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18 お誘い①
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***
ロデリック殿下が王宮に出掛けられた翌々日の午後、ウィズダム城にアンナがやってきてくれた。
この日の授業は早めに切り上げてもらい、私たちは二階のテラスでゆっくりお茶をする。
庭園の薔薇が一望できる、私のお気に入りの場所のひとつだ。
「マージェリー様、このまえお会いした時よりずっとお顔色が良くなられましたね!
こちらのお城には慣れましたか?」
「ええ。毎日とても楽しいわ。
ねぇ、私、アンナのお仕事についてのお話がすごく聞きたいの。いろいろ聞いても良いかしら?」
「どうぞどうぞ!
政治にかかわる仕事なので、内容によってはお話しできないこともありますけど」
「じゃあ、ええとねぇ、まずは……」
紅茶とお菓子をいただきながら、アンナのお仕事の話を聞くのはとても興味深かった。
彼女の父親は元々、国内屈指の豪商の家出身の官僚で、功績を認められて男爵になった人だ。
貴族ではあっても元々社交界とは距離があった。そのため醜聞が直接立場に影響を与えることもなかったし、また、何か多少のことはあっても動じないほどお金持ちでもあった。
もしこれが普通の貴族の家だったら、アンナも、私が想像していたように修道院に送られたり、領地の邸にずっと閉じ込められたりしていたのだろう。
「はっきり申し上げて、恵まれておりました。ありがたいことに」とアンナは言った。
それでも、彼女がいまの地位にあるのはたくさん努力した結果だし、国を動かすお手伝いをするのは、責任が重いと同時にとてもやりがいがありそうだ。
一方、アンナは私の近況を聞いてきた。
基本的には私から語ることは楽しいことばかりだ。だから途中までアンナは「良かったですねぇ」とにこにこしていたのだけど、殿下が夫候補を紹介してくださるとおっしゃったけどお断りした、という話をすると、ん?という顔をした。
「その夫候補ってどういう方々なのか聞きました?」
「ええと……具体的に候補を決めていたわけじゃないと思うの。夫候補を紹介する、とだけおっしゃったので」
「で、お断りになったと」
「ええ。私は醜聞もちだし、結婚したら相手の方に迷惑よ。それに八歳から十年間教育を受けてきていないもの。
貴族の夫人には社交や家絡みでたくさん仕事があるし、文官や騎士の妻だって夫をサポートする仕事があるでしょう? きっと力不足だわ。
それより、この十年の分取り戻せるように勉強して、自分で稼いで生きていけるようになろうと思っているのよ。
アンナみたいに自分一人の力で生きていける女性になりたくて」
「まぁ……自力で稼いで生きていける方が安心ではあると思いますが」
真顔になったアンナは、急に私の両肩を掴んだ。
「マージェリー様、僭越ながら一つ申し上げたいことがございます」
「え、なに?」
「それでも、結婚を選択肢から外さない方が良いと思います」
「???」
「完全にご自身のお気持ちだけで結婚したくないとお思いなら別です。私のように男なんてめんどくさいという女もいますから。
ただ、いまのご自身の価値を低く見積もって結婚に尻込みなさっているなら、その必要は全然ないと思います」
「……え、ええ……」
「マージェリー様は賢明で、努力もできる方でいらっしゃる。それにまだまだお若いです。お優しいしお顔も可愛いです。一緒に人生を歩みたいと思う男性はたくさんいると思いますよ」
どう返事をして良いかわからず目を泳がせると、うしろで、なぜかリサがすごい勢いでうなずいていた。
「あと……実はですね、貴族令嬢は、令息に比べればそれほど教育に力を入れられてないことが多いんです」
「……そうなの?」
「ドレスや持参金にお金がかかるから、というのもありますけど、女に学をつけると婚家で素直に従わなくなるから……みたいな考え方のせいでもありますね。
だから正直、マージェリー様がそこまでお気になさる必要はないと思います」
なるほど……。
同年代や年上の貴族令嬢たちがどんな風な人生を歩んでいるのか、私は全然知らなかった。
私はまだまだ世間知らずなのだわ。
「ああ、もちろん、結婚すべきとか言っているわけではありません。
ただ選択肢には入れておいて良いと思うのです。
ロデリック殿下なら変な殿方は紹介しないでしょうし、一度お会いしてみても良いんじゃないですか?」
「……でも、私には醜聞が」
そこで、リサが私の前に紅茶のおかわりをコトンと置いた。
「私も、結婚は是非なさって良いと思いますけどね。
でも、すでにとても素敵な男性が同じ城にお住まいですからねぇ」
「ちょっ……リサっ」
そのリサの言葉にアンナが「あ! なるほどなるほど、そういう……」と何かに納得して、それからなぜか二人は目で会話をし始める。
「失礼しました、マージェリー様。そういうことなら余計なことを申し上げてしまったようです。お許しください」
「そういうことならって何!?」
リサとアンナが何か良くない方向で合意してしまった。
「あっ、あのね、待って?
