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後日談3:【マクスウェル視点】2
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「そういえば、シンシアさんとはどういう出会いだったんですか?」
リリスが尋ねてくる。
「ああ。グルーフィールド伯爵領はうちの領地の隣だったんだが……ある嵐の夜に、うちの領主館までシンシアが馬で駆け込んできたんだ」
「馬で……ですか?」
「ああ。寝たきりになっていた大伯母の状態が悪化したが、その時領内に医師がいなくて、助けてくれと言ってきた。
あのときのことは忘れられないよ。ずぶ濡れの服はボロボロで、顔も日に焼けて苦労が刻み込まれていて十も二十も歳上に見えて、まさか伯爵令嬢だと思わなくて、とても忠誠心の厚い下女だと思った。
医師とともにあちらの邸へ送る馬車の中で、身分と歳を聞いて驚いた。
隣の領地だったのに、すぐ近くに、学園にも行かせてもらえずずっと身内の介護をさせられている令嬢がいるなんて、私は何年も気づかなくて……」
その時は一命を取り留めたシンシアの大伯母も、そこから長くはもたなかった。
「大伯母が亡くなった時、シンシアはこちらの領主館に挨拶に来た。
ひっそりと葬儀を終えて、王都に戻り、遥かに歳上の相手と結婚するように言われていると聞いてね。
本来なら家族全体で解決すべきことを、長年シンシア1人に押し付けて……しかも用済みになったら無理矢理結婚させようだなんて。
腹が立って、グルーフィールド伯爵家に乗り込んで……そこからまぁいろいろあってうちの侍女になった」
「マクス……いえ、お兄様が観劇に連れていったんですよね?」
「ああ、そうだな……」
ファゴット侯爵家に来たばかりの頃のシンシアは、精神のバランスを崩して見えた。
大伯母の死は自分が至らなかったのだと思い込み、自分の価値はただがむしゃらに働くことだけだと思い込み、休むのも何かを楽しむことにも、罪悪感を覚えているようだった。
私は何かシンシアに生きる楽しみを見つけて欲しいと思って、自分が好んでいた本をプレゼントしたり、オペラや観劇に連れていくなどした。
反応はいまいちで、どうしたらいいのかと悩んだ。
そんなときシンシアが、私が贈った本の言葉を辞書で調べながらうんうん呻いていたのを見て気がついた。
────学園にも通えず、シンシアは、貴族令嬢として十分な教育を受けられていなかった。
一方で、貴族向けの娯楽というのは高度な詩的修辞を用い、理解するのに詩や古典や歴史の知識・文脈を必要とするものも多い。
結果、私の好きな娯楽を見せてもシンシアには理解できず、とはいえ私が好意でしていることだとわかっているから『内容がわからない』とも言えず、人にも聞けず悩んでいたのだ。
────つまりは、完全に私の独りよがりな押し付けだったのだ。
自分の浅はかさに、深いショックを受けた。
だったら、もっとわかりやすくて、そんな知識がなくても楽しめるものを……。
何がいいんだろうと悩んだとき、頭にふと浮かんできたのが、妹マレーナに酷似した女優『リリス・ウィンザー』だった。
平民向けの芝居は、子どもが見てもわかりやすい言葉で作られながら、決して子ども騙しではなく、玉石混淆ながら面白いものが多々あった。
私も好きで何度か見ていたのだ。
それに『リリス・ウィンザー』は若いが圧倒的に芝居がうまい。マレーナに似ているというのも話の種になる。
私は今度こそという思いで、シンシアを、その演劇に連れていったのだ。
「…………あれは『ハルモニア一代記』のリバイバル公演だったな。
驚くほど喜んでいたよ。ハルモニアという人物も歴史のことも初めて知ったとは思えないほど」
『すごいです!! すごいですマクスウェル様!! この世にはこんなに素晴らしいものがあるんですね!!』
興奮して話すシンシア。彼女の笑顔を見たのはこのときが初めてだった。
