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第1章 修道院での子供時代

6、孤児院の子供たち

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私が7歳位の頃、カルロス先生や他の偉い修道士の人が街へ行くことがあった。私はいつものように朝の日課を終わらせて学習室に行き、勉強の準備をして待っていた。その日は病院で働く医者のニコラス先生が学習室に来た。ニコラス先生は私にスペイン語とラテン語、そして人間や動物などの体の仕組みについて教えてくれていた。その日、先生は学習室に他の先生がいないことを確かめてから私のそばに来た。

「ミゲル、実は数日前に君への手紙を預かった」
「手紙・・・ですか?」
「このことはカルロス院長や他の先生には内緒にして欲しい」
「は、はい」
「これがその手紙だ」

ニコラス先生は私に小さな紙きれを渡した。そこにはたどたどしい字で次のようなことが書かれていた。

「ヤア、ミゲル!ボクハ、キミガダイスキ、トイウ、ツヨイシンネンガアル。キミニオアイシテ、ハナシヲスルヒガクルノヲ、ナガイアイダ、マチノゾンデイタ。インチョウセンセイガ、イナイトキ、フルイロバノミギガワニ、キテホシイ」

私は声を上げて読み上げたが、何が書いてあるのかよくわからない。

「フルイロバって何?」
「おそらく家畜小屋にいる年老いたロバのことだろう。これを書いたのは孤児院の子だ。君がカルロス院長と見回りにくるのを見て君に興味を持ったのだろう。私は時々孤児院や家畜小屋にも行って彼らの健康状態を調べている。もし君がよければ今から案内してもよい」
「でも、カルロス先生がいない時に・・・」

私はカルロス先生の顔を思い浮かべた。今まで先生に内緒でどこかへ行ったことは1度もない。

「もしカルロス院長に知られれば、彼らは酷い罰を受けることになる。どうする、ミゲル?君が気が進まないなら私が彼らに伝えておく」
「いえ、行きます。フルイロバのところに・・・」
「ミゲル、その言い方は間違っている。年取ったロバのいる家畜小屋が正しい」

ニコラス先生は声を出して笑った。先生の笑い顔を見たのはこの時が初めてだった。

「それならば今から出かけよう。他の者に聞かれたら家畜の体について調べる実習だと答えておく。それでよいな」
「はい!」

私は元気よく答えていた。



ニコラス先生と私は動きやすい作業着に着替えて外に出た。農場ではたくさんの人が働いていたが、見回りがないと知っていたためか、みんなおしゃべりしながらのんびりと働いていた。そして家畜小屋に近付くと姿が見えなくても子供たちの話し声が聞こえた。

「あれがミゲルか?」
「いつもと服が違っている」
「間違いない、そばにいるのはニコラス先生だ」
「待て、落ち着け。まずは俺とフェリペで偵察に行く。万が一ミゲルに話しかけたことがバレても鞭で打たれるのは俺たち2人だけでいい。お前たちは合図するまで隠れていろ」
「わかった」

家畜小屋の後ろから2人の子が出て来た。2人ともかなり大きく、7歳の私よりかなり年上らしい。

「俺の名前はアルバロ、14歳。孤児院では最年長だ。よろしく」

アルバロと名乗った少年はニコラス先生より背が高くがっしりとした体つきで、顔も腕もよく日に焼けていた。

「俺は物心つく前に修道院に預けられた。農家での引き取り手がないまま大きくなってしまい、今はこのフェリペと一緒に傭兵になる訓練を受けている」
「ヨウヘイって何?」
「金で雇われた兵士のことだ。俺は体も大きいから農家で働くより傭兵になった方がいいだろうと言われ、退役した元傭兵の人から剣術を習っている」

差し出されたアルバロの大きな手を恐る恐る握ってみた。錆びた鉄の臭いがする。

「僕の名前はフェリペ。12歳。手紙を書いたのは僕だよ」
「ダイスキトイウツヨイシンネン・・・」
「カルロス院長と一緒に見回りをしている君をいつも見ていた。僕たちとは全然違う君の生活を知りたくて話してみたくなった・・・」

フェリペと名乗った少年はアルバロに比べれば小柄でほっそりしていた。

「フェリペって・・・あの・・・懺悔室で・・・」
「そう、2年前君の前で鞭打たれて泣いていたのは僕だよ。あの時の痛さは今でも忘れられない。それでも僕は君がどんな生活をしているか知りたかった。どんな罰を受けてもいい、君と直接会ってどんな勉強をしているか聞きたかった。ここに来てくれて本当にうれしい。絶対に君に迷惑はかけない。全部僕のせいにしていい」

フェリペは私の手を握り、跪いて泣き出した。私はどうしたらいいかわからずに茫然と立っていた。

「フェリペは7歳の時にここに連れて来られた・・・」

ニコラス先生が代わりに話し始めた。

「彼の父親は裕福な商人だった。跡継ぎとして大切に育てられていたが、5歳の時に母親が亡くなった。父親はすぐに再婚し、弟が産まれてからは彼は邪魔者扱いされ、捨てられるように修道院に連れてこられた」
「・・・」

フェリペは跪いたまま顔を上げ、まっすぐに私の目を見た。

「僕はここに来た頃は修道院の生活になじめず、泣いてばかりいた。少し大きくなり、アルバロと一緒に剣術を習うようになった。でも僕は力が弱く剣術で負けてばかりいた。僕が大人になり、傭兵となって戦場に行ってもきっとすぐに負けてしまうだろう。その場で殺されるならまだいい。もし捕虜となり拷問されたら、きっと僕は耐え切れずになんでもしゃべってしまうに違いない。僕は自分の未来が怖くてたまらなかった」
「・・・」
「そんな時僕はカルロス院長と歩いている君を見た。もし僕の母が死ななければ僕は家庭教師に囲まれてたくさん勉強をし、父と一緒にいろいろな国に行ったに違いない。堂々と歩く君の姿が僕の叶えられない夢と重なった。君がどんな生活をして、どんな勉強をしているのかどうか教えて欲しい」

私はなんと答えていいかわからずにニコラス先生の方を見た。ニコラス先生は大きくうなずいた。

「僕は1歳になる前に多額の寄付金と一緒に修道院に預けられた・・・」

私はフェリペの前で自分のことを話し始めた。
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