上 下
83 / 90

83、第3王女は牢獄で話す【ウィルヘルミナ視点】

しおりを挟む


 私は牢の中に入り、兄様の隣に腰を下ろす。


「……服が汚れるぞ」
「洗えばいいわ。最近はよく眠れてる?」
「そうだな。女に入ってこられる心配がない分、だいぶ寝心地が良い」


 確かに……兄様はずっと、被害に遭った寝所で眠らなければならなかったのだ。それはとても、心身にきつかったことだろう。

 私は兄様の牢に、夜の間も灯りを絶やさないようにしてもらっていた。
 夜の恐怖が少しでもましになるように、と思って。

 改めて新聞を兄様に示してみせる。


「…………少しずつ国民は、王家の実態を理解して落ち着いてきたみたい。
 あおやからはまだいるけど」


 姉様の勲章や功績のこと、昔危害を加えた男たちへの処罰を連日報じているうちに、“淫魔王女”の悪評も塗り変わっていっている。

 貴族同士の間でも同じだ。
 加害者として罰せられた貴族たちの言うことを鵜呑みにしていた貴族たちや夫人・令嬢たちは、近頃は噂話をするのも恐れるようにお互い物言いに気を付けている。

 皆、事実を知って少しは後悔したのだろうか。

 王として仰ぐべきだった唯一の人を、事実無根の噂に自分たちが踊らされる中で失ったことを。
 ……そのせいで国を失いかけたことを。


「聞かなくて良いだろう、国民の言うことなんて。
 あいつらに守られる価値はない」


 兄様の意見は変わらないようだ。


「……聞きすぎはしてないわ。
 あんまり近すぎると客観視ができなくなっちゃう。
 つい、自分を応援する人にだけ応えるような仕事をしてしまいそうになるしね。
 イルネアやエルミナみたいに」


 顔が良いおかげで、いまでも街に出れば熱狂的なウィルヘルミナ派の国民が結構いる。
 つまり、私を支持するあまりダンテス兄様や他の王女たちを攻撃するような人間が。

 そういう人間とは王としてはむしろ距離を置こうと思っている。
 アルヴィナ姉様に説明した通り、王家全体のイメージを下げるから……というのもあるけど。それ以上に、王とは、支持者のためだけじゃなく、自分を支持しない者たちのためにも政治をしなければならないからだ。



「そこまでおまえが尽くすような国か?
 眠れていないのはおまえの方だろう」

「あ、わかる?
 昨日も結局4時間睡眠で……怒られるわね、これじゃ」


 ふわぁ、と軽くあくびをし、兄様の方を見た。


「尽くしたいんじゃない。守りたいの、私は」

「守る……ね。そんな守る価値のあるものが」

「侍女のララが、もうすぐ結婚するの」

「は?」

「ずっと恋仲だった幼なじみとよ。
 ずーっとずーっとお互い一筋だったんですって。
 貴族でそれってすごくない?」

「…………はぁ」

「元侍女のイライザのところはもうすぐ3人目の子が産まれるわ。
 それから母の後見人で私のことも孫のように可愛がってくれたクルーガー伯爵は、結婚50周年の記念にパーティーを計画してるんですって」

「………………」

「母や異父弟おとうと異父妹いもうとたちや旦那さんは、この前の竜巻被害を受けた領民たちと一緒に領地を立て直しているの」

「…………何なんだ?
 嫌われ者の姉や兄と違って、自分はたくさんの人間に愛されてるんだって自慢か?」

「……言い方。
 その幸せを守りたいと思う人がね、逃げたくないと思うほどにはこの国にたくさんいたのよ、私。
 それだけ」

「それで王位簒奪?」


 呆れたような顔。
 だけど、少し、兄様の顔に人間らしさが戻ったように思える。悪くない。


「悪評どころか、歴史に悪名が残るぞ。
 父を見捨て、謀略で王位を奪った最悪の女王だと」

「美名よりは人命よ」

「…………そうか。
 良かったな、おまえは幸せな人生で」


 兄様は唇を歪めて皮肉な口調で言うけど、声はそんなに冷たくない。


「…………そうね。
 少なくとも私は運が良かったわね」


 姉様や兄様のように、この国そのものに絶望するほどの目には遭ってきていなかった。
 そこそこ、好きになれる人がたくさんいた。

 それは私がたまたま幸運だったから。
 私と同じ感覚を、ダンテス兄様にもアルヴィナ姉様にも強要はできない。


「ねぇ。うちの母がね、王城に来たんだけど」

「……おまえの母親、おまえのこと好きすぎだな」

「聞いたのよ。お母さんはどうして国王の愛人になったの、どういう思いで私を産んだの、って。
 どう答えたと思う?」

「…………さぁ」

「言わない、って。
 言えないような経緯じゃないけど、何がどうあれ、親が生むに至った事情は親の事情でしかない。
 生まれた子どもはそれを小麦一粒ぶんの重さでも背負っちゃいけない。
 だから、まったく知らないぐらいがちょうどいい……だって」

