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79、王女は母にさよならを言う

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 声がした瞬間、イーリアス様が私の背後を覆うように立った。
 船の方から二筋の赤い光が走り、イーリアス様の顔と胸に血飛沫が舞う。


「イーリアス様!!」
「殿下! 後ろに!!」


 攻撃を受けてなお、私をかばう位置で立ち続けるイーリアス様の身体越しに見たのは、恐ろしい形相でこちらを睨みつける母……王妃だった。

 私の知らない攻撃魔法だ。母の母国サクソナの魔法だろうか??


 船からは一瞬遅れてのざわめきと
「ちょっと!なんでっ……」
というウィルヘルミナの声。わらわらと船から人がでてくる。


(これは……〈治癒魔法〉を受けた瞬間に、〈封印魔法〉を自力で解いた?)


 前にイーリアス様が自力で拘束魔法を解いたように。


「アル、ヴィナッ!! アルヴィナァァッ!!
 全部、全部あなたのせいよッ!!
 あなたさえ、あなたさえいなければあっ!!」


 病人用の寝間着を着せられた母は、毒におかされた身体を引きずるように歩きながら、なおも攻撃魔法を撃つ。
 アイギス様は帰国していたので、対抗できる戦力の人がイーリアス様以外いまはいない。
 周囲の人が近づけない…!


「イーリアス様っ…!」


 私の楯になって、一切避けることなく攻撃魔法を身体で受け続けていたイーリアス様は、手が届く距離に母が入った瞬間、動いた。


「────!!??」


 軍服の上着を脱ぎざま母の両手を拘束、そのまま血塗れの上着で彼女の上半身を包み込み両袖を縛り上げる。
 あっという間に母は動けなくなって地面に転がった。


「イーリアス様、お怪我がっ」

「軽傷です。何も問題ありません、殿下」


 血がイーリアス様の衣服を真っ赤に染めている。
 とても軽傷の出血量に見えないけれど、怪我の深さはどうなのか。

 芋虫のようにのたうちながら、母は地面から私を睨む。


「…………わたくしは、がんばったのよッ!
 わたくしのお腹から、男を産もうと!!
 あなたが、あなたが男に産まれてさえいればぁッ!!!
 どうしてよ!! どうしてなのッ!!」


 ────ずっと浴びせられてきた母からの呪いの言葉。
 この期に及んで、ダンテス兄様がしたこととは関係ないはずの私の性別を呪って母が叫んでいる。
 もしかしたら母のなかで、母なりの理由はあるのかも知れないけれど。


(母は、私を憎みながら執着していたのかもしれない)

と、唐突に思った。


 私のかわりにダンテス兄様を溺愛していた。
 だけど結局、自分が産んだ子は兄様じゃなく私だという事実に囚われていたんじゃないだろうか。

 母のなかでは懸命に男を産もうとしたのに産めなかった自分が被害者で、国の期待を裏切って女に産まれてきた私が加害者。
 私に苦しめられているという認識で、私に囚われていた。
 だから、ことあるごとに少しでも私を苦しめて、彼女のなかでのつじつまを合わせたかったんじゃないだろうか。

 連れ戻そうとしたのも、もしかしたら私が自分の知らないところで幸せになる(かもしれない)のが許せず、手元で苦しめ続けたかったのでは。


「…………王妃陛下。いえ、お母様」


 母への愛情が欠片もなくなっていて良かった。
 遠慮なく断ちきることができる。


「王女たる私の母なら、なぜそんな醜い感情に振り回され続けたのですか。トリニアス王国王妃ともあろうお人が」

「ア、アルヴィナッ!!」

「そんなご自分でもどうにもできない憎しみなど私の治癒魔法でも治せません。
 女だとか男だとか関係なく、私は私で幸せになります。愛する人を幸せにします。
 二度と、私と、私の愛する人の前に姿を現さないでください。
 さようなら、お母様」


 悔しげに、顔を歪め、母は一瞬、陸に打ち上がった魚のように跳ねた。
 私のスカートの裾にギリギリ届いた母は、王妃とも思えない行動に出る────私のスカートの裾に、噛みついたのだ。


 …………あ、と思う間もなく〈誓約魔法〉が発動する。


「グフッ!!!」


 砲弾のような見えない鉄拳に突き上げられ、母の身体が宙に浮き、さらに


「アッ! グハゥッ!!」


私にも誰にも止めようがなく、まるで糸が絡まった操り人形のように、その身体が宙を跳ね回る。


「オガァッ!!」
「アガァッ!!」
「ィイァァァッ!!」
「ゲハアッ!!」


 ……空中で見えない拳を、何発も何発も顔とお腹に受け、そのたびに言葉にならない声をあげた。

 女性にもかかわらず発動している〈誓約魔法〉の効果が元婚約者の時よりも遥かに重いのは、殺意の有無とかそういう理由だろうか?

 最後に地面に背中から叩き落とされ、母は目を剥いたまま動けなくなった。

 その叩きつけられた蛙のような姿は、到底王妃とは思えないものだった。

 うめきながら、ビクッ、ビクッと時折身体を跳ねさせる。


「…………何…………これ?」


 船から出てきたウィルヘルミナが、何が起きたのかわからず目を丸くする。


「…………すまん。急ぎでかけた〈封印魔法〉が甘かったらしい」


 大して動じもしていないダンテス兄様が言う。


「…………新女王が誕生した今となっては、現王妃の魔力は死にかけとはいえ邪魔だろう。
 あとでもう、死ぬまで二度と解けないように〈封印魔法〉をかけ直させてくれ。
 それから俺が投与した毒は、日に日に魔力を減らし続ける効果もある。成分がわかっても解毒はしないことを勧める」


 ────兄様の一言に、新体制の面々が息を呑んでうなずき。

 私はどうにか回復した魔力でイーリアス様の傷口に〈治癒魔法〉をかけながら、これから先訪れる母の運命に、ほんの少し、爪の先ほどだけ同情した。


   ◇ ◇ ◇
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