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第1章 修道院での子供時代

25、公現祭の劇(3)

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1月6日、公現祭の当日は、私は降誕祭の時と同じようにフアンと一緒にニコラス先生や孤児院の子供と行動を共にするように言われていた。午前中は劇の練習をして、お昼には修道士が使っている食堂が時間をずらして村人や孤児院の子供に開放され、ごちそうが振る舞われる。2回目だからか、それとも劇でキリストの役をすることになり切っているのか、フアンは大人しく静かに食事をしていた。デザートには細かい模様の入った丸い大きな焼き菓子が出された。

「わー、すごい。こんなお菓子初めて見た」
「でもどうしてお菓子の上に王冠が飾られているの?」

ニコラス先生がニコニコしながら説明してくれた。

「これはフランスで伝統的に食べられていて、王様のお菓子と呼ばれている。パリにいた時に食べた味を思い出して、ここの厨房の料理人に再現してもらった。この中に1つだけ小さな陶器の飾りが入っていて、切り分けて食べた時にその飾りが入っていた者は今日1日王様になってみんなに命令することができ、1年間の幸福が約束される」
「わー、いいな。1日王様になれるんだ」
「王様になるのはミゲルお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんは王家の血を引いているから、王様が死んだ後で修道院を出て新しい王様になるんだ」

突然フアンがしゃべり出し、みんながドキリとした。私が王家の血を引いているというのはあり得ない話ではない。寄付金の金額からして貴族の子であることは間違いないと言われていた。だがおそらくワケアリの子として産まれた私が王家の血を少しぐらい引いていても、王位継承権はないに等しいし、そんなことは考えるだけでも不謹慎に思われた。

「フアン、確かにミゲルは王家の血を引いているかもしれないが、本当に王様になるということはまずないよ。それにこの王冠をかぶるのはこの修道院の中で今日1日王様になる者、遊びみたいなことだ。ではこのお菓子を切ってもらうことにしよう」

ニコラス先生が料理を運んでいる人に頼み、お菓子は厨房に運ばれた後で、同じ大きさにきれいに切り分けられて出された。私たちは1切れずつ取って食べ始めた。

「このお菓子、中に何が入っているのですか?」
「アーモンドのクリームが入っている」
「すごくおいしい」

みんな夢中になって食べていた。私にとっても生まれて初めて食べる味であった。食べている時何か固い物が口に当たった。

「何か入っている」
「ミゲル、かまないように注意して出してみなさい」

固い物を出すと陶器でできた小さな王冠だった。

「おめでとう、ミゲル。今日は君が1日王様だ」
「だから僕が言ったでしょ。ミゲルお兄ちゃんが王様になった」
「そうだね、フアン。君の言う通りだ」

ニコラス先生もみんなも笑っていたが、私はなぜかすごく嫌な気分になった。王様などなってはいけない、そう感じた。私は手渡された作り物の王冠を前に出した。

「ごめんなさい。僕は王様にはなれません」
「そうか、ミゲルは王様役はいやか。それなら他にこの王冠が欲しい者はいるか?」
「はい、俺に王冠をください。俺は今日劇でヘロデ王の役をやるし、王様なんて現実には絶対無理だから、この王冠をかぶって今日の劇をやらせてください」
「いいだろう。ではアルバロが今日の王様だ」
「ありがとうございます!」

アルバロは王冠をかぶって大喜びだった。



夕方、広場にはたくさんの人が集まっていた。舞台と観客席を分けるために線が引かれ、舞台の周りには松明の火が灯されていた。

「本日は私たちの劇を見るためにお集まりくださりありがとうございます。子供が演じる劇なので、けっしてうまいとは言えませんが、どうか最後までお楽しみください」

すぐに受胎告知の場面が始まった。マリア様の役をやるフェリペのところに、幕で隠れた場所で天使の羽をつけて待っていた私が歩いて行く。羽は思っていたよりも大きかったが、私は力強く歩いて行き、夢中でセリフを言った後で退場した。幕の後ろにいると観客の話し声が聞こえた。

