79 / 90
79、王女は母にさよならを言う
しおりを挟む声がした瞬間、イーリアス様が私の背後を覆うように立った。
船の方から二筋の赤い光が走り、イーリアス様の顔と胸に血飛沫が舞う。
「イーリアス様!!」
「殿下! 後ろに!!」
攻撃を受けてなお、私をかばう位置で立ち続けるイーリアス様の身体越しに見たのは、恐ろしい形相でこちらを睨みつける母……王妃だった。
私の知らない攻撃魔法だ。母の母国サクソナの魔法だろうか??
船からは一瞬遅れてのざわめきと
「ちょっと!なんでっ……」
というウィルヘルミナの声。わらわらと船から人がでてくる。
(これは……〈治癒魔法〉を受けた瞬間に、〈封印魔法〉を自力で解いた?)
前にイーリアス様が自力で拘束魔法を解いたように。
「アル、ヴィナッ!! アルヴィナァァッ!!
全部、全部あなたのせいよッ!!
あなたさえ、あなたさえいなければあっ!!」
病人用の寝間着を着せられた母は、毒におかされた身体を引きずるように歩きながら、なおも攻撃魔法を撃つ。
アイギス様は帰国していたので、対抗できる戦力の人がイーリアス様以外いまはいない。
周囲の人が近づけない…!
「イーリアス様っ…!」
私の楯になって、一切避けることなく攻撃魔法を身体で受け続けていたイーリアス様は、手が届く距離に母が入った瞬間、動いた。
「────!!??」
軍服の上着を脱ぎざま母の両手を拘束、そのまま血塗れの上着で彼女の上半身を包み込み両袖を縛り上げる。
あっという間に母は動けなくなって地面に転がった。
「イーリアス様、お怪我がっ」
「軽傷です。何も問題ありません、殿下」
血がイーリアス様の衣服を真っ赤に染めている。
とても軽傷の出血量に見えないけれど、怪我の深さはどうなのか。
芋虫のようにのたうちながら、母は地面から私を睨む。
「…………わたくしは、がんばったのよッ!
わたくしのお腹から、男を産もうと!!
あなたが、あなたが男に産まれてさえいればぁッ!!!
どうしてよ!! どうしてなのッ!!」
────ずっと浴びせられてきた母からの呪いの言葉。
この期に及んで、ダンテス兄様がしたこととは関係ないはずの私の性別を呪って母が叫んでいる。
もしかしたら母のなかで、母なりの理由はあるのかも知れないけれど。
(母は、私を憎みながら執着していたのかもしれない)
と、唐突に思った。
私のかわりにダンテス兄様を溺愛していた。
だけど結局、自分が産んだ子は兄様じゃなく私だという事実に囚われていたんじゃないだろうか。
母のなかでは懸命に男を産もうとしたのに産めなかった自分が被害者で、国の期待を裏切って女に産まれてきた私が加害者。
私に苦しめられているという認識で、私に囚われていた。
だから、ことあるごとに少しでも私を苦しめて、彼女のなかでのつじつまを合わせたかったんじゃないだろうか。
連れ戻そうとしたのも、もしかしたら私が自分の知らないところで幸せになる(かもしれない)のが許せず、手元で苦しめ続けたかったのでは。
「…………王妃陛下。いえ、お母様」
母への愛情が欠片もなくなっていて良かった。
遠慮なく断ちきることができる。
「王女たる私の母なら、なぜそんな醜い感情に振り回され続けたのですか。トリニアス王国王妃ともあろうお人が」
「ア、アルヴィナッ!!」
「そんなご自分でもどうにもできない憎しみなど私の治癒魔法でも治せません。
女だとか男だとか関係なく、私は私で幸せになります。愛する人を幸せにします。
二度と、私と、私の愛する人の前に姿を現さないでください。
さようなら、お母様」
悔しげに、顔を歪め、母は一瞬、陸に打ち上がった魚のように跳ねた。
私のスカートの裾にギリギリ届いた母は、王妃とも思えない行動に出る────私のスカートの裾に、噛みついたのだ。
…………あ、と思う間もなく〈誓約魔法〉が発動する。
「グフッ!!!」
砲弾のような見えない鉄拳に突き上げられ、母の身体が宙に浮き、さらに
「アッ! グハゥッ!!」
私にも誰にも止めようがなく、まるで糸が絡まった操り人形のように、その身体が宙を跳ね回る。
「オガァッ!!」
「アガァッ!!」
「ィイァァァッ!!」
「ゲハアッ!!」
……空中で見えない拳を、何発も何発も顔とお腹に受け、そのたびに言葉にならない声をあげた。
女性にもかかわらず発動している〈誓約魔法〉の効果が元婚約者の時よりも遥かに重いのは、殺意の有無とかそういう理由だろうか?
最後に地面に背中から叩き落とされ、母は目を剥いたまま動けなくなった。
その叩きつけられた蛙のような姿は、到底王妃とは思えないものだった。
うめきながら、ビクッ、ビクッと時折身体を跳ねさせる。
「…………何…………これ?」
船から出てきたウィルヘルミナが、何が起きたのかわからず目を丸くする。
「…………すまん。急ぎでかけた〈封印魔法〉が甘かったらしい」
大して動じもしていないダンテス兄様が言う。
「…………新女王が誕生した今となっては、現王妃の魔力は死にかけとはいえ邪魔だろう。
あとでもう、死ぬまで二度と解けないように〈封印魔法〉をかけ直させてくれ。
それから俺が投与した毒は、日に日に魔力を減らし続ける効果もある。成分がわかっても解毒はしないことを勧める」
────兄様の一言に、新体制の面々が息を呑んでうなずき。
私はどうにか回復した魔力でイーリアス様の傷口に〈治癒魔法〉をかけながら、これから先訪れる母の運命に、ほんの少し、爪の先ほどだけ同情した。
◇ ◇ ◇
2
お気に入りに追加
1,503
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
不要なモノを全て切り捨てた節約令嬢は、冷徹宰相に溺愛される~NTRもモラハラいりません~
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
皆様のお陰で、ホットランク一位を獲得しましたーーーーー。御礼申し上げます。
我が家はいつでも妹が中心に回っていた。ふわふわブロンドの髪に、青い瞳。まるでお人形さんのような妹シーラを溺愛する両親。
ブラウンの髪に緑の瞳で、特に平凡で地味な私。両親はいつでも妹優先であり、そして妹はなぜか私のものばかりを欲しがった。
大好きだった人形。誕生日に買ってもらったアクセサリー。そして今度は私の婚約者。
幼い頃より家との繋がりで婚約していたアレン様を妹が寝取り、私との結婚を次の秋に控えていたのにも関わらず、アレン様の子を身ごもった。
勝ち誇ったようなシーラは、いつものように婚約者を譲るように迫る。
事態が事態だけに、アレン様の両親も婚約者の差し替えにすぐ同意。
ただ妹たちは知らない。アレン様がご自身の領地運営管理を全て私に任せていたことを。
そしてその領地が私が運営し、ギリギリもっていただけで破綻寸前だったことも。
そう。彼の持つ資産も、その性格も全てにおいて不良債権でしかなかった。
今更いらないと言われても、モラハラ不良債権なんてお断りいたします♡
さぁ、自由自適な生活を領地でこっそり行うぞーと思っていたのに、なぜか冷徹と呼ばれる幼馴染の宰相に婚約を申し込まれて? あれ、私の計画はどうなるの……
※この物語はフィクションであり、ご都合主義な部分もあるかもしれません。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる