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◇34◇ エリカ大公殿下の誘い
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◇ ◇ ◇
船は思ったよりずっと速く海を進み、甲板から眺めた青い海は、とても綺麗だった。
ギアン様は船旅の途中で、何度も私たちの部屋を訪れ、不自由はないかと聞いてきた。それ以外は絶えず航行の安全を確認していたようだ。
食事はギアン様とともにテーブルを囲むときもあれば、ファゴット家だけのこともあり、やっぱりどの料理も美味しかった。
…………そうして体感的には本当にあっという間に、私たちが乗った船はレイエスについたのだった。
(ここが、ギアン様の国……)
船が入っていこうとする港は、私たちが出港したベネディクト王国のものとは桁違いに大きく広く、並ぶ船の数の多さに目を見張る。
……交易船らしいそれらの船たちが掲げる国旗はさまざまだ。
遠目にも活気に溢れた街。
海洋国家、という言葉が頭に浮かんだ。
ここに来る前にマレーナ様から借りた、大公子妃教育の講義のノートの内容を思い返す。
(といっても、短時間で頭に詰め込むにはあまりに量は膨大で、こっそりノートを持ち込んで船室にいる間も一生懸命頭に叩き込んでましたが)
「この港は、得難い宝ですわね」
甲板で、ぽつりと呟くと「わかるのか!?」とギアン様が嬉しそうに聞いてきた。
「ええ。神に与えられたような地形ですわ」
港というのは、どこでも作れるわけではなく、海底や沿岸の適した地形が必要なのだそうだ。
この港のように、大きな船が数えきれないほど入れられるところは、相当希少なんじゃないかと思う。
(その分、ほかの国からレイエスが狙われる理由にもなってきたんだろうな……)
また、見たところ、レイエスが誇る最強艦隊の船や漁の船は見当たらないから、もしかするとそちら用の港も近くにあるのかもしれない。
「ファゴット家の皆様は船酔いなどはないようで良かった。荷物はレイエスの者たちが運ぼう」
「ありがとうございます」
私はギアン様に手を取られ、木製のタラップから船を降りていく。
呼吸すると胸のなかが海風で満ちる気がする。
違う国の土地に降り立つのは生まれてはじめて。ここが、ギアン様が生まれ育った国なんだ。
靴の底で触れる地面から、じんわりと感慨が這い上がった。
「マレーナ?」
「いえ、なんでもありませんわ」
私はただ目をギアン様に向けただけのつもりだったのだけど、目があった瞬間、ギアン様の顔が突然真っ赤になった。
何があったのか、と、自分の顔に触れて気がついた。
私は笑顔を向けていたのだ。
完全に、素の、リリス・ウィンザーの笑顔を。
(うわ…………役者失格)
なんてことだ。これが最後なのだからきっちり演じきらないといけないのに。
いや、まだ舞台は続いている、立て直せ。私はその場で“マレーナ・ファゴット”にふさわしい表情に作り直す。
それにしても赤面ギアン様やたら可愛いな。うっかり変な声を出さなかった私を誰か誉めてほしい。あとでシンシアさんに誉めてもらおう。うん、そうしよう。
「みな無事到着されたか」
脳内反省から切り替えていた私の耳に、少し遠くから、女性の声が届いた。
見ると、ギアン様のお姉さん――――大公殿下エリカ・レイエス様とそのお付きの方々が、なんと馬に乗ってこちらにいらっしゃった。
レイエスでは女性でも第一線で通用する戦闘訓練を受けるのが普通らしい。エリカ様も若いときから艦隊の指揮をしていたそうだけど、馬の扱いにも皆慣れているようだ。
着ているのはみなレイエスの民族衣装で(そしてたぶん正装?なのだと思う)、騎士とは違う雰囲気でカッコいい。
ギアン様もこんな風に馬に乗るのだろうか、と想像した。
エリカ様は華麗な動きで馬をおり、ファゴット侯爵の前に立った。
「あの夜会ぶりだな。ファゴット家御一同、ご機嫌麗しいご様子で何よりだ。」
「大公殿下御自らのお出迎え、心よりありがたく存じます」
「我々の移動はだいたいが馬でな。
そちらに、あなた方のために馬車を用意してある。城につけばゆるりと休んでいただけるよう支度も整えてある。さほど時間はかからぬゆえ、しばし辛抱していただけるだろうか」
大公殿下自らが港まで迎えに来るということは、それだけレイエスはギアン様とマレーナ様との婚約(あるいはベネディクト貴族との婚約)を重視しているということだ。
ますます下手を打つわけにはいかない、と、気を引き締めた、その時。
「マレーナ殿」
「……はい」
恐い。なぜ私に話しかけるのですか大公殿下。
「最近はギアンともずいぶん仲良くしていただいていると聞く。一時はどうなることかと思ったが、雨降って地が固まったな」
「良くしていただき、ありがたく存じますわ」
「そこで、だ」
エリカ大公殿下は、馬車のひとつを顎で示した。
「弟とどのように過ごしているか話を聞きたい。
マレーナ殿は私とギアンと、同じ馬車に乗ってもらおうか」
(~~~~~!?)
なぜ、いま!?
