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8 どうして結婚という話になるのですか!? ①
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────殿下が出立されたあと、病院での私の療養生活が始まった。
「ヴァンダービル家には辞表を叩きつけてやりましたよ! ふふふ、スッとしました」
そう笑ったリサは、正式にロデリック殿下に雇われたそうで、私の身の回りの世話をしてくれることになった。
病院では毎日お医者様に診てもらい、食事をいただくこともできた。
卵の入ったパン粥。新鮮なミルクを使ったポリッジ。たくさんの野菜をピューレにしたポタージュ。深い味わいの白身魚のスープ……。
病人向けだとわかっていても、どれも涙が出るほど美味しくて、つい、おかわりしてしまった。
栄養たっぷりの食事を朝昼晩。
温かいお湯で毎日しっかり入浴。
負担をかけすぎない程度に身体を動かし、夜は清潔なベッドの上でたっぷり眠った。
数日後には、まるで生まれ変わったように身体が軽く、頭がスッキリしていた。
(……顔が、まったく違うわ)
肌艶がいい。手鏡に映る自分が別人のようだ。
吹き出物の痕もかなり薄くなった。
全体的に鶏ガラのように痩せて痩け落ちていたのに、今はほんのり丸みを取り戻しつつある。
(私、こんな顔をしていたのね)
そんな、変な感慨がわいてくる。
髪も毎日洗い、椿油を塗って手入れしていると、子どもの頃のようにつやつや真っ直ぐなキャラメルブロンドになった。
びっくりしたのは、知らない間に私のためにたくさんの旅荷物がそろえられていたことだ。
小柄な私の身体に合った、きちんとした外出用ドレスが何着も。
それから素敵な帽子に手袋や靴に靴下、レースのハンカチ、その他小物、下着類、日用品ほか、旅の間に必要なものがすべて……。
「メイド殿にご意見を伺いながらそろえたのですが、足りますでしょうか?
他に買い足すものはございますか?」
従者の皆さんに訊かれ、あわてて首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 十分すぎるぐらいです!」
(こんなにも用意していただいて、良かったのかしら。私、お金も払えないのに……)
申し訳なさ過ぎて、かなり戸惑っている。
一方で、それでもきちんとした身なりであちらに伺わなくては不敬だという気持ちもある。
10日が過ぎ、ようやくお医者様から旅の許可がおりた。
用意していただいた外出着に袖を通し、いざ馬車旅へ。向かう先は王都近郊。
馬車は明らかに最上級のもので、びっくりするほど乗り心地が良い。
そして移動中の宿も、すべて富裕層向けの、豪華な部屋で快適なところばかり。
ありがたいけれど十年間使用人以下の扱いだった私としては、その待遇に逆に不安になってしまう。
リサは「お嬢様は本来大切にされるべき方なんですよ」と繰り返したけど。
***
そうして馬車で移動すること、5日。
「到着いたしました、ヴァンダービル伯ご令嬢様。
こちらが殿下がお住まいでいらっしゃるウィズダム城でございます」
(広い……ものすごく、大きい……)
白亜の塀に囲まれた庭園は王宮と遜色ないほど広い。
勇壮さと華麗さの同居する建物は、造形のあまりの美しさに心を奪われる。
油断したら永遠に見惚れてしまいそうだ。
おとぎ話に出てくる夢の城を現実につくったら、こんな風になるだろうか?
(本当に私、こんなお城でお世話になっていいの?)
