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◇4◇ 強気すぎやしませんか、お嬢様?

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「父上、母上!!
 マレーナを捕まえて参りました!!
 やはり、母上の実家に逃げ込んでいたようです!」


 声を張り上げて入ってきたのは、20代後半ぐらいの整った容姿の男性。
 そして彼に連行されてきたのは……びっくりするほど私によく似た女の子だった。


「まったく、家出なんて人騒がせな……」


 と言いかけて、男性の目が私に止まる。


(……あ、しまった)


 さすがに妹さんに間違えられるほど似ている女がやしきの中にいたら、何者だって感じですよね……。

 とはいえどう自己紹介したものか……。



「リリス・ウィンザー……?
 どうしてここに」

「え?」


 なんと男性は、私の名前を口にした。
 もしかしてこの方も、芝居を見に来たことがあるの?

 そして、私によく似たご令嬢。
 顔と髪色と体型は、予想以上にものすごく私に似ている。瓜二つ、と言っていい。
 でも、着ているドレスはかなり上質なもので、髪は明らかに誰かの手で綺麗に巻かれたものだった。
 所作も貴族令嬢らしく美しい。

 そんな彼女は、私を見て少し驚いたような顔をしたあと、氷のように冷たい目を向けて、

「なぜこのような下賎の者を我が家に招いているんですの?」

と言い放った。
 これはリアル悪役令嬢? おお。参考になる。


「失礼ですよ。あなたのせいなのですから」奥さまがたしなめる。

「わたくしのせいですって?」

「こちら、リリス・ウィンザーという方よ。女優をなさっているんですって。とてもあなたに似ているでしょう。
 家出をしているあなたを探していたお父様が、マレーナと間違えて失礼な声かけをしてしまったので、お詫びをしていたところなの」

「お父様、そこまで粗忽そこつでいらっしゃるとは思いませんでしたわ。
 では、お父様お母様でお詫びをしていらしてくださいませ。
 わたくしは、部屋に下がらせていただきますわ」


 その場を去ろうとするマレーナ様に、侯爵夫人は「待ちなさい。明後日の夜会は必ず出るのですよ」と注意を飛ばす。


 マレーナ様は、お母上をキッとにらみつけ、


「絶対に行きませんわ」


と返した。

 これは……何の修羅場?


「申し上げましたが、ギアン・ミンドグラッド・レイエス伯爵は、このわたくし、マレーナ・ファゴットの婚約者としてふさわしいお相手ではありません」


(……はい?)


「わたくしは幼少期から、ファゴット家の娘たるもの、当然身分は侯爵家以上、由緒正しく、我が家をますます発展させるような利のある殿方としか結婚してはならない……とお祖父様に言われて育ちましたわ。
 お祖父様のお言葉を守って、わたくし、学問、芸術、ダンスに社交と努力して己を磨いてまいりましたの。
 なのに、家の跡も継げない殿方に嫁ぐなどありえません」


 ええと……つまりこのマレーナさん、結婚相手に不満だから、結婚から逃げていると?

 理由がどうあれ、望まない結婚を押しつけられるのはかわいそうだと思う。
 でも、理由が『結婚相手が嫌』じゃなくて、『自分にふさわしくない』なのか……これ、どう考えたらいいんだろう。


「伯爵は、そのお祖父様が決めた結婚相手だろう!」とお兄様。

「おかわいそうに、聡明でいらしたお祖父様も、きっと寄る年波には逆らえず耄碌もうろくなさっていたのですわ。こんな詐欺のような婚約をさせられるとは」


 マレーナ様はひるまず切り返す。


(このタイプの修羅場は、私が演じた物語の中にはなかったなぁ)


