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第1章 修道院での子供時代

2、フアンの産まれた日

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5歳の頃の思い出で忘れられないことが2つある。1つはフアンが産まれた日のこと、もう1つは修道院から離れて初めて大きな街に行き、ドン・ペドロ大司教と会った日のことである。

私の住む修道院には孤児院、乳児院も同じ敷地内にあったので、幼い子供を見かけることはたまにあった。でも産まれたばかりの赤ん坊を見るのはその時が初めてであった。

その日、私はカルロス先生に連れられて病院の中に入った。医者のニコラス先生が深刻な顔でカルロス先生に話しかけた。

「申し訳ございません。3日前から陣痛が始まったのですが、まだ産まれていません」
「母親の状態はどうだ?」
「陣痛が始まってからは個室に移し産婆と修道女がつきっきりで面倒を見ています。ですが水以外何もとれなくて衰弱が激しいです」

その時1人の修道女が走って来た。

「ニコラス先生、産まれそうです。すぐ来てください」
「わかった。準備をしていてくれ」

ニコラス先生はすぐに走って行った。私は状況がよくわからずにポカンとして立っていた。

「まだしばらくかかるかもしれない。ミゲル、椅子に腰かけていなさい」

カルロス先生は病院の入り口近くにある木の長いすに腰かけ、私もその隣によじ登って座った。5歳にしては小柄な私は足が届かずにいた。

「母親は私の古くからの知り合いだ。彼女は身ごもっていたが夫が死に、身寄りがないため女子修道院で働いてもらっていた。かなり体調が悪く早産の危険があるためしばらく前からこの病院に入院させた」
「はい、わかりました」

5歳の私には身ごもる、身寄りがない、早産の危険など知らない言葉ばかりであったが、とりあえず知っているふりをした。長い間カルロス先生は何も話さない。私もじっと黙っていた。

突然遠くの部屋から叫び声が聞こえた。女の人の励ます声も聞こえる。叫び声は絶叫に変わり、そして静かになった。何も聞こえない。カルロス先生は手を組んで低い声で祈り続けている。私も真似をして手を組み祈りの言葉を唱えた。遠くからか細い泣き声が聞こえた。

ニコラス先生が布にくるまれた何かを大事そうに抱えて戻ってきた。産まれたばかりの赤ん坊であった。

「申し訳ございません。ひどい難産で母親は出血が止まらずたった今息を引き取りました。赤ん坊の方も泣き声をあげず、無理に引っ張り出したため足が少し曲がってしまいました。ようやく泣き声をあげましたが、助かるかどうかはわかりません」
「ニコラス医師よ、ご苦労であった。そなたも大変であった。赤ん坊のことは他の者に任せて少し休むがいい。この病院で正式に医者の資格を持っているのはそなただけだ。他にも患者はたくさんいる。そなたが倒れては大変なことになる」

カルロス先生はニコラス先生から赤ん坊を受け取って抱き上げた。

「この子はフアンと名付ける。フアンよ、お前は産まれると同時に母を失い天涯孤独の身となった。神よ、どうかこの子を憐み、恩恵を与えてください」

赤ん坊はすぐに修道女の手に渡され、私たちはいつも暮らしている修道士の宿舎に戻った。カルロス先生は何も言わず、その目には涙が浮かんでいた。
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