「……お優しい母親の自慢は結構だが、で、それを俺に聞かせてどうする?」


 兄様は私の母についてわざわざ手紙で言及していた。
 母の言葉は、彼にとって、きっと無視できないはず。
 少しでも、どうか、響いてくれれば。


「国王や王妃が苦しむことや死ぬことは、兄様を生んだ女性と夫の望みだったかもしれないわね。
 だけど、それと兄様自身は、切り離して考えるべきだわ。
 彼女たち夫婦が命を落としたことについて、兄様は何も悪くない。
 彼女の日記を読んだけど、お腹の中の兄様を憎んでしまうことへの罪悪感を綴っていた。
 確かに憎かったのかもしれない。それでも、兄様を断罪したいとは思わなかったんじゃない?」

「…………」


 兄様はそっぽを向いてしまう。


「……俺が悪いとか悪くないという話か?
 そもそも処刑されれば同じことだ」

「処刑じゃない道を探っては駄目?」

「王として公平に裁くんじゃなかったのか?」


 ……兄様が、前国王の命を奪ったのは事実。
 ……王妃や重臣たちをも殺そうとしたのも事実。
 ……国そのものを滅ぼそうとしていたのも事実。
 擁護できる要素は確かにない。

 ただ、情状酌量の余地はある。
 それに、国民の中で前国王に反感を抱いている層から、兄様に対する助命嘆願書が出ている。
 あとは……できれば兄様を癒せる道があれば。


「そもそも俺が生きたいかどうかの意思は無視か?」

「生きてほしい、というわがままを妹から言ってはいけない?」

「都合良く女王と妹を行き来するなよ」


 兄様は息をついて、ごろりと床に寝転がった。

 ……しばらく言葉がない。
 会話を拒否されただろうか。

 待って、待って、諦めて立ち上がったとき。


「…………あと少しだけなら、あがいてやってもいい」


 まるで寝言のように、兄様は呟いた。


「無理だと思ったら、適当に死ぬ」


 兄様の言葉に私はうなずき、「きっと生かしてみせるから」と返した。


   ◇ ◇ ◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜
恋愛
平民だけれど裕福な家庭で育ったシャンディアナ・フォルト(通称シャンティ)は、あり得ないことに結婚式当日に花婿に逃げられてしまった。 それだけでも青天の霹靂なのだが、今度はイケメン軍人(ギルフォード・ディラス)に連れ去られ……偽装夫婦を演じる羽目になってしまったのだ。 信じられないことに、彼もまた結婚式当日に花嫁に逃げられてしまったということで。 少しの同情と、かなりの脅迫から始まったこの偽装結婚の日々は、思っていたような淡々とした日々ではなく、ドタバタとドキドキの連続。 そしてシャンティの心の中にはある想いが芽生えて……。 ※★があるお話は主人公以外の視点でのお話となります。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

不要なモノを全て切り捨てた節約令嬢は、冷徹宰相に溺愛される~NTRもモラハラいりません~

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
 皆様のお陰で、ホットランク一位を獲得しましたーーーーー。御礼申し上げます。  我が家はいつでも妹が中心に回っていた。ふわふわブロンドの髪に、青い瞳。まるでお人形さんのような妹シーラを溺愛する両親。  ブラウンの髪に緑の瞳で、特に平凡で地味な私。両親はいつでも妹優先であり、そして妹はなぜか私のものばかりを欲しがった。  大好きだった人形。誕生日に買ってもらったアクセサリー。そして今度は私の婚約者。  幼い頃より家との繋がりで婚約していたアレン様を妹が寝取り、私との結婚を次の秋に控えていたのにも関わらず、アレン様の子を身ごもった。  勝ち誇ったようなシーラは、いつものように婚約者を譲るように迫る。  事態が事態だけに、アレン様の両親も婚約者の差し替えにすぐ同意。  ただ妹たちは知らない。アレン様がご自身の領地運営管理を全て私に任せていたことを。  そしてその領地が私が運営し、ギリギリもっていただけで破綻寸前だったことも。  そう。彼の持つ資産も、その性格も全てにおいて不良債権でしかなかった。  今更いらないと言われても、モラハラ不良債権なんてお断りいたします♡  さぁ、自由自適な生活を領地でこっそり行うぞーと思っていたのに、なぜか冷徹と呼ばれる幼馴染の宰相に婚約を申し込まれて? あれ、私の計画はどうなるの…… ※この物語はフィクションであり、ご都合主義な部分もあるかもしれません。

処理中です...