上 下
82 / 90

82、第3王女は後始末する【ウィルヘルミナ視点】

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇


 私ウィルヘルミナの戴冠式、それから勲章の授与を終え、アルヴィナ姉様とその夫は、トリニアス王城を再び後にした。

 イーリアス・クレイド・ホメロスという男を見ていると、私が姉様を呼び出した時以外常に妻から離れずにいた。和平交渉時に短期間滞在しただけだったのに、姉様の育ったこの城が決して安らげる場所じゃないことを、よくわかっているようだった。

 たぶん彼のそばにいる限り、アルヴィナ姉様は安全で、幸せなのだろう。


 姉夫婦の乗る馬車を見送った私は、その直後、リストアップした男たちを召集した。



 ────そして。


「……な、なんで、そんな昔のことを今さら罪に問われなければならないのですか……!!」


 そう声をあげたのは元帥げんすいの長男。
 まだ子どもの頃から姉様の婚約直前までつきまとい、侍女たちの隙をついては姉様の身体を触ったり襲おうとしたりしてきた。
 どうやら、持参金と血筋目当てで、姉様を自分の妻にしようと目論んでいたらしい。
 ちなみに現在について調べてみると、いまは城に出入りする下位貴族の令嬢に同様の行為を仕掛け、何人も被害者がいた。


「そ、そうですとも!!
 すでに一度、王妃陛下からはお咎めなし、つまり何ら罪ではないというご判断を頂いているのです。
 それを蒸し返すなど……!!」


 同調したのは40代の侯爵。
 若い頃から胸の大きい女性に目がなかったとのことだが、姉様の胸が膨らみ始めた頃から、それを狙い、執拗に追いかけていた輩の1人。

 咎められても王妃に無罪放免にされたのを良いことに、
『王女殿下の方から誘ってきたのだ』
と吹聴しだした。

 いや、彼のアルヴィナ姉様に対する認知は大きく歪んでいたので、もしかしたら本気でそう思っていたのかもしれない。
 王城に戻ってきた姉様をまるで昔の恋人のように懐かしみ、接近しようとした(そして夫に追い払われた)と報告されている。


「ふ、不敬であったと反省はしております!
 ですが、アルヴィナ殿下はもう国を出られた方で……」


 50代の伯爵。
 こいつも子どもの頃からアルヴィナ姉様を追い回して身体を触り、侍女たちに咎められても
『幼くてもレディなのだから、大人の男から1人の大人の女性として見られた方が王女殿下も嬉しいはずだ』
などと寝言を言い放った。
 今回改めて調べると……大変胸糞の悪いことだけど、同じ様に子どもを狙った余罪あり。

 
 ────そんな面々が私の目の前にずらりと並んでいる。

 私が召集したのは、子どもの頃から最近に至るまで、アルヴィナ姉様に性被害と性的なトラウマを与えてきた男たちだった。


(……やっぱり、どいつもこいつも放置すべきじゃなかったんだわ)


 王妃、いや、前王妃がアルヴィナ姉様への嫌がらせのために、この男たちをずっと『お咎めなし』にしてきた。

 それが彼らを増長させて、アルヴィナ姉様はさらに被害に遭い、理不尽なことに悪評まで広められた。
 一方そのせいで、新たな被害者たちまで放置されていたのだ。


「あなたたちが姉様にしたことを前王妃が『お咎めなし』にしてしまった。
 もっと早く罰を受けていれば改心した人もいたかもしれないし、姉様のあとに新しい被害者は出なかったかもしれない」

「ひ、被害者などと、大袈裟なっ」

「あなたたち、兄様のことから何も学んでいないの?
 大したことじゃない、って加害者側が決めつけて、そうやって見えなくしていったせいで国ひとつ滅ぼしかねない事態につながったんじゃない」


 男たちの中から「お、お慈悲をっ……」と声が漏れた。
 今の今まで、自分がしたことが自分の身に返ってくるなんて、想像もしてなかったのね。


「安心しなさい。私情で罰するわけじゃない。
 あなたたちのしたことを逐一洗い出して、証人と証拠を集めて、ひとりひとり法に基づいて適正に裁いて、それを実名とともに公表するだけよ。
 新聞にも書かせるわ」

「そ、そんな!! 実名の公表が、必要なのですか!?」
「これまで国のためにがんばっていたのです。そんな情けない汚名なんて、この歳で負いたくないっ!」
「も、もうすぐ子どもが産まれるのです、そんなことを妻に知られたらっ」
「女子どものことより、国のことでしょう。どうか、陛下、お考え直しを…!」


 男たちの間から情けない悲鳴が上がる。

 
「そうね。貴族社会は名誉第一。
 悪評で人生終わることはザラにあるわね。
 で、そんなことは最初からわかってたでしょう。
 だったら、ただ自分の欲望を生身の人間には向けずにいてくれていれば、誰も傷つかずに済んだのじゃない?」


 言いながら、自分を棚にあげて糾弾する自分自身に呆れてもいた。

 王妃が恐くて自分の身を守るのが精一杯で、結局姉様が酷い目に遭うのを私は見て見ぬふりをしていたのだ。
 だけど、だからって、自分に弱みがあるからって手心を加えてはいけない。
 これはけじめだ。
 姉様のためだけじゃない、王妃の残した負の遺産の後始末。


「いい大人になって偉い地位に上った人間だって、下の立場の人間と変わらず裁かれる。
 今、必要なのはそういうことよ」


 これから先、王としての私に向けられる目は前国王より遥かに厳しいものだろう。
 だから今しなければならないのだ。


「……これからひとりひとり取り調べを進めるけど、その前にひとつ覚えておいて。
 あなたたちが欲望を向けて悪評をばらまいて、この国から出ざるを得なくなった女性は、本当ならこの国の唯一正統な王位継承者だったの。
 目先の自分の欲望を満たすために、あなたたち真の王を失ったのよ」


 私の最後の言葉も耳に届かないようで、男たちはガックリとうなだれていた。


   ◇ ◇ ◇


「────俺の処刑はまだか?」


 姉様にトラウマを与えた男たちに与えられる刑罰が順調に決まっていく最中、私は兄様が捕らえられている牢獄を訪れた。

 で、私の姿を見て、開口一番それ。


「…………もっと『久しぶり』とかそういう言葉からにしない?」

「女王陛下に無駄な話をしている時間があるのか?」

「無駄な話って、意外と無駄じゃなかったりするのよ?」

「別に俺も聞きたくない」


 ほんと性格悪い。
 私が言うのもなんだけど。


「…………まぁ、ひとつ聞いてよ」


 私が手元に持っていた新聞を渡そうとすると兄様は、自分の脇においていた同じ新聞を私に見せて「牢番から押し付けられた」と言う。


「『陛下はこんなにもがんばっていらっしゃるのです』だと。牢番にも好かれて結構だな」

「……前に差し入れとかあげたからかしら」


 その新聞には、アルヴィナ姉様に危害を加えた男たちへの処罰についても書かれていた。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します

恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢? そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。 ヒロインに王子様は譲ります。 私は好きな人を見つけます。 一章 17話完結 毎日12時に更新します。 二章 7話完結 毎日12時に更新します。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...