上 下
81 / 90

81、王女は借りを返してもらう

しおりを挟む
「巻き込んで悪いけど、姉様に勲章を送らせてもらえないかしら。2つ」


 唐突な話でびっくりした。「……どうして?」


「基本的にはこちらの都合100%よ。国民に対して、あくまでも公平に賞罰を決めていると示したいの」


 なかなか清々すがすがしい返事だった。


「いま、国民の中ではトリニアス王家への不信感がかつてないほど高まっているわ。
 たぶん一番大きいのは兄様の産みの母親の件ね。
 でも、それに次ぐぐらい、少し前まで悪評を撒かれたアルヴィナ姉様を除いて理想の一家だと思われていた王家が内ゲバの巣窟だったと知った、そのショックがかなり大きそう」

「うんうん」


 そうね、少し前まで、悪評があるのは私だけだったものね。
 私だけが愛人の子ども……なんて噂が広がっていたし。


「その反動もあるんだけど……情報が錯綜したせいで、国民の一部が余計に煽ったところもあるみたい」

「煽った?」

「たとえばだけど、私の顔がすごく好きな国民がいるわけよ。
 でも、そんな風に一部に肩入れしてる人が、自分の支持する王子王女のためと思って、ライバルだと思った他を口汚く攻撃したり、不確かなことや、あることないこと広めたりする。
 で、そうやって他を下げた分、その人が支持する王子王女だけイメージが上がると思う?」

「……思わないわね」

「そう。そんな話聞いたら、周りの普通の人の中では、
『ああ、王家は互いにいがみあってるんだな』
『なんか嫌なところだなぁ』
って全体のイメージが下がるだけ。
 あるいは
『もう王家の話なんて聴きたくもない、王家ごとなくなればいいのに』
とかね」

「……けっこう分析してるのね」

「集めたわよ、国民の声を。かなりメンタルにきたけど。
 ……でも……国民の不満がそうだからといって、イルネア姉様やエルミナの悪事を隠蔽して仲良しこよし、王家はみんな正しいんです、無謬むびゅうなんですって顔するなんて、おかしいでしょう。
 国民から集めた税金を、あんな風に好き放題使われるままにしたら、国が破綻する。
 裁くものは正しく裁かないといけないわ。
 というか……そういう誤魔化ごまかしって、むしろ今後通用しなくなると思うの」

「なるほど。だから、『内ゲバ』じゃないって、今後はできるだけわかりやすく開示していくことにしたのね」


 私はうなずいた。


「悪いことをしたから王妃陛下、イルネア、エルミナは裁かれた。一方で功績があった私には勲章。
 王が私情で邪魔な人間を排除しているという疑いを持たれないため、公平に賞罰を決めているとわかりやすくして、国民に詳しく説明するのね。
 でもなぜ2つも?」

「国王の生命を維持して法改正までに間に合わせたことが1つ。トリニアスにいた頃の功績の大きさを判断して、というのが1つ。
 ただ、私の独断で決めたら不透明な決定に見えるから、一旦議会にかけるわ。
 授与することになったら式典を用意するし、新聞にも載せることになる。
 …………悪いけど、利用されてくれない?」

「そういうことなら良いわ、大丈夫」


 言いながら、多分ウィルヘルミナの意図はそれだけでもないのだろう、と、私は思った。たぶん、私の名誉のためだ。

 国民の間にまで浸透してしまった“淫魔王女”の汚名までは、今さら綺麗に晴れることはないだろうけど……それでも、少なくとも私がこの国でがんばってきたことを、彼女は評価してくれようとしているのだと思う。

 厚意からというよりは……罪悪感からかな。


 ダンテス兄様についてはどうするのか……少し気になったけど、ウィルヘルミナの中でも悩ましい問題だろう。

 公平に裁くなら……情状酌量の余地があるとはいえ、国王の命を奪い、他にも多くの人を殺そうとした兄様を、ウィルヘルミナは自分の決定で処刑しなければならなくなるのだから。


「…………姉様。ひとつ、聞いていい?」

「うん。なに?」

「私の王位簒奪……というか、戴冠を、正直どう思ってる?
 少なくとも本来、正統な王位継承者は姉様なのよ」


 それもまた、今さら?と言いたくなるような問いだった。


「本来は私が女王になるべき。そう言いたいの?」

「ううん、なるはずだった、かしら。
 わかってるのよ。今まさにめちゃくちゃ国民に嫌われて、人材不足で、さらに大国3つに狙われてるこの国の王なんて、誰が見ても世界で一番やりたくない仕事だわ。
 さすがにそんな仕事をやってとは言えない。
 ……ただ、だからって一切聞かないのも違うと思ったの」

「……そうね」


 私に聞く、というのが、彼女なりに考えた誠実な結論なのだろう。
 だから私も私なりに、隠すことなく正直に答えさせてもらおう。


「ただ、正統であることと、今トリニアス王国の王にふさわしい人間であるかどうかは、違うと思うのよ。
 私、この国に対して今も被害者意識というか複雑な感情を持っているわ。王女としてやれる限りのことをやってきた自負はあるし、国にいる頃は感覚が麻痺してたところもあるけど……やっぱりつらかったし、傷ついてた。
 一方でイーリアス様や、ベネディクト王国の人たちには救われたと思っている。
 もし今の私が王位についても、トリニアス王国にとって最善の王ではいられないと思うわ」