『あの、あの方!! ハルモニアをやっていらっしゃった……』
『リリス・ウィンザーか?』
『そうです! とてもカッコよくて、すべての台詞、一挙手一投足に見とれてしまって……お話もとても面白くて最高で、魔法にかけられたように幸せでした』
こんな笑顔がこの世にあるのかと思った。心から嬉しいというのを絵に描いたらこうなるのかと思った。ただただ可愛くて目を奪われ、そのうち次第に涙が出そうになってきた。
その笑顔がまた見たくて、また何度でも連れてくるからと約束した。そして言葉通り何度でも連れていって………
────はや2年が経過している。
(…………確かに。横からかっさらわれる隙はものすごくあるように思えてきた)
何回一緒にでかけても、デートだと思われていない節があるし……。
ため息をついたその時、部屋に母が入ってきた。
「どうしたの、変な空気ね。……マレーナ、今日は夕食は食べていくのでしょう?」
「……まぁ、夕食ぐらいでしたら」
「支度を進めてもらうわね。久しぶりの家ですもの、ゆっくりなさい」
母は微笑んで出ていく。
マレーナのつんけんした態度は相変わらずだが、それでも寮暮らしを始めから、家族との関係性はやや和らいだように思う。
ずっと一緒に暮らすよりはたまに会うぐらいの頻度の方がいいのか、寮暮らしで親や使用人たちのありがたみを実感でもしたのか。
「────ただ、リリスの考えにはひとつ見落としがあると思いますわ」
マレーナがポツリと呟いた。
「見落とし? ですか?」
「貴族の男女の交際は、平民のようにはいかなくてよ」
「え、何ですか何ですか。教えてください」
「お兄様がグズグズしていても、可であれ否であれ自ずと早く決まるものだと思いますわ。
まぁでも、わたくしは脈があるとは思っておりますわよ────肝心なところでお兄様が逃げ出したりしなければ」
不吉な予言のような意味深な言葉を吐いて、妹は紅茶に再び口をつけた。
◇ ◇ ◇
その不吉な予言から間もなく。
「もう、一緒に出掛けられないって────どういうことだ!?」
私はシンシアからそれを告げられることになった。
リリスが尋ねてくる。
「ああ。グルーフィールド伯爵領はうちの領地の隣だったんだが……ある嵐の夜に、うちの領主館までシンシアが馬で駆け込んできたんだ」
「馬で……ですか?」
「ああ。寝たきりになっていた大伯母の状態が悪化したが、その時領内に医師がいなくて、助けてくれと言ってきた。
あのときのことは忘れられないよ。ずぶ濡れの服はボロボロで、顔も日に焼けて苦労が刻み込まれていて十も二十も歳上に見えて、まさか伯爵令嬢だと思わなくて、とても忠誠心の厚い下女だと思った。
医師とともにあちらの邸へ送る馬車の中で、身分と歳を聞いて驚いた。
隣の領地だったのに、すぐ近くに、学園にも行かせてもらえずずっと身内の介護をさせられている令嬢がいるなんて、私は何年も気づかなくて……」
その時は一命を取り留めたシンシアの大伯母も、そこから長くはもたなかった。
「大伯母が亡くなった時、シンシアはこちらの領主館に挨拶に来た。
ひっそりと葬儀を終えて、王都に戻り、遥かに歳上の相手と結婚するように言われていると聞いてね。
本来なら家族全体で解決すべきことを、長年シンシア1人に押し付けて……しかも用済みになったら無理矢理結婚させようだなんて。
腹が立って、グルーフィールド伯爵家に乗り込んで……そこからまぁいろいろあってうちの侍女になった」
「マクス……いえ、お兄様が観劇に連れていったんですよね?」
「ああ、そうだな……」
ファゴット侯爵家に来たばかりの頃のシンシアは、精神のバランスを崩して見えた。
大伯母の死は自分が至らなかったのだと思い込み、自分の価値はただがむしゃらに働くことだけだと思い込み、休むのも何かを楽しむことにも、罪悪感を覚えているようだった。
私は何かシンシアに生きる楽しみを見つけて欲しいと思って、自分が好んでいた本をプレゼントしたり、オペラや観劇に連れていくなどした。