 確か身分が低い人間から話しかけると失礼、みたいな不文律があった気がするけど、私いま客人だし、聞いちゃえ。


「あのう、マレーナ様のお兄様?」

「ああ、すみません。
 客人にこんなところを見せてしまい。
 ファゴット侯爵の長男マクスウェルです」

「マクスウェル様。
 その伯爵?ギアン様って、マレーナ様がそんなに嫌がるようなお相手なんですか?」

「……直球で聞くんだね?
 私に言わせればとんでもない。
 マレーナと同じ17歳で、生誕と同時に伯爵の称号を得ている。
 眉目秀麗、文武両道、特に人柄はうちの妹にはもったいないぐらい良い」

「それはそれは」


 最後しれっと妹の悪口入れましたね。

 ギアン様は17歳……ということは、私とも同い年。

 貴族の政略結婚って、10代の女の子がお父さんよりも年上の男性と結婚させられたりするなんて話を聞く。
 同い年で性格良い人が相手なら良い話なのでは?
 もっとも、他に好きな人がいたり、恋愛対象が同性だったりしたら別だけど。


(……ん? レイエス?)


「その、ご実家って……」

「ご実家はレイエス大公国の大公家だ。
 いま18歳上の姉君が大公を務められている」


 …………マジか。


「ああ、『ハルモニア一代記』では当時のレイエス王が登場してたから、君も多少知っているだろうね。
 元々は我が国よりも古い歴史を持つ王家で、代々島国レイエスを治めていたんだ。
 だがあちらは小国で、海上交通の要衝のため、いろいろな国に狙われ、戦争を仕掛けられやすかった。防衛策として30年前、形式上我がベネディクト王国の王家の臣下となり、叙爵を受けたのさ」

「えっと、つまり、伯爵というか本来王子様なわけですね」

「ああ。いま、我が国の貴族の子女が通う王立学園に在籍していて、2年生だ。
 将来的には大公を支える」


 貴族は、偉い順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。大公は公爵の上扱い……というか、叙爵しなくてももともと国家元首の家。

 ……ということは?


「だいぶ格上のお相手では?」

「そのとおりだ」

「どうしてマレーナ様は自分にはふさわしくないとおっしゃるのです?」


 フン、と、マレーナ様は鼻で笑う。高慢キャラを地で行くんだ、この人。


「口を慎みなさい、この平民。
 あなた貴族の結婚というものがまるでわかっていないのね」

「ええ、平民ですから?」

「よろしくて?
 貴族は、家を継ぐ殿方とそうでない殿方との間に天と地ほどの差がありますわ。
 それは夫人の地位と名誉の差でもあり、その夫人の実家の得る利益の差でもありますの。
 ゆえに貴族の娘は、夫となる人を慎重に見極めなければならないのです」


 見下しポーズが様になってる。言ってることはともかく仕草は勉強になるな、この人。


「亡きお祖父様は、わたくしが12歳の頃にこの婚約を決めてくださいました。
 大公家長男との婚約です。もちろん跡継ぎとの結婚のつもりでいましたわ。
 ところが3年前、なんと姉君が大公となったのです。さらに大公夫妻には今年9歳になる男の子までいると」


 いや、べつに息子がいても娘が継ぐことだってあるのでは?


「わたくしは大公妃になるつもりでいたのです。ですがこのまま結婚してもわたくしは、大公の弟の妻、または大公の叔母ですわ。
 つまり、わたくしたちは騙されたと、そういえるのではなくて? これは婚約解消の根拠になりうる重大な瑕疵かしではないかしら?」


 マレーナ様が堂々と言い切るので、なんかうっかりうなずきそうになる説得力はある。
 でも、婚約って……配偶者の将来の地位まで含めたものなのかな?


「高位貴族の娘たるもの、機会あらば王妃の地位を狙え。お祖父様からはそのように教えられましたし、わたくしも侯爵令嬢はそうあるべきものと考えます。
 ですから、婚約しているからと言って、いまは結婚を確定させてしまうべきではございませんわ」


 それはちょっと強気すぎやしませんか、マレーナ様??
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