 それに、と、私は続ける。


「何より、私の夫はイーリアス様以外考えられないの。
 でも、この国の王家が、彼が彼らしく生きられる場だとは思えない。
 だからあなたがもし王位を譲ると言っても、私にはそれを受ける選択肢はないわ」

「……それで、いいの?」

「そういえば、あなた、私に借りがあると思うんだけど」


 言われて、ウィルヘルミナはしょっぱい顔をした。


「おかげでイーリアス様と結婚できたのだからまったく恨みも屈託もないけど、婚約破棄直後は結構傷ついたのよ。
 婚約者を奪ったこと少しでも悪いと思ってくれているなら……この世界一大変な仕事、私の代わりにがんばって」

「………………ったく」


 私に畳み掛けられて、ウィルヘルミナは、深くため息をつく。


「……………………ほんと、人の婚約者なんて、るもんじゃないわね」

「ほんとよ」


 私が思わず笑い出すと、ウィルヘルミナはふーっと重い息を吐き出して、
「…………ごめんなさい」
と言った。

「本当に、悪かったわ。姉様を傷つけるようなことをして、そして道理に反したことをして、ごめんなさい」

「遅いわよ」と言って、私はさらに笑った。


「用件はこれで終わり?」

「ああ、ごめん、最後にもう1つだけあるのよ」


 ウィルヘルミナは私に、ある書面を見せた。

 そこには、私にとって見覚えのある名前が並んでいる……思い出したくない名前が。


「……ウィルヘルミナ、これは?」

「そうね、王妃の残した負の遺産の尻拭い、って感じ。
 姉様の元侍女とか、いろんな人に話を聞いて、一応漏れなくリストアップしたつもりなんだけど……もし漏れがあったら言ってくれる?」

「……どうするの?」

「言ったでしょう。これからはもう誤魔化しが通用しなくなるって。
 だからこそ、きちんと悪いことは裁かれるというのを示さなきゃいけない。これはその1つ。
 ……姉様が明かしたくないなら、姉様の名前は出さないわ」


 このトリニアス王城で起きたいろいろなことが、頭の中に渦巻いた。
 子どもの頃からの嫌な記憶がたくさんある。個人的な感情で言えば、ずっと封印していたいものではある。
 だけど……そうね。これを認めるのが、トリニアス王国の王女として最後にできることかもしれない。


「いいわ。私の名前を出して、思い切りやって」


   ◇ ◇ ◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜
恋愛
平民だけれど裕福な家庭で育ったシャンディアナ・フォルト(通称シャンティ)は、あり得ないことに結婚式当日に花婿に逃げられてしまった。 それだけでも青天の霹靂なのだが、今度はイケメン軍人(ギルフォード・ディラス)に連れ去られ……偽装夫婦を演じる羽目になってしまったのだ。 信じられないことに、彼もまた結婚式当日に花嫁に逃げられてしまったということで。 少しの同情と、かなりの脅迫から始まったこの偽装結婚の日々は、思っていたような淡々とした日々ではなく、ドタバタとドキドキの連続。 そしてシャンティの心の中にはある想いが芽生えて……。 ※★があるお話は主人公以外の視点でのお話となります。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

不要なモノを全て切り捨てた節約令嬢は、冷徹宰相に溺愛される~NTRもモラハラいりません~

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
 皆様のお陰で、ホットランク一位を獲得しましたーーーーー。御礼申し上げます。  我が家はいつでも妹が中心に回っていた。ふわふわブロンドの髪に、青い瞳。まるでお人形さんのような妹シーラを溺愛する両親。  ブラウンの髪に緑の瞳で、特に平凡で地味な私。両親はいつでも妹優先であり、そして妹はなぜか私のものばかりを欲しがった。  大好きだった人形。誕生日に買ってもらったアクセサリー。そして今度は私の婚約者。  幼い頃より家との繋がりで婚約していたアレン様を妹が寝取り、私との結婚を次の秋に控えていたのにも関わらず、アレン様の子を身ごもった。  勝ち誇ったようなシーラは、いつものように婚約者を譲るように迫る。  事態が事態だけに、アレン様の両親も婚約者の差し替えにすぐ同意。  ただ妹たちは知らない。アレン様がご自身の領地運営管理を全て私に任せていたことを。  そしてその領地が私が運営し、ギリギリもっていただけで破綻寸前だったことも。  そう。彼の持つ資産も、その性格も全てにおいて不良債権でしかなかった。  今更いらないと言われても、モラハラ不良債権なんてお断りいたします♡  さぁ、自由自適な生活を領地でこっそり行うぞーと思っていたのに、なぜか冷徹と呼ばれる幼馴染の宰相に婚約を申し込まれて? あれ、私の計画はどうなるの…… ※この物語はフィクションであり、ご都合主義な部分もあるかもしれません。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...