足がすくむ私を、品良く微笑む従者たちが「こちらです」と促す。
ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
深呼吸して、私は従者についていく。
貴婦人の外出には普通、侍女や付添人が同行する。
今は、これも従者がそろえてくれた付添人風ドレスを着たリサがついてきてくれている。
『本業は下働きなので粗相をしたらすみませんね』
……なんて馬車のなかではケラケラ笑っていた彼女もいまは緊張している。
建物の中に入った。
広い廊下。内装も、本当に素晴らしい。
(こんなにも美しい、そして重要な歴史的建造物……もし掃除する側に回ったら胃がキリキリ痛みそうだわ)
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、つい使用人らしいことを考えてしまった。
そうしているうちに案内の従者は、ある大きな扉の前で止まった。
恭しく扉を開ける。
中にいた人物がソファから立ち上がり、私は歩を進め、彼に向けて、カーテシーをした。
「この度は、助けていただき、それだけでなく何から何までお計らいいただき……まことにありがとうございました。王弟殿下」
「遠路よく来てくれた、マージェリー嬢。
どうか、そこにかけてくれ」
「はい、ありがとうございます」
殿下にすすめられるまま、私は座った。
リサは後ろで控えていてくれる。
(それにしても、本当に……何度見ても素敵すぎて惚れ惚れするわ)
輪郭のラインの完璧さといい、眼の形や位置といい、眉と眼の絶妙な距離感といい、ため息の出るような鼻筋といい……生身の人間のお顔がここまで完璧な形を結べるものなのか。もはや神々しさすら覚える。
目の保養どころか眼球が浄化されそう。
ただ、気になる。
ロデリック殿下はやっぱり今日も眉根を寄せ、深刻な表情を浮かべていらっしゃるのだ。
苦しげに息を吐き、殿下は頭を下げた……私に向けて。
「すまない」
「……は、はい!?」
「謝罪のしようもない。君を助けたつもりで、結局あんな目に合わせてしまった。私の過ちだ」
「え、あの、いえ……?」
「しかもヴァンダービル伯爵の嘘に十年も気づかず、こんなにも長く君を苦しめてしまった」
何を謝っていらっしゃるのかわからない。
だって、殿下は私を探して、助けてくださった方のお一人なのに。
「償い、君の名誉を回復するために何ができるか。思いつく限り検討したが、やはりこれしかないと思う」
いや私、殿下には感謝しかしていませんが?という言葉がとっさに出てこなかった。あまりに驚きすぎて。
きっと後ろでリサも私と同じ顔をしていると思う。
そんな私に、ロデリック殿下はさらに驚くような言葉をかけた。
「マージェリー嬢──────私と結婚しないか?」
「ヴァンダービル家には辞表を叩きつけてやりましたよ! ふふふ、スッとしました」
そう笑ったリサは、正式にロデリック殿下に雇われたそうで、私の身の回りの世話をしてくれることになった。
病院では毎日お医者様に診てもらい、食事をいただくこともできた。
卵の入ったパン粥。新鮮なミルクを使ったポリッジ。たくさんの野菜をピューレにしたポタージュ。深い味わいの白身魚のスープ……。
病人向けだとわかっていても、どれも涙が出るほど美味しくて、つい、おかわりしてしまった。
栄養たっぷりの食事を朝昼晩。
温かいお湯で毎日しっかり入浴。
負担をかけすぎない程度に身体を動かし、夜は清潔なベッドの上でたっぷり眠った。
数日後には、まるで生まれ変わったように身体が軽く、頭がスッキリしていた。
(……顔が、まったく違うわ)
肌艶がいい。手鏡に映る自分が別人のようだ。
吹き出物の痕もかなり薄くなった。
全体的に鶏ガラのように痩せて痩け落ちていたのに、今はほんのり丸みを取り戻しつつある。
(私、こんな顔をしていたのね)
そんな、変な感慨がわいてくる。
髪も毎日洗い、椿油を塗って手入れしていると、子どもの頃のようにつやつや真っ直ぐなキャラメルブロンドになった。
びっくりしたのは、知らない間に私のためにたくさんの旅荷物がそろえられていたことだ。
小柄な私の身体に合った、きちんとした外出用ドレスが何着も。
それから素敵な帽子に手袋や靴に靴下、レースのハンカチ、その他小物、下着類、日用品ほか、旅の間に必要なものがすべて……。
「メイド殿にご意見を伺いながらそろえたのですが、足りますでしょうか?
