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◇54◇ 隠していた父の思惑

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   ◇ ◇ ◇


 何がなんだかわからないうちに、私は一番大きな軍艦に連れていかれ、ファゴット家の人々と合流した。
 駆け寄ってきた侯爵と奥様とシンシアさんには泣かれ、マクスウェル様には心配され、マレーナ様には気まずそうに目をそらされた。

 ……とにかく、偽者の私の存在は、全体にバレているらしい。

 大丈夫なのかと、ギアン様のほうをちらりと見たら、
「心配するな。誰のことも悪いようにはしない」
そう言ってくれたけど。。。
 それは、マレーナ様のことも?


 数隻の軍艦はびっくりするほどの速さで海を進んでいる。レイエスへと。


「────尋問の用意ができたぞ」


 大公殿下のお声掛けで、私たちは軍艦の船室に入った。

 船のなかとは思えない、大きな船室。父がその中央に引き出され、レイエス海軍の人々が囲んでいる。

 父と向かい合うように置かれた肘掛け椅子───大将のためのもののような豪奢なものだった────に大公殿下が腰掛ける。


「……なんだ? 大公殿下がしがない平民になんの用だってんだ?」

「私の用は後だ。ファゴット侯爵」


 はっ、と、侯爵が大公殿下に一礼すると、ずかずかずかと、父の前に進み出る。


「マーカス…………」


 父の前に膝をつくと、侯爵は父の胸ぐらを掴んだ。


「どうしておまえは、こんなことを……!!」


 父が目をそらす。

 ふくよかで栄養状態のよい侯爵と、不健康で痩せぎすの父。
 その差は大きなはずなのに、並んでみると互いに面影がありすぎた。


「ファゴット侯爵。間違いないか?」

「はい、間違いございません。30年以上も前に家を出た、わたくしの弟マーカスです。マレーナから聞いたときは、まさかとは思いましたが……」


 息を飲む。身体の軸の力が抜けそうになったのを、ギアン様が支えてくれた。


「マレーナ殿が、仲間のベネディクト貴族から聞いたのだな?」

「はい。彼らが手を尽くして、この男の────マーカス・ファゴットの素性を調べ上げたのだそうですわ。
 ファゴット家を出たのち、悪い仲間たちにお金を搾り取られ、若くして身を持ち崩していったと……」


 聞いても、信じられない。
 あんなに人の良くて娘を愛しているファゴット侯爵と、娘を売り飛ばすような私の父が兄弟? そんなことがありうるの?


 ────待って。
 だから、私とマレーナ様は似ていたということ?


「…………知らねぇな、こんな男は」

「マーカス!! 兄に向かって……」

「いや、まったく知らねぇ。俺は産まれたときから平民だ。
 それよりも大公殿下。俺の罪は何なんですかねぇ? 家出娘を、父親であるこの俺が連れ戻すというのはごく当たり前のことでしょう? むしろファゴット家の方がうちの娘を誘拐していたとさえ────」

「わたくしを脅し、金品をせびろうといたしましたわよね?」


 マレーナ様が冷たく口を挟む。


「な、なんの話か……」


 言い返そうとして、父はマレーナ様の、氷のような目に怯む。
 会ったことがあったのか? マレーナ様は父に、心底蔑むような目を向けていた。

「ファゴット家の邸にきて、わたくしを呼び出して、リリスに本当にそっくりだと……あのときわたくしが折れていたならば、そのままファゴット家に寄生するつもりでいらしたのでは?」

「ち、違う!! あれは、ただ、おまえに」

「…………?」


 父が急に怯えるような口調になる。
 それに『おまえ』?
 何だか、マレーナ様が口を挟み始めてからおかしい。

 はー……と、マレーナ様はため息をつく。


「リリスにしてきたことなど伺いますと、このような男にわたくしとの血のつながりがあるなどとは質の悪い嘘であってほしいですわね」

「…………!!」

「いずれにせよ、わたくしとギアン様との婚約はもうこれで解消されます。あなたが本当に父の弟であろうとなかろうと…………」


「─────は?」


 父の声が一気に低くなった。

 ファゴット侯爵を突き飛ばすと、険しい顔でグイグイとマレーナ様に迫る。


「嘘だろ……嘘だと言ってくれ!?
 婚約を解消するだなんて」

「???」

「俺がどんな思いで、この17年間いたと……!!」


 マレーナ様につかみかかろうとした寸前で、マクスウェル様が父を羽交い締めにした。
 父は、私には絶対向けたことのないような絶望の目で続けた。


「王都の仲間になけなしの金をばらまいて見張って少しでも手助けしてやろうと思って、邪魔なリリスだって排除してやったのに……なんで、おまえは……!!」

「……いったい、あなた何を言っているの?」

「感謝なんてされなくて良かったし、親だなんて名乗り出る気もなかった!! 俺は、俺は…………」


 ─────父は、何を言っているの?? 何か恐ろしいことが起きているようで、手の震えが抑えきれない。

 やがて、父は乾いた笑い声を上げた。


「確かに俺は、マーカス・ファゴット。ファゴット侯爵家の息子だ。
 だがなぁ、リリスの父親じゃねぇ」


 ククククと笑う。目が、どこも見ていない。
 これは、一番悪いことを考えているときの父だ。周りの人をすべて不幸にしたいと考えているときの。


「17年前────ファゴット侯爵家に産まれた娘と、俺の娘をすり替えたのさ!!」
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