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11 どうして結婚という話になるのですか!? ④

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「……そういうことだったのですね。
 アンナ、本当にありがとう。
 私、またあなたに助けられたのね」

「いえ!
 元はと言えば、原因は私がお嬢様をお守りできなかったことなのです」

「違うわ。
 いえ、それはもういいの」


 私は首を横に振り、アンナに微笑んでみせる。


「私こそ、自分の不注意であなたの人生を狂わせてしまったと思っていたの。
 でも、この十年の間にあなたはたくさん勉強して、女王陛下のお役に立つほどすごい人になっている。
 そんなあなたに会えたこと、それから私のことを忘れずにいてくれて、今回助けてくれたこと。どれも嬉しくて、感謝しているわ」

「…………お、お嬢様…………」


 アンナは急にしゃくりあげ、泣き始める。


「ア、アンナ?」

「……わっ……わたじもっ……おあいできて……おじょうさま、いぎでで、ほんどにっ……わぁぁぁっ」

「大丈夫、大丈夫だからっ」


 もう大人の女性なのに、彼女は子どもみたいに泣きじゃくる。
 何だかあの日のアンナに戻ったみたいだと思った。私を抱き締めて泣いた彼女のままだわ。
 涙が止まらなくなったアンナは「……ずみまぜん、失礼いたしますっ」と退出していく。

 つられて熱くなってしまった目頭をしばらく押さえてから、私は顔を上げた。


「それで、王弟殿下は私を見つけ……助けてくださったのですね」

「ああ。そして、どう贖罪したものか悩み、考えたのが先ほどの求婚だったのだが」


 話が戻ってきてしまった。
 と思ったら、ヴェロニカ女王陛下が「そうね」と口を挟んでいらした。


「マージェリー。もうひとつ、弟の無作法な求婚も詫びましょう。
 あなたにだって夫を選ぶ権利はあるわよね」

「い!? いえいえいえ!? そんなっ畏れ多いっ」

「確かに、私の弟だから見た目は飛びきり良いし、独身の令嬢がこぞって群がるほどの人気よ。
 だけど、好みでないならば仕方がないものね」

「そそそそそんなことは一切まったく一言も申しておりませんが!?」


 女王陛下、そのキリリとしたお美しすぎる真顔でなんということを仰るのです。
 そしてロデリック殿下、「……なるほど、そうか……私は好みではなかったのだな」とちょっとショックを受けたようなお顔で呟かないでください。
 私ごときにもったいないのは貴方様の方ですが?

 そもそも王族の方のご結婚なら、好みとかどうとか以前に、気にしなければならないことが山ほどあるような……。


「でもね、マージェリー。さきほども言ったように、私たちはこの十年間、あなたが八歳で亡くなったと思っていたのよ」

「は……はい」

「特にロッドは、あなたが死んだという報告に責任を感じてね。憔悴しょうすいした様子は姉として見ていてかわいそうだったわ」

「…………!」

 ロデリック殿下が「あ、姉上!? それはおっしゃらない約束ですが!?」と焦った声をあげたけれど、女王陛下はかまわずお続けになる。

「あなたを死なせたことを悔やんでいた弟が、実はあなたが生きていて、十年間家族に虐げられ続けていたことを知った時、どんな気持ちになったと思う?
 償いのために結婚を考えるほど思い詰めたことだけはわかってあげて」

「そんな……殿下が悪いことなど一つもありません」

「とにかくしばらくはこの城で心身を休めながら、これから先の身の振り方を考えると良いわ。
 そして遠慮せずにロッドに何でも望みなさい。
 その方が彼の精神衛生にとっても良いのだから」

「……はい…………でも…………」


(ロデリック殿下にとって私は……単なる見ず知らずの子どもだったはずなのに。ただ善意で探して、助けてくださったのに。私が死んだと聞いて苦しんだなんて、本当に……)


「…………殿下は、お人が良すぎます!」


 そんな方の苦悩を、やっぱり少しでも楽にして差し上げたい。
 悩んだけれど、私は深呼吸して、口を開いた。
 泣いてしまいそうだから口にするのは避けようと思っていた『あのこと』を言うために。


「わたくし、女王陛下と王弟殿下に申し上げたいことがございます」

「何かしら」

「あの……助けていただいた時……」


 身体が震える。
 心臓がバクバクと暴れる。
 あの誘拐犯のことを自ら口にするのは、未だにキツい。
 でも、お伝えしたい。
 これで殿下のお気持ちが少しでも楽になるなら。


「あの誘拐犯は……私の身体に……触れようとするところでした。
 その……た、助けていただくのが、少しでも遅ければ、私の身は……あの、男に……」


 あの時は、誘拐犯がしようとしたことの意味がわからなかったし、周りの大人たちも私に気を遣ってか濁していた。
 子どもにそういうことをするおぞましい大人がこの世に存在すると、そしてあの誘拐犯がその一人だと知ったのは、ずっと後だった。
 助けが少しでも遅ければ私は、あの男にもっと大きな心の傷を与えられていたのだ。

 震える唇を噛んでおさえ、にじんでしまった涙をそっとぬぐう。
 大丈夫、私は大丈夫。もう大人なのだから。
 自分にそう言い聞かせる。


「……だ、だから、王弟殿下のご判断で、そういう意味でも私は救われたのです。
 名誉は傷ついても、身は守っていただきました。
 やはり私にとって、殿下は恩人です」


 ────何かあっても、誰にも知られなければなかったのと同じことなのよ。言わせないでちょうだい。

 お母様は、私が純潔だと周囲に思われるか否かが大事で、実際には身体に何をされていようが大したことはないとお考えだったようだ。

 だけど、そんなことは絶対にない。
 私の身体が、あの誘拐犯から蹂躙じゅうりんを受けたかも知れないと思うとゾッとする。

 殿下が顔を歪めて「……クソッ」と吐き捨てた。
 痛ましそうな、それでいて誘拐犯に対する怒りも押さえきれないような表情。


「本当に……なんという悪魔だったんだ、あの男は。
 話してくれてありがとう、マージェリー。
 思い出すのも恐かっただろう」

「だ、大丈夫です」


 殿下は本当にお優しい方だ。


「それで、あの……。
 ロデリック殿下は私を幸せにしたいとおっしゃいましたが、僭越せんえつながら私としても、殿下のようなお優しい方には幸せになっていただきたいと思うのです。
 今の私にはゆくところもなく、何もできませんので、しばらくはお言葉に甘えてお世話になろうと思います。ですが……」


 私は、はっきりとした口調で続けた。


贖罪しょくざいのための求婚はお断り申し上げます」


     ***
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