反応はいまいちで、どうしたらいいのかと悩んだ。
そんなときシンシアが、私が贈った本の言葉を辞書で調べながらうんうん呻いていたのを見て気がついた。
────学園にも通えず、シンシアは、貴族令嬢として十分な教育を受けられていなかった。
一方で、貴族向けの娯楽というのは高度な詩的修辞を用い、理解するのに詩や古典や歴史の知識・文脈を必要とするものも多い。
結果、私の好きな娯楽を見せてもシンシアには理解できず、とはいえ私が好意でしていることだとわかっているから『内容がわからない』とも言えず、人にも聞けず悩んでいたのだ。
────つまりは、完全に私の独りよがりな押し付けだったのだ。
自分の浅はかさに、深いショックを受けた。
だったら、もっとわかりやすくて、そんな知識がなくても楽しめるものを……。
何がいいんだろうと悩んだとき、頭にふと浮かんできたのが、妹マレーナに酷似した女優『リリス・ウィンザー』だった。
平民向けの芝居は、子どもが見てもわかりやすい言葉で作られながら、決して子ども騙しではなく、玉石混淆ながら面白いものが多々あった。
私も好きで何度か見ていたのだ。
それに『リリス・ウィンザー』は若いが圧倒的に芝居がうまい。マレーナに似ているというのも話の種になる。
私は今度こそという思いで、シンシアを、その演劇に連れていったのだ。
「…………あれは『ハルモニア一代記』のリバイバル公演だったな。
驚くほど喜んでいたよ。ハルモニアという人物も歴史のことも初めて知ったとは思えないほど」
『すごいです!! すごいですマクスウェル様!! この世にはこんなに素晴らしいものがあるんですね!!』
興奮して話すシンシア。彼女の笑顔を見たのはこのときが初めてだった。
『あの、あの方!! ハルモニアをやっていらっしゃった……』
『リリス・ウィンザーか?』
『そうです! とてもカッコよくて、すべての台詞、一挙手一投足に見とれてしまって……お話もとても面白くて最高で、魔法にかけられたように幸せでした』
こんな笑顔がこの世にあるのかと思った。心から嬉しいというのを絵に描いたらこうなるのかと思った。ただただ可愛くて目を奪われ、そのうち次第に涙が出そうになってきた。
その笑顔がまた見たくて、また何度でも連れてくるからと約束した。そして言葉通り何度でも連れていって………
────はや2年が経過している。
(…………確かに。横からかっさらわれる隙はものすごくあるように思えてきた)
何回一緒にでかけても、デートだと思われていない節があるし……。
ため息をついたその時、部屋に母が入ってきた。
「どうしたの、変な空気ね。……マレーナ、今日は夕食は食べていくのでしょう?」
「……まぁ、夕食ぐらいでしたら」
「支度を進めてもらうわね。久しぶりの家ですもの、ゆっくりなさい」
母は微笑んで出ていく。
マレーナのつんけんした態度は相変わらずだが、それでも寮暮らしを始めから、家族との関係性はやや和らいだように思う。
ずっと一緒に暮らすよりはたまに会うぐらいの頻度の方がいいのか、寮暮らしで親や使用人たちのありがたみを実感でもしたのか。
「────ただ、リリスの考えにはひとつ見落としがあると思いますわ」
マレーナがポツリと呟いた。
「見落とし? ですか?」
「貴族の男女の交際は、平民のようにはいかなくてよ」
「え、何ですか何ですか。教えてください」
「お兄様がグズグズしていても、可であれ否であれ自ずと早く決まるものだと思いますわ。
まぁでも、わたくしは脈があるとは思っておりますわよ────肝心なところでお兄様が逃げ出したりしなければ」
不吉な予言のような意味深な言葉を吐いて、妹は紅茶に再び口をつけた。
◇ ◇ ◇
その不吉な予言から間もなく。
「もう、一緒に出掛けられないって────どういうことだ!?」
私はシンシアからそれを告げられることになった。
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