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41、王女は夜会に挑む
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◇ ◇ ◇
────夜。
イーリアス様に連れられ、その腕に私は手を回して、ホメロス公爵邸に入った。
(……近い、わ)
イーリアス様が差し出す肘を手に取ると、やはりとても近い。
胸が当たってしまうけれど、日々少しずつイーリアス様の身体に触れる練習をしてきたおかげだろうか、今のところ具合などは悪くなっていない。
身体が温かい。
こそばゆくて、恥ずかしくて。
でも、存在をより近くに感じられる。
(……大丈夫、イーリアス様は私をいやらしいなんて思わないわ)
そう自分に言い聞かせる。
「こんばんは、王女殿下。ようこそいらっしゃいました」
ホメロス宰相閣下とご夫人に、私たちは出迎えられた。
宰相閣下は今日もそつなくにこやかだ。
「お招きくださり、ありがとうございます。今夜はどうぞよろしくお願い申し上げます」
「お楽しみいただけると幸いです」
深呼吸して緊張を抑えながら、私も笑顔で、宰相夫妻の案内に続いた。
────まず通されたのは、荘厳な雰囲気の大食堂。
晩餐は、汽車の中で振る舞われたものに負けず劣らず美味しくて、私はイーリアス様とお話ししながら舌鼓を打った。
デザートにはお祝いのケーキがつけられた。
晩餐のあと通されたのは、まばゆいほど絢爛豪華な大広間。壁に沿ってテーブルが並び、たくさんの種類の高級酒が用意されている。
主賓だからだろうか、大広間に入るなり私たちは次々に来客たちに話しかけられ、結婚祝いの言葉をかけられた。
私が異国の王女という立場のせいか、だいたい会話は当たり障りのない内容ばかり。
ただ、周囲で話している人を見ては、自分のことを言われてるんじゃないかと、ひりついた気持ちになってしまう。
そんなことはないだろう、と思っても、もしかして1人ぐらいトリニアスから流れてきた悪評を耳にした人がいるんじゃないか?って。
そうしているうちに大広間に楽団が入ってきて、私は息を洩らした。
私たちが主賓だから、あれを最初にしなければいけない─────ダンスを。身体的接触が多すぎる行為を。
「殿下。ご無理はなさらぬよう」
「……はい。何とか」
返事をして、深呼吸。
否応なく男性と身体を接触させなければならないダンスは、私にとってとても苦痛で、1曲通しで踊ると一気に体調が悪くなる(トリニアスでは誰も信じてくれなかったけど)。
極力避けていたけれど、断れない相手と無理して踊って、倒れてしまったことさえある。
「つらそうでしたらその時点で止めますので」
「……はい。やってみます」
だけど、イーリアス様との接触は、少しずつ慣れてきている。
トリニアス王国にいたときと違って、いまは良く眠れているし、栄養状態だってずっと良い。体力も回復しているはず。
相手がイーリアス様だけなら、きっと……何とかなるんじゃないかなと思う。
高いヒールの靴を履いても身長差がありすぎる私たちは、ちょっと苦労して、手を組んだ。
(……今夜はイーリアス様とだけ踊ればいいのよ。心を無にして)
身体がすごく近いから、いつにもまして体温や感触が気になるけれど。
身長差がありすぎるせいで顔がよく見えないから、それは逆によかったのかも。
ゆったりと音楽の演奏が始まり、メロディーに乗るように動き出す。
(あら?)
身体がひどく軽い。
ずっと多忙で夜会にはほとんど出なかったから、ダンスに関してはブランクがあるはずなのに。
妙にスムーズにステップが踏める。
何だか急にダンスが上手くなったような?
しばらく踊ってから、イーリアス様のリードがとても上手いせいだと、ようやく気づいた。
それだけ、さりげなかったのだ。
(まるで羽でも生えたみたいだわ)
優しいリードに、足や身体が自然に動く。
ターンでふわりとスカートが広がると心が踊る。
そういえば、子どものころは、侍女と一緒にダンスの練習をするのが楽しかったっけ……。
もともと、身体を動かすのは大好きだったから。
なんだかその頃の自分を思い出してる。
(楽しい……すごく楽しいわ)
息を弾ませ、時間も忘れ、いつも足枷になってきた邪魔な胸の存在も忘れて、私は夢中で踊った。
気がついたら曲は終わりを迎え、私はずっと踊っていたいような名残惜しい気持ちでダンスを終える。
イーリアス様と再び腕を組む。
つらさの欠片もない、体調も悪くなってない、むしろすごく心が満たされた幸せな気分だった。
ダンスをして、こんな気持ちになれるなんて……!