殿下の求婚は、ちょっと思い違いをなさっていたからだし、それはもうちゃんとお断りをしているの。だから殿下は……」
「私がどうかしたのか?」
「!!!???」
いきなり、そこにいるはずがない人の声。
口から心臓が飛び出るかと思った。
胸をおさえ、呼吸を整えながら、私は後ろをふりかえる。
幻ではなく、ロデリック殿下がそこに立っていらした……。
「で、殿下。おかえりなさいませ。お戻りは夜だったのでは……」
「予定を切り上げてきた。アンナ嬢やリサと話が盛り上がっていたようで何よりだ。ところでマージェリー嬢」
「は、はい」
「二日休みを取ってきた。明日は出掛けよう」
「は、はい!?」
耳を疑った。あの、お忙しい殿下が!?
「二日あれば湖畔の別荘にも行っても良いし、ピクニックという手もあるな。王都でいろいろ遊んでも良い。君の希望を聞きたい」
「希望……と……いわれましても……」
殿下とお出かけ……!?
同じお城に住まわせていただいてるけれど、一緒にお出かけはまた別次元だ。
別次元過ぎて頭がぐるぐるする。
(こ、これってデート!? デートということになるのかしら……いえそんなわけない。求婚は私からお断りしているのだし)
「すぐには浮かばないか。夜までに考えておいてくれ」
「そ……そうです、ね……?」
(そうだわ……きっと、私の気晴らしのために考えてくださったのだわ……。お忙しいのに、本当にお人が良いのだから……)
心臓がバクバク騒いで、考えはまとまりそうになく。
アンナとリサの方を盗み見ると、二人は小さく拳を握って『がんばってください』と口パクしてくるのだった。
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ロデリック殿下が王宮に出掛けられた翌々日の午後、ウィズダム城にアンナがやってきてくれた。
この日の授業は早めに切り上げてもらい、私たちは二階のテラスでゆっくりお茶をする。
庭園の薔薇が一望できる、私のお気に入りの場所のひとつだ。
「マージェリー様、このまえお会いした時よりずっとお顔色が良くなられましたね!
こちらのお城には慣れましたか?」
「ええ。毎日とても楽しいわ。
ねぇ、私、アンナのお仕事についてのお話がすごく聞きたいの。いろいろ聞いても良いかしら?」
「どうぞどうぞ!
政治にかかわる仕事なので、内容によってはお話しできないこともありますけど」
「じゃあ、ええとねぇ、まずは……」
紅茶とお菓子をいただきながら、アンナのお仕事の話を聞くのはとても興味深かった。
彼女の父親は元々、国内屈指の豪商の家出身の官僚で、功績を認められて男爵になった人だ。
貴族ではあっても元々社交界とは距離があった。そのため醜聞が直接立場に影響を与えることもなかったし、また、何か多少のことはあっても動じないほどお金持ちでもあった。
もしこれが普通の貴族の家だったら、アンナも、私が想像していたように修道院に送られたり、領地の邸にずっと閉じ込められたりしていたのだろう。
「はっきり申し上げて、恵まれておりました。ありがたいことに」とアンナは言った。
それでも、彼女がいまの地位にあるのはたくさん努力した結果だし、国を動かすお手伝いをするのは、責任が重いと同時にとてもやりがいがありそうだ。
一方、アンナは私の近況を聞いてきた。
基本的には私から語ることは楽しいことばかりだ。だから途中までアンナは「良かったですねぇ」とにこにこしていたのだけど、殿下が夫候補を紹介してくださるとおっしゃったけどお断りした、という話をすると、ん?という顔をした。
「その夫候補ってどういう方々なのか聞きました?」
「ええと……具体的に候補を決めていたわけじゃないと思うの。夫候補を紹介する、とだけおっしゃったので」
「で、お断りになったと」
「ええ。私は醜聞もちだし、結婚したら相手の方に迷惑よ。それに八歳から十年間教育を受けてきていないもの。
貴族の夫人には社交や家絡みでたくさん仕事があるし、文官や騎士の妻だって夫をサポートする仕事があるでしょう? きっと力不足だわ。
それより、この十年の分取り戻せるように勉強して、自分で稼いで生きていけるようになろうと思っているのよ。