他に買い足すものはございますか?」
従者の皆さんに訊かれ、あわてて首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 十分すぎるぐらいです!」
(こんなにも用意していただいて、良かったのかしら。私、お金も払えないのに……)
申し訳なさ過ぎて、かなり戸惑っている。
一方で、それでもきちんとした身なりであちらに伺わなくては不敬だという気持ちもある。
10日が過ぎ、ようやくお医者様から旅の許可がおりた。
用意していただいた外出着に袖を通し、いざ馬車旅へ。向かう先は王都近郊。
馬車は明らかに最上級のもので、びっくりするほど乗り心地が良い。
そして移動中の宿も、すべて富裕層向けの、豪華な部屋で快適なところばかり。
ありがたいけれど十年間使用人以下の扱いだった私としては、その待遇に逆に不安になってしまう。
リサは「お嬢様は本来大切にされるべき方なんですよ」と繰り返したけど。
***
そうして馬車で移動すること、5日。
「到着いたしました、ヴァンダービル伯ご令嬢様。
こちらが殿下がお住まいでいらっしゃるウィズダム城でございます」
(広い……ものすごく、大きい……)
白亜の塀に囲まれた庭園は王宮と遜色ないほど広い。
勇壮さと華麗さの同居する建物は、造形のあまりの美しさに心を奪われる。
油断したら永遠に見惚れてしまいそうだ。
おとぎ話に出てくる夢の城を現実につくったら、こんな風になるだろうか?
(本当に私、こんなお城でお世話になっていいの?)
足がすくむ私を、品良く微笑む従者たちが「こちらです」と促す。
ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
深呼吸して、私は従者についていく。
貴婦人の外出には普通、侍女や付添人が同行する。
今は、これも従者がそろえてくれた付添人風ドレスを着たリサがついてきてくれている。
『本業は下働きなので粗相をしたらすみませんね』
……なんて馬車のなかではケラケラ笑っていた彼女もいまは緊張している。
建物の中に入った。
広い廊下。内装も、本当に素晴らしい。
(こんなにも美しい、そして重要な歴史的建造物……もし掃除する側に回ったら胃がキリキリ痛みそうだわ)
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、つい使用人らしいことを考えてしまった。
そうしているうちに案内の従者は、ある大きな扉の前で止まった。
恭しく扉を開ける。
中にいた人物がソファから立ち上がり、私は歩を進め、彼に向けて、カーテシーをした。
「この度は、助けていただき、それだけでなく何から何までお計らいいただき……まことにありがとうございました。王弟殿下」
「遠路よく来てくれた、マージェリー嬢。
どうか、そこにかけてくれ」
「はい、ありがとうございます」
殿下にすすめられるまま、私は座った。
リサは後ろで控えていてくれる。
(それにしても、本当に……何度見ても素敵すぎて惚れ惚れするわ)
輪郭のラインの完璧さといい、眼の形や位置といい、眉と眼の絶妙な距離感といい、ため息の出るような鼻筋といい……生身の人間のお顔がここまで完璧な形を結べるものなのか。もはや神々しさすら覚える。
目の保養どころか眼球が浄化されそう。
ただ、気になる。
ロデリック殿下はやっぱり今日も眉根を寄せ、深刻な表情を浮かべていらっしゃるのだ。
苦しげに息を吐き、殿下は頭を下げた……私に向けて。
「すまない」
「……は、はい!?」
「謝罪のしようもない。君を助けたつもりで、結局あんな目に合わせてしまった。私の過ちだ」
「え、あの、いえ……?」
「しかもヴァンダービル伯爵の嘘に十年も気づかず、こんなにも長く君を苦しめてしまった」
何を謝っていらっしゃるのかわからない。
だって、殿下は私を探して、助けてくださった方のお一人なのに。
「償い、君の名誉を回復するために何ができるか。思いつく限り検討したが、やはりこれしかないと思う」
いや私、殿下には感謝しかしていませんが?という言葉がとっさに出てこなかった。あまりに驚きすぎて。
きっと後ろでリサも私と同じ顔をしていると思う。
そんな私に、ロデリック殿下はさらに驚くような言葉をかけた。
「マージェリー嬢──────私と結婚しないか?」
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