「姉上!!」
「なに、普段のことを聞く、それだけだ。マレーナ殿、問題はなかろう?」
「……………………ええ、問題はございませんわ」
って、答えるしかないですよね。
「決まりだな!!」
快活に笑うエリカ大公殿下。
こうなったら仕方ない。腹をくくって演じきってやろうじゃないか、と、私は自分に言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
船は思ったよりずっと速く海を進み、甲板から眺めた青い海は、とても綺麗だった。
ギアン様は船旅の途中で、何度も私たちの部屋を訪れ、不自由はないかと聞いてきた。それ以外は絶えず航行の安全を確認していたようだ。
食事はギアン様とともにテーブルを囲むときもあれば、ファゴット家だけのこともあり、やっぱりどの料理も美味しかった。
…………そうして体感的には本当にあっという間に、私たちが乗った船はレイエスについたのだった。
(ここが、ギアン様の国……)
船が入っていこうとする港は、私たちが出港したベネディクト王国のものとは桁違いに大きく広く、並ぶ船の数の多さに目を見張る。
……交易船らしいそれらの船たちが掲げる国旗はさまざまだ。
遠目にも活気に溢れた街。
海洋国家、という言葉が頭に浮かんだ。
ここに来る前にマレーナ様から借りた、大公子妃教育の講義のノートの内容を思い返す。
(といっても、短時間で頭に詰め込むにはあまりに量は膨大で、こっそりノートを持ち込んで船室にいる間も一生懸命頭に叩き込んでましたが)
「この港は、得難い宝ですわね」
甲板で、ぽつりと呟くと「わかるのか!?」とギアン様が嬉しそうに聞いてきた。
「ええ。神に与えられたような地形ですわ」
港というのは、どこでも作れるわけではなく、海底や沿岸の適した地形が必要なのだそうだ。
この港のように、大きな船が数えきれないほど入れられるところは、相当希少なんじゃないかと思う。
(その分、ほかの国からレイエスが狙われる理由にもなってきたんだろうな……)
また、見たところ、レイエスが誇る最強艦隊の船や漁の船は見当たらないから、もしかするとそちら用の港も近くにあるのかもしれない。
「ファゴット家の皆様は船酔いなどはないようで良かった。荷物はレイエスの者たちが運ぼう」
「ありがとうございます」
私はギアン様に手を取られ、木製のタラップから船を降りていく。
呼吸すると胸のなかが海風で満ちる気がする。
違う国の土地に降り立つのは生まれてはじめて。ここが、ギアン様が生まれ育った国なんだ。
靴の底で触れる地面から、じんわりと感慨が這い上がった。
「マレーナ?」
「いえ、なんでもありませんわ」
私はただ目をギアン様に向けただけのつもりだったのだけど、目があった瞬間、ギアン様の顔が突然真っ赤になった。
何があったのか、と、自分の顔に触れて気がついた。
私は笑顔を向けていたのだ。
完全に、素の、リリス・ウィンザーの笑顔を。
(うわ…………役者失格)
なんてことだ。これが最後なのだからきっちり演じきらないといけないのに。
いや、まだ舞台は続いている、立て直せ。私はその場で“マレーナ・ファゴット”にふさわしい表情に作り直す。
それにしても赤面ギアン様やたら可愛いな。うっかり変な声を出さなかった私を誰か誉めてほしい。あとでシンシアさんに誉めてもらおう。うん、そうしよう。
「みな無事到着されたか」
脳内反省から切り替えていた私の耳に、少し遠くから、女性の声が届いた。
見ると、ギアン様のお姉さん――――大公殿下エリカ・レイエス様とそのお付きの方々が、なんと馬に乗ってこちらにいらっしゃった。
レイエスでは女性でも第一線で通用する戦闘訓練を受けるのが普通らしい。エリカ様も若いときから艦隊の指揮をしていたそうだけど、馬の扱いにも皆慣れているようだ。
着ているのはみなレイエスの民族衣装で(そしてたぶん正装?なのだと思う)、騎士とは違う雰囲気でカッコいい。
ギアン様もこんな風に馬に乗るのだろうか、と想像した。
エリカ様は華麗な動きで馬をおり、ファゴット侯爵の前に立った。
「あの夜会ぶりだな。ファゴット家御一同、ご機嫌麗しいご様子で何よりだ。」
「大公殿下御自らのお出迎え、心よりありがたく存じます」
「我々の移動はだいたいが馬でな。
そちらに、あなた方のために馬車を用意してある。城につけばゆるりと休んでいただけるよう支度も整えてある。さほど時間はかからぬゆえ、しばし辛抱していただけるだろうか」
大公殿下自らが港まで迎えに来るということは、それだけレイエスはギアン様とマレーナ様との婚約(あるいはベネディクト貴族との婚約)を重視しているということだ。
ますます下手を打つわけにはいかない、と、気を引き締めた、その時。
「マレーナ殿」
「……はい」
恐い。なぜ私に話しかけるのですか大公殿下。
「最近はギアンともずいぶん仲良くしていただいていると聞く。一時はどうなることかと思ったが、雨降って地が固まったな」
「良くしていただき、ありがたく存じますわ」
「そこで、だ」
エリカ大公殿下は、馬車のひとつを顎で示した。
「弟とどのように過ごしているか話を聞きたい。
マレーナ殿は私とギアンと、同じ馬車に乗ってもらおうか」
(~~~~~!?)
なぜ、いま!?
「姉上!!」
「なに、普段のことを聞く、それだけだ。マレーナ殿、問題はなかろう?」
「……………………ええ、問題はございませんわ」
って、答えるしかないですよね。
「決まりだな!!」
快活に笑うエリカ大公殿下。
こうなったら仕方ない。腹をくくって演じきってやろうじゃないか、と、私は自分に言い聞かせた。
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