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16 ロデリックとヴァンダービル家②
しおりを挟む「……………………」
「……………………」
強く断じる言葉を投げ掛けられ、伯爵夫妻は目を泳がせた。
ロデリックは深く嘆息する。
「お二人は、かつてマージェリー嬢のことを自慢の娘として社交界でも吹聴していたとか。
将来設計が狂ったゆえの怒りか、それとも親が勝手にかけていた高すぎる期待を裏切ったことへの怒りですか」
「に、憎かった、わけでは……ただ、マージェリーのせいでジェームズとエヴァンジェリンの将来が脅かされるのが恐かっただけなのですっ。わたくしは、あくまでも母親として……」
「……で、殿下! わ、私は、妻がそこまでマージェリーを手酷く扱っているとは知りませんでした!
私は父親として手を上げたことも暴言を吐いたこともございませんし、もし私が娘の状況を知っていれば、もっと待遇を良くしたはずです!」
「なっ、何を仰るのです!? 後始末をすべてをわたくしに押し付けたのはあなたでしょう!?」
「何を言うか! 教会と話を付けたのも、見返りに求められた多額の寄付金を捻出したのも私ではないか!? マージェリーのことはまかせていたのだから、そちらでうまくやってくれているものと思っていたのだ!」
「あの娘の顔もみたくない、口もききたくないとおっしゃいましたよね!?」
「し、知らぬっ! おまえの記憶違いではないのか!?」
「まだそんなことを……!?」
噛みつかんばかりの言い争いを始めた目の前の二人は、社交界では仲睦まじいと評判の夫婦だった。
取り繕うことも忘れ、互いに暴言をぶつけあう伯爵夫妻をしばらく呆れて眺めていたロデリックだったが、彼とて暇な身ではない。
パン、パン。
いい加減にしろ、という意味で手を叩いて鳴らすと、フッと二人は口を閉じた。
「そちらの元使用人より、誘拐事件の当日、伯爵がマージェリー嬢に暴力を振るったと証言を得ているが」
「あっ、それ、は……き、記憶にございませんでしたっ」
「伯爵夫人。母親としての思いだとさっきから言い訳なさっているが、ジェームズやエヴァンジェリン嬢だけでなく、マージェリー嬢の母親でもあるということを忘れておられるのか?」
「わっ、わたくし、はっ……。
いえ、きっと、同じ状況に陥れば、他の貴族も同じようにいたしますわっ……。
わたくしたちが、たまたま不幸に襲われただけなのですっ」
「あなたがたは、どうしてどこまでも自分たちだけが被害者だと思っているのだ。
貴族が持つべき高貴なる精神の欠片もない恥ずべきやり方でマージェリー嬢を犠牲にして、その上で十年間貴族の特権的生活を謳歌していたくせに」
「…………」
「それに」
マージェリーのことを思うと、ロデリックはヴァンダービル家に腹が立ってしかたがない。
「どうして、さらわれた子どもが生きて還ってきたことを微塵も喜ばずにいられた。
どうして、子どもがどれだけ傷ついたか、かけらも心配もせずにいられたんだ」
貴族として、家長としての立場はもちろんあるだろう。
それに、何か事件が起こったあと、当事者家族に周囲の人間から向けられる好奇の目が、想像を絶するほどつらいものであることは、ロデリックとてわかっている。
たとえもし伯爵夫妻が事件のあと親としてマージェリーを守ろうとしていたとしても、苦闘の末に、結局諦めてしまったかもしれない。
だが、実際に伯爵たちが親としてしたことは、遥かにそれ以前だ。
命を奪われてもおかしくない恐ろしい目に遭わされて帰ってきた子を、優しく抱き締めることはできたはずなのに。
どんな言葉をかけて良いかわからなくても、親としての愛を伝えることはできたはずなのに。
「今日はこれまで。
使用人たちや関係者にも順次聴取を進めている。証言や諸々の物証がそろい次第、またお二人にはお話を伺います」
「で、殿下っ、あの、今週はジェームズとエヴァンジェリンをつれて出席する夜会がございますのっ」
「いまそれが許される立場だとでも?」
ヒッ、と喉の奥で声を上げて、伯爵夫人はうつむく。
「も、申し訳ございませんっ……」と謝罪する声は、小さかった。
「お二方、退出していただこう」
そういうと、伯爵夫妻は何か反論したげにしながら、部屋を出ていった。
────娘が『傷物』になった責任の一端は、殿下にもおありではないのか。
そう、訴えたかったのだろう。
(……それが何を意味するのか、わかっているのか?)
『名誉は傷ついても、身は守っていただきました』
『やはり私にとって、殿下は恩人です』
犯人のことを思い出すのも苦しい様子で、マージェリーは懸命に話してくれた。
ロデリックの心を少しでも楽にしようと思ってのことに違いない。
おかげで、十年前の自分の判断は間違いではなかったのだと思えた。
いや、もちろん緊急時の権限を濫用したことは王族としては責められるべきものだろう。
だが、もしあの判断をしなければあの悪魔に八歳の少女の心身が蹂躙されたというのなら……そのもしもを想像したらゾッとする。
そうならなくて良かったと、思う。
ただ、それでもロデリックにはまだ悔やむ気持ちがある。
もっと早く気づいてやれれば良かったのに。
それにあの日、もし自分が早々に離脱することなく、邸までマージェリーたちを送る役目を担っていたら……もしかして、何かの形で守ってやることができたのではないだろうか。
マージェリーのこの十年は決して還ってこない。だから、つい考えてしまうのだ。
また、それだけではない。
(私のことを人が良すぎるなどと言ったが、人が良すぎるのは君だろう?)
マージェリー本人を見ていると……何か彼女のためにしてやりたいという気持ちになる。
苦しそうにしながらもロデリックのために過去の話をしたときもそうだし、
(自分をもっと大切にしてください、など、初めて言われたな)
求婚を断る言葉だったが、後から、その言葉の温かさがじわじわと体に染みている。
いや、本心はもしかしたら姉の言うように単に自分と結婚したくなかっただけかもしれないが……。
時間がかかっても、彼女のことを幸せにしてやりたい。何としても。
────ロデリックは立ち上がる。
別件で女王と話さねばならないことがあった。
護衛らを連れて執務室を出、王宮の長い廊下を歩く。
国王の執務室は、少し離れていた。
打ち合わせのついでにヴァンダービル伯爵夫妻の聴取についても軽く姉に報告しようか、などと考えていたのだが、その進路を塞ぐようにヒョコリと現れた人物にロデリックは眉をひそめた。
「お久しぶりですわ、王弟殿下」
美しい顔をほころばせたのは、マージェリーの二つ下の妹、エヴァンジェリンだった。
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