ・ラミレスは兄弟の争いを避けるために積極的に結婚させなかったのかもしれない。ナバラでは兄弟の争いで王が殺され、この時はまだアラゴン王がナバラ王も兼ねていたのだから」
「1109年、36歳の時にカスティーリャの女王ウラカと結婚した」
「え、いきなりカスティーリャの女王と結婚したのですか?それはかなり危険ですよ」
「どうして危険なのだ。女王と結婚すればカスティーリャも手に入れられる。王国が広がるチャンスではないか」

 今まで黙っていたアルバロが口を開いた。

「チャンスかもしれないけど、王国が乗っ取られる危険もある。女王ウラカにはこの時前の結婚でできた子がいた。アラゴンのアルフォンソ1世と結婚して2人の間に子供ができなければ、そのままアラゴンはカスティーリャのものになる可能性が高い。戦士王アルフォンソ1世は戦争にばっかり行っていたから戦死する可能性も高いし・・・」
「まさか!そんなことまで考えて結婚するのか」
「女王ウラカが何を考えてアラゴン王アルフォンソ1世と結婚したかはわからない。だがこの結婚は長続きせず、5年で離婚している」
「カトリックの国で離婚はできるのですか?」
「カスティーリャもナバラもアラゴンもナバラのサンチョ3世大王の子孫の国だ。祖先が同じならそれを理由に離婚は許される」

 結婚で国を乗っ取るとか、当時の私には理解できない話が続いていた。

「アルフォンソ1世の活躍は続いた。彼は宿敵だったサラゴサを包囲して降伏させた。アラゴンは悲願だったサラゴサをようやく手に入れることができた」
「すごいなあ、かっこいいなあー。やっぱり俺は陰謀で国を乗っ取るよりも、戦いに勝って領土を広げていく王様の話が好きだな」
「アルバロは戦士王アルフォンソ1世が好みのようだな」
「もちろんです。俺、もっと前の時代に生まれていたら、こういう王様に仕えたかったです」
「ミゲルはどう思う?」

 急に私に話が振られた。

「僕は、戦士王アルフォンソ1世はなんかバランスが悪いと思いました。それまでアラゴンの王様はサンチョ・ラミレスもペドロ1世も最初から王の跡継ぎとして育てられ、戦いの方法だけでなく国の統治の仕方や教会との関係も学んだ後で王になっていました」
「確かにそうだ。アルフォンソ1世は戦士として育てられたが、王として育てられることはなかった。そこに大きな悲劇があった。戦いで領土を広げること、イスラム教徒から土地を取り戻すことにアルフォンソ1世は人生のすべてをかけていた。跡継ぎができぬまま戦争に突き進んでいたアルフォンソ1世は驚くべき遺言を残して亡くなってしまう」
「どんな遺言ですか?」
「王国の領土も財産も全てテンプル騎士団などの騎士団に寄進するというものだ」
「知っています。それでアラゴンは大変なことになったのですよね」
「続きはまた次回話すことにしよう」

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