「ありがとうございます。
イーリアス様、すごくお上手なのですね。
とても踊りやすくて、素晴らしく楽しいダンスでした」
私はささやく。
「……っ、そこまででもありませんが」
と、彼は少しそっけないような返事。
そんなことないのに。
本当に、私にとっては今までの人生で一番のダンスだったのに。
イーリアス様は周りを見回した。
踊っていない人は皆、シャンパンなど飲み物を手にしている。
「殿下。何か、飲まれますか?」
「ああ、いえ……できれば夜会では控えます」
さすが、宰相閣下主催の夜会。
並んでいるお酒の瓶も極上のものばかり。
シャンパンやワインにものすごく心惹かれたのだけど……それでも婚約の経緯が経緯だ。
あんまり何度も夜会で醜態をさらすと、さすがにイーリアス様にもあきれられてしまうかもしれないし。
次の曲が流れる間、私はイーリアス様に招待客のことについて教えてもらっていた。
「イーリアス様、踊ってくださらないの?」
顔見知りらしい女性が何人もそうダンスに誘ってくる。
その都度イーリアス様は
「今夜はご遠慮させていただきたい。結婚直後ですので」
とバッサリ断る。
彼は、私が夜会で嫌な思いをしてきたことを誰よりわかってくれているから、私から離れないようにしてくれている。心強いし、ありがたい。
でもその一方で私には、
(夜会に来ている人の中で、友達になってくれる人がいないかしら?)
という思いもあった。
もう少し……主に女性と話してみたい気持ちがある。
「イーリアス様、あちらの皆様に話しかけても良いでしょうか?」
「問題ありません」
私たちはまだお話ししていない男女の集団のもとへ移動した。
────けれど、近づくと、当てが外れたような気持ちになってしまった。
会話の中心になっているのは……かなり胸元をグッと目だたせたセクシーなドレスを着こなした女性。
そして、彼女を崇拝者のごとく熱い眼差しで見つめる男性と、パートナーを警戒の目で見る女性たちが群がっている。
男性たちは熱っぽく口説くような台詞をその女性に向けていて────これは、私の苦手な空気だ。
「……あら?」その中心になっている女性は、私たちの姿を認め、微笑んだ。
どちらかというとやや小柄な私と違い、背が高めでグラマラスな身体。
大きな胸を、おそらく意識的に目だたせたドレス。
そして目を奪われる美貌。
一瞬、イーリアス様とすごくお似合いに見えてしまった。
「ご無沙汰をしております、先輩」
軍隊の目上の人に挨拶でもするような口調でイーリアス様が話しかける。
「久しぶりね、イーリアス。
私のような爪弾き者は端で大人しくしていようとしていたのだけど、もしかして王女殿下をご紹介くださるのかしら?」
(…………よ、呼び捨てっ!?)
かなり、親しい?
これは、もしかして…………。
(この女性が、イーリアス様の元恋人……だったりする??)
────夜。
イーリアス様に連れられ、その腕に私は手を回して、ホメロス公爵邸に入った。
(……近い、わ)
イーリアス様が差し出す肘を手に取ると、やはりとても近い。
胸が当たってしまうけれど、日々少しずつイーリアス様の身体に触れる練習をしてきたおかげだろうか、今のところ具合などは悪くなっていない。
身体が温かい。
こそばゆくて、恥ずかしくて。
でも、存在をより近くに感じられる。
(……大丈夫、イーリアス様は私をいやらしいなんて思わないわ)
そう自分に言い聞かせる。
「こんばんは、王女殿下。ようこそいらっしゃいました」
ホメロス宰相閣下とご夫人に、私たちは出迎えられた。
宰相閣下は今日もそつなくにこやかだ。
「お招きくださり、ありがとうございます。今夜はどうぞよろしくお願い申し上げます」
「お楽しみいただけると幸いです」
深呼吸して緊張を抑えながら、私も笑顔で、宰相夫妻の案内に続いた。
────まず通されたのは、荘厳な雰囲気の大食堂。
晩餐は、汽車の中で振る舞われたものに負けず劣らず美味しくて、私はイーリアス様とお話ししながら舌鼓を打った。
デザートにはお祝いのケーキがつけられた。
晩餐のあと通されたのは、まばゆいほど絢爛豪華な大広間。壁に沿ってテーブルが並び、たくさんの種類の高級酒が用意されている。
主賓だからだろうか、大広間に入るなり私たちは次々に来客たちに話しかけられ、結婚祝いの言葉をかけられた。
私が異国の王女という立場のせいか、だいたい会話は当たり障りのない内容ばかり。
ただ、周囲で話している人を見ては、自分のことを言われてるんじゃないかと、ひりついた気持ちになってしまう。
そんなことはないだろう、と思っても、もしかして1人ぐらいトリニアスから流れてきた悪評を耳にした人がいるんじゃないか?って。
そうしているうちに大広間に楽団が入ってきて、私は息を洩らした。
私たちが主賓だから、あれを最初にしなければいけない─────ダンスを。身体的接触が多すぎる行為を。
「殿下。ご無理はなさらぬよう」
「……はい。何とか」
返事をして、深呼吸。
否応なく男性と身体を接触させなければならないダンスは、私にとってとても苦痛で、1曲通しで踊ると一気に体調が悪くなる(トリニアスでは誰も信じてくれなかったけど)。
極力避けていたけれど、断れない相手と無理して踊って、倒れてしまったことさえある。
「つらそうでしたらその時点で止めますので」
「……はい。やってみます」
だけど、イーリアス様との接触は、少しずつ慣れてきている。
トリニアス王国にいたときと違って、いまは良く眠れているし、栄養状態だってずっと良い。体力も回復しているはず。
相手がイーリアス様だけなら、きっと……何とかなるんじゃないかなと思う。
高いヒールの靴を履いても身長差がありすぎる私たちは、ちょっと苦労して、手を組んだ。
(……今夜はイーリアス様とだけ踊ればいいのよ。心を無にして)
身体がすごく近いから、いつにもまして体温や感触が気になるけれど。
身長差がありすぎるせいで顔がよく見えないから、それは逆によかったのかも。
ゆったりと音楽の演奏が始まり、メロディーに乗るように動き出す。
(あら?)