アンナみたいに自分一人の力で生きていける女性になりたくて」
「まぁ……自力で稼いで生きていける方が安心ではあると思いますが」
真顔になったアンナは、急に私の両肩を掴んだ。
「マージェリー様、僭越ながら一つ申し上げたいことがございます」
「え、なに?」
「それでも、結婚を選択肢から外さない方が良いと思います」
「???」
「完全にご自身のお気持ちだけで結婚したくないとお思いなら別です。私のように男なんてめんどくさいという女もいますから。
ただ、いまのご自身の価値を低く見積もって結婚に尻込みなさっているなら、その必要は全然ないと思います」
「……え、ええ……」
「マージェリー様は賢明で、努力もできる方でいらっしゃる。それにまだまだお若いです。お優しいしお顔も可愛いです。一緒に人生を歩みたいと思う男性はたくさんいると思いますよ」
どう返事をして良いかわからず目を泳がせると、うしろで、なぜかリサがすごい勢いでうなずいていた。
「あと……実はですね、貴族令嬢は、令息に比べればそれほど教育に力を入れられてないことが多いんです」
「……そうなの?」
「ドレスや持参金にお金がかかるから、というのもありますけど、女に学をつけると婚家で素直に従わなくなるから……みたいな考え方のせいでもありますね。
だから正直、マージェリー様がそこまでお気になさる必要はないと思います」
なるほど……。
同年代や年上の貴族令嬢たちがどんな風な人生を歩んでいるのか、私は全然知らなかった。
私はまだまだ世間知らずなのだわ。
「ああ、もちろん、結婚すべきとか言っているわけではありません。
ただ選択肢には入れておいて良いと思うのです。
ロデリック殿下なら変な殿方は紹介しないでしょうし、一度お会いしてみても良いんじゃないですか?」
「……でも、私には醜聞が」
そこで、リサが私の前に紅茶のおかわりをコトンと置いた。
「私も、結婚は是非なさって良いと思いますけどね。
でも、すでにとても素敵な男性が同じ城にお住まいですからねぇ」
「ちょっ……リサっ」
そのリサの言葉にアンナが「あ! なるほどなるほど、そういう……」と何かに納得して、それからなぜか二人は目で会話をし始める。
「失礼しました、マージェリー様。そういうことなら余計なことを申し上げてしまったようです。お許しください」
「そういうことならって何!?」
リサとアンナが何か良くない方向で合意してしまった。
「あっ、あのね、待って?
殿下の求婚は、ちょっと思い違いをなさっていたからだし、それはもうちゃんとお断りをしているの。だから殿下は……」
「私がどうかしたのか?」
「!!!???」
いきなり、そこにいるはずがない人の声。
口から心臓が飛び出るかと思った。
胸をおさえ、呼吸を整えながら、私は後ろをふりかえる。
幻ではなく、ロデリック殿下がそこに立っていらした……。
「で、殿下。おかえりなさいませ。お戻りは夜だったのでは……」
「予定を切り上げてきた。アンナ嬢やリサと話が盛り上がっていたようで何よりだ。ところでマージェリー嬢」
「は、はい」
「二日休みを取ってきた。明日は出掛けよう」
「は、はい!?」
耳を疑った。あの、お忙しい殿下が!?
「二日あれば湖畔の別荘にも行っても良いし、ピクニックという手もあるな。王都でいろいろ遊んでも良い。君の希望を聞きたい」
「希望……と……いわれましても……」
殿下とお出かけ……!?
同じお城に住まわせていただいてるけれど、一緒にお出かけはまた別次元だ。
別次元過ぎて頭がぐるぐるする。
(こ、これってデート!? デートということになるのかしら……いえそんなわけない。求婚は私からお断りしているのだし)
「すぐには浮かばないか。夜までに考えておいてくれ」
「そ……そうです、ね……?」
(そうだわ……きっと、私の気晴らしのために考えてくださったのだわ……。お忙しいのに、本当にお人が良いのだから……)
心臓がバクバク騒いで、考えはまとまりそうになく。
アンナとリサの方を盗み見ると、二人は小さく拳を握って『がんばってください』と口パクしてくるのだった。
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