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◇58◇ 公演は成功したけれど

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   ◇ ◇ ◇


 ────8月の終わり。


「…………どうして!? どうして言ってくれなかったの!? あなたが私の母親だって…………」


 舞台の上。ペラギアさん演じる生き別れの母親が、私演じる娘の腕のなかで、命の火を消そうとしていた。


 母親は何も言わず微笑み、娘の頬に手を触れ────娘の頬を涙がボロボロとこぼれ落ちていく。


「どうか………………どうか、幸せにね」


 娘の幸せのために5人の男を殺した母親は、その言葉だけを残して事切れた。
 娘は母親を抱き締め、慟哭する────。


 涙で視界が曇るなか幕が下りていき、割れるような拍手と喝采が私の耳に届いた。

 いつまでもいつまでも、聞いていたいような拍手だった。

   ◇ ◇ ◇


「リリスー。大丈夫??」


 控え室のテーブルに突っ伏してぐったりしているところを、母親役のメイクのままのペラギアさんに声をかけられる。


「何ぐったりしてんのよ。これからホールで観客に挨拶よ?」

「千秋楽まで何事もなく無事終わった…………」

「何? 気がぬけてんの??」

「ええ、もう。あの事件のときは、観客の皆さんに恐ろしいものを見せてしまいましたから……一回一回、とにかく無事に終えることだけ考えていました」


 犯人ラミナは結局裁判で重罪になり、遠くの島で肉体労働することになった。

 私のデマを拡散していた人たちは、ペラギアさんプロデュースの新聞記事が出たあとに非難の的になったそうだ。私に謝罪をしに来る人もいれば、もう劇団にはいられなくなった人もいる。

 そして今回の、リリス・ウィンザー復帰公演。高級娼婦時代から人気と知名度のあるペラギアさんとのダブル主演で、大衆新聞では連日取り上げられ、急遽席を増やして立ち見客も入れての大盛況。
 …………本当に…………劇団をクビになったあのときから考えれば夢みたいだ。


「何フヌケてんのよ。シャキッとしなさい!!」


 ガッ、と乱暴に椅子を引くと私の前に座るペラギアさん。


「あんたの復活のために、まだまだ可憐な乙女役でいきたいところをわざわざ『母親役』やったげたのよ!! まだ28なのに!!」

「……あ、はい! それはめちゃめちゃ感謝してますよ!」

「感謝してるんなら早く立って……」


 コンコン、と控え室のドアがノックされる。

「……すまない。観客への挨拶は中止だ」と言いながら劇団長が顔を出した。


「はぁ!? 何でよ??」
「窓を開けてみなさい」
「窓??」


 ペラギアさんが控え室の窓を開けると、「リリスゥゥゥ!!!!」と野太い声が響いた。


「リリスゥ!! 俺と結婚してくれぇぇ!!!」
「貧乏人がうるさいぞ!! 僕の妻にするんだ!!」
「火傷の跡なんて関係ない!! 絶対に幸せにするから!!」
「リリスっ!! どうか私の……」


 ぱたん、と、ペラギアさんが窓を閉める。察した、という顔をしていた。


「今日、ちょっと激しくない??」

「千秋楽だから過熱してるんだろうねぇ」

「そんな求婚するほど熱くなるぐらいだったら、あの時かばいなさいよね」

「帰りには護衛をつけるよ。2人はもう少し休んでなさい。私が把握している知り合いが来たら通すから」

「すみません、ありがとうございます……」


 劇団長が控え室を出ていき、私とペラギアさんが残される。


「あんた、ファゴット侯爵家には戻らないの?」

「……いい人たち、なんですよ。わかってます。でも……戻る、って感覚じゃないんですよねぇ」

「いまや身寄りもないんだし、生き別れとわかって向こうの面々はあんたと一緒に暮らしたいんでしょ?? 安定しない仕事なんだし、都合よく使えば良いと思うけどね────ああ、下らない男に嫁いで女優ができなくなるのだけはやめてほしいけど」

「ペラギアさんて貴族に辛辣ですよねぇ……」

「高級娼婦だった間、あいつらの裏を嫌というほど見てきたから」


 ファゴット家のみんなと一緒に暮らした方がいいんだろうかとは、悩んでいた。
 特に侯爵夫人は私と暮らすことを強く望んでいる。
 夫人は、マレーナ様の前に生まれた赤ん坊を死なせてしまったことで17年間ずっと自分を責めてきて、私が現れた時、真っ先に死んだ娘の生まれかわりじゃないかと思ったそうだ。
(マクスウェル様と侯爵は「そもそもあの双子は似ていなかったから……」考えもしていなかったらしいけど)

 離れて暮らし、苦労をさせた分、私に愛情を注ぎたいということなんだろうと思う。
 思う、けど…………。


「そう言えば、彼。結局公演期間中通しで通ってきたわね」


 心臓が跳ねる。
 ギアン様は言葉どおり今回の公演、毎日毎日通ってきた。主に平民向けの演劇なのに。
 席は前の方だったり後ろの方だったり立ち見だったり。まるで演劇に通うすべての観客の立場を味わおうとしているかのように見えた。


「あれ、確か求婚してきたって奴? あんまり期待持たせんのは良くないんじゃないの? 別に出禁にしたって」

「ダメです!!」


 思わず返したその時……カッカッカッカッと小気味良いヒールの音が聞こえた。
 バンと勢いよくドアが開くと

「リリスさまぁぁぁっ!!!」

人が埋もれそうなほど大きな花束が控え室に入ってきた。
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