「マリア様の役をやるのは確か男の子だと聞いていたが・・・」
「うまいものですな。思わず引き込まれました」
「天使役もよかった」

観客席ではなく後ろから声が聞こえて驚いて振り返った。カルロス先生が3人の博士の衣装に着替えてそこに立っていた。

「カルロス先生」
「天使が堂々としていてよかった。この役はフワフワと演ずる者が多いが、お前は違っていた」

観客席のざわめきが収まらない中、王様の衣装を身に付け、冠をつけたアルバロが舞台に出た。

「静まれ!静まれ!お前たちは余が誰であるのか知らないのか!」

アルバロの大声が響き、観客はシーンとなった。アルバロは練習の時とは違うセリフを言っている。

「余はユダヤの王、ヘロデである!」

太鼓の音が鳴り響き、兵士役の子とアルバロが舞台で戦う演技をしていた。私は正面ではなく横から見ているのだが、すごい迫力である。敵役の子が次々と倒れていき、アルバロのヘロデ王だけが舞台に残った。

「なに?余に代わってユダヤの王になる子が生まれるだと。許せぬ!国中の2歳以下の男児と今から生まれるすべての子を殺してしまえ!1人残らずだ!」

アルバロの迫力に観客席にいた小さな子が思わず泣き出した。

「むむ!子供の泣き声が聞こえた。村人よ、その子供は何歳だ?」
「申し訳ございません、陛下。この子は3歳でございます」

子供のそばにいた村人が思わず返事をしていた。

「3歳ならしかたがない。見逃してやろう。子供を泣かせるでないぞ」
「ははー」

ヘロデ王が退場した後、舞台では子供を奪われて嘆く母親の演技とコーラスになった。

「ちょっとアルバロ、やり過ぎだよ。この後君はヨセフとして登場するんだよ」

フェリペが小声で注意した。

「いいだろう。ヨセフのセリフは少ないから」
「もうすぐエジプトへの旅の場面だよ」
「俺はもう疲れた。お前に任せる」

アルバロとフェリペの2人が舞台に出た。また観客席から小さな声が聞こえた。

「あのヨセフ役の子はうまいですなあ。本当に長旅で疲れ切った雰囲気がよく出ている」
「確かに・・・大人でもあれだけの疲れを表現できる人間はめったにいない」
「マリア様の子からも静かな悲しみと母となる強さが伝わってくる。大したものですな」

2人はセリフもなく舞台をただ寄り添って歩いているだけなのに絶賛されていた。そして最後、舞台に簡単に作られた馬小屋のセットが作られ、フアンのキリストが誕生し、3人の博士がそれぞれ黄金、乳香、没薬という贈り物を持って登場した。私が黄金、カルロス先生が乳香、ニコラス先生が没薬を持つ博士の役である。そして劇は終わった。




しばらくの間、みんなまだ劇の余韻に包まれてぼんやりとしていた。少し離れた場所からカルロス先生とニコラス先生の話声が聞こえた。

「いや、思ったよりもよい劇だった。そなたが指導したのか?」
「いえ、私がしたことは配役を決めて台本を配っただけです」
「アルバロとフェリペもよかったが、ミゲルには驚いた。普通天使の役はフワフワとやる者が多いが、ミゲルの天使からは強い意志を感じた」
「天使の役割はメッセンジャーです。神の言葉を伝えられた者は、時には自身の感情や幸せを犠牲にしてでも使命を果たさなければなりません。生半可な言葉や態度では神の言葉は人間には伝わりません。伝える側にも覚悟が必要です」
「そうか。それにしても今日のフアンは静かであった」
「今日だけではありません。練習の間もフアンはまるで別人のように静かでした」
「あのフアンが・・・」