身体がひどく軽い。
ずっと多忙で夜会にはほとんど出なかったから、ダンスに関してはブランクがあるはずなのに。
妙にスムーズにステップが踏める。
何だか急にダンスが上手くなったような?
しばらく踊ってから、イーリアス様のリードがとても上手いせいだと、ようやく気づいた。
それだけ、さりげなかったのだ。
(まるで羽でも生えたみたいだわ)
優しいリードに、足や身体が自然に動く。
ターンでふわりとスカートが広がると心が踊る。
そういえば、子どものころは、侍女と一緒にダンスの練習をするのが楽しかったっけ……。
もともと、身体を動かすのは大好きだったから。
なんだかその頃の自分を思い出してる。
(楽しい……すごく楽しいわ)
息を弾ませ、時間も忘れ、いつも足枷になってきた邪魔な胸の存在も忘れて、私は夢中で踊った。
気がついたら曲は終わりを迎え、私はずっと踊っていたいような名残惜しい気持ちでダンスを終える。
イーリアス様と再び腕を組む。
つらさの欠片もない、体調も悪くなってない、むしろすごく心が満たされた幸せな気分だった。
ダンスをして、こんな気持ちになれるなんて……!
「ありがとうございます。
イーリアス様、すごくお上手なのですね。
とても踊りやすくて、素晴らしく楽しいダンスでした」
私はささやく。
「……っ、そこまででもありませんが」
と、彼は少しそっけないような返事。
そんなことないのに。
本当に、私にとっては今までの人生で一番のダンスだったのに。
イーリアス様は周りを見回した。
踊っていない人は皆、シャンパンなど飲み物を手にしている。
「殿下。何か、飲まれますか?」
「ああ、いえ……できれば夜会では控えます」
さすが、宰相閣下主催の夜会。
並んでいるお酒の瓶も極上のものばかり。
シャンパンやワインにものすごく心惹かれたのだけど……それでも婚約の経緯が経緯だ。
あんまり何度も夜会で醜態をさらすと、さすがにイーリアス様にもあきれられてしまうかもしれないし。
次の曲が流れる間、私はイーリアス様に招待客のことについて教えてもらっていた。
「イーリアス様、踊ってくださらないの?」
顔見知りらしい女性が何人もそうダンスに誘ってくる。
その都度イーリアス様は
「今夜はご遠慮させていただきたい。結婚直後ですので」
とバッサリ断る。
彼は、私が夜会で嫌な思いをしてきたことを誰よりわかってくれているから、私から離れないようにしてくれている。心強いし、ありがたい。
でもその一方で私には、
(夜会に来ている人の中で、友達になってくれる人がいないかしら?)
という思いもあった。
もう少し……主に女性と話してみたい気持ちがある。
「イーリアス様、あちらの皆様に話しかけても良いでしょうか?」
「問題ありません」
私たちはまだお話ししていない男女の集団のもとへ移動した。
────けれど、近づくと、当てが外れたような気持ちになってしまった。
会話の中心になっているのは……かなり胸元をグッと目だたせたセクシーなドレスを着こなした女性。
そして、彼女を崇拝者のごとく熱い眼差しで見つめる男性と、パートナーを警戒の目で見る女性たちが群がっている。
男性たちは熱っぽく口説くような台詞をその女性に向けていて────これは、私の苦手な空気だ。
「……あら?」その中心になっている女性は、私たちの姿を認め、微笑んだ。
どちらかというとやや小柄な私と違い、背が高めでグラマラスな身体。
大きな胸を、おそらく意識的に目だたせたドレス。
そして目を奪われる美貌。
一瞬、イーリアス様とすごくお似合いに見えてしまった。
「ご無沙汰をしております、先輩」
軍隊の目上の人に挨拶でもするような口調でイーリアス様が話しかける。
「久しぶりね、イーリアス。
私のような爪弾き者は端で大人しくしていようとしていたのだけど、もしかして王女殿下をご紹介くださるのかしら?」
(…………よ、呼び捨てっ!?)
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