2人の会話はしばらく途切れた。

「今夜もまた、降誕祭前夜と同じくらい死者が集まっていた」
「え、本当でございますか?それでカルロス院長はどうされたのですか?」
「集まってくる死者をじっと見ていた」
「目をつぶっていたのではないのですか?」
「出番がなければそうするつもりだった。だがそなたは私に最後に大きな役を割り振った。自分の役があるからには目をつぶってなどいられない」
「そうでございましたか」
「しらばっくれるな!すべてそなたの策略であろう!白状するがいい。孤児院の子供に劇をやらせ、私を出演させた真の目的はなんだったのか。言わないならそなたを懺悔室に連れて行き、白状するまで鞭で打つ」

カルロス先生の声が急に険しくなった。

「お待ちください!武芸で鍛えた院長の手で鞭打たれるなど想像するだけでも怖ろしい」
「今のは冗談だ。別に話したくなければ話さなくてよい」
「劇を行ったのには2つの理由があります」

ニコラス先生の声が急に低くなった。

「1つは子供たちに聖書について深く理解してほしいと思ったからです。ただ話を聞いたり本を読んだだけでは、その理解はどうしても表面的なものになります。それぞれが役割を与えられ、セリフの意味だけでなく登場人物の歩き方まで考えた時、その感覚は生涯忘れない、それこそが本当の理解です」
「なるほど・・・」
「もう1つの理由は、劇を行ってまた降誕祭前夜の吟遊詩人の歌のように死者が集まるか確かめたかったのです」
「私の役割は死者が来ているかどうかの見張り役か?」
「申し訳ございませんがその通りです。死者の姿を見ることができる者など滅多にいません。カルロス院長は神から特別な力を与えられているのです」
「あまりありがたい力ではないが・・・」
「死者が集まったということであることがわかりました」
「何がわかった?」
「正直私は子供たちの劇でたくさんの死者が集まったことに驚いています。吟遊詩人の歌ならともかく、子供たちの劇はしょせん素人芝居です。私たちは毎日彼らと接していますので、彼らの劇を見てその成長や努力を知り感動するのです。それは招待している村人も同じです。でも死者たちの多くは私達とは違う場所、違う時代に生きた者です。まったく無関係の見ず知らずの子供の劇を見るためにこんなに集まってくるとは思えません」
「そなたの言うことはよくわからぬ。見えないのにどうして死者の気持ちがよくわかる?」
「死者たちは3人の博士と同じです。今この場所に奇跡の子が生まれたと知っているから集まってくるのです」
「イエス・キリストと同じか」
「いいえ、違います。キリストが地上に生まれるのは1度だけです。でもキリストとは別に奇跡を起こせる子は何度も生まれています。彼らは聖人として名を残すこともあれば、全く無名のまま死に至ることもあります」
「この修道院で将来の聖人が生まれているのか?」
「聖人となるかどうかはわかりません。でも、世が乱れ、多くの者が理不尽に殺されている今、それを止めるための奇跡の子が必ず生まれるはずです。苦しみや絶望の中で死んでいった者は、彼らを癒し光を与えてくれる奇跡の子を待ち望んでいます。そしてその子に会うために集まって来るのです」
「その奇跡の子とは誰なのか?劇に出演していたのか?」
「それは私にはわかりません。孤児院の子かもしれないし、広場に集まった村人の子かもしれません。それでも間違いなくあの中にいました」
「そなたの言うことはよくわからぬ」



「アルバロ、僕は本当にびっくりしたよ。君は台本に書いてないことを突然しゃべり出すし・・・」
「俺もよくわからない。王冠を頭にのせたら、なんだか本当に俺は王様だという気分になって」
「これは偽物だけど、王冠はすごい力があるんだね」
「そう思う。王冠を取ったらなんか急に力が抜けた」
「でもヨセフが旅に疲れて歩いている雰囲気がよく出ていたとみんな褒めてたよ」
「あれは演技ではない。俺は本当に疲れていた」
「そうだったのか」

アルバロとフェリペが話している声も聞こえた。
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