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5、王女は任務を課せられる

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   ◇ ◇ ◇

 我が子にほとんど関心のない父……国王陛下から呼び出されることはめったにない。
 まれに呼び出されるときはお叱りか、クロノス王太子殿下にハニートラップを仕掛けろとか、そういう話ばかり。
 誉められたことも、抱き締められた記憶もない。

 だから、きっと何か嫌な話なのだろうと思っていた……が、


「でかしたぞ、アルヴィナ。ベネディクト軍の将軍をつかまえるとは。
 この好機を逃さず、ベネディクト王国に入り、王太子クロノスに近づいてその身体で篭絡ろうらくせよ」


 ────やっぱり嫌な話だった。


「恐れながら国王陛下。
 わたくし、これよりホメロス将軍とするのですが」

「やはりそなたに抜けられると実務的に困るのでな。
 そなたの元婚約者がウィルヘルミナに変えたいと申し出てきた時、これ幸いと婚約解消したが……。
 それでも今回の千載一遇の好機には替えがたい」


 国王陛下のずれた返答。
 話を聞いてないのか、あえて無視をしているのか。


「ですから、わたくし、結婚を」

「王妃とならずとも良い。
 将来の王の意志決定を左右できる愛人となるのだ」


(──────無理!!!)


 そもそも男の人が恐いのに、夫でもない人を誘惑しろと? どうやって??


「……恐れながら国王陛下。
 申し訳ございませんが、それは不可能です」

「ああ、ホメロス将軍の目を欺くのが難しいということだな?」

「いえ、それもございますが」

「確かに警戒はしているであろうな
 海千山千の腹黒宰相の孫であり、将軍ともあろう者。
 敵国の王女を妻にしようというのだ。
 それだけの利を狙ってのことだろうからな」

「……………………」


 思わず、言葉に詰まる。

 それは、そうだ。
 イーリアス様だって私が王女でなければ、会ったばかりの悪評だらけの、しかも酔っ払った女に求婚なんてしなかっただろう。


「結婚後、折を見て必要な人員を送り、王太子クロノスと近づける画策をさせよう。
 良いか、そなたは妻である前にトリニアスの王女なのだ。
 その身体は、この時のために神が授けたもの。
 王女として、身をもって祖国に尽くすがよい」


 ……だけど。
 たとえ利用しようとしているのだとしても、私を身体でしか見ない父や兄や祖国より、ずっとイーリアス様の方がいいと思えてしまう。


 それでも国に身も心もすべて捧げることのできない私は、王女失格なのだろうか?


「良いな、アルヴィナ。
 絶対に篭絡するのだぞ。では下がれ」


 命令だけ下して、私の返事を聞く気のない国王陛下は私を部屋から追い出した。


 廊下で、胸を見下ろし、ため息をつく。

 結婚相手でもない男性を誘惑しろ?
 ……想像しただけでゾッとして、頭がおかしくなりそう。

 ────それを私に命じたのが実の父親だという事実に、涙が出そう。


「王女殿下」


 声をかけられ、顔を上げる。
 イーリアス様が廊下で私を迎えるように待っていた。


「お話は終わりましたか」

「……はい。ベネディクト王国に嫁ぐに当たっての心得のようなお話でしたわ」

「お顔色がよろしくないようですが」

「少し、厳しいお話も多かったものですから」


 歩きながら思う。
 本当に残念。もしも私がこの方と同じ国の一貴族令嬢で、なんのしがらみもなく夜会でお会いしたなら、普通に好感を抱いたはず。
 ただ、もしそうだったらこの方は私になど求婚してはいなかったかもしれないけれど……。


(いえ、その場合は他の男性と同じように、私のことを胸でしか見なかったかしら)


 もしもイーリアス様までそうだったら、嫌だな……。


「王女殿下」

「はい」

「もし何か、困っていることがあれば、相談していただけますか」

「は……い、いえ! 困っていることなど、ありませんよ?」


 危ない!
 反射的に『はい』って言いかけた!

 もし彼がいまの会話に〈誓約魔法〉をかけていたら『困っていること』をすべて彼に言わなければならなくなるところだった。


(─────いや、さすがにそんな高度な魔法を無詠唱で使うのは無理なのかな?)


 だけど、彼は和平条約に関して、トリニアス側にまったく気づかれずに〈誓約魔法〉をかけられたわけだし。


「心配なさらないでください。
 本当に大丈夫ですから」


 そう言って、私は無理矢理ほほえみ、誤魔化した。


   ◇ ◇ ◇


 書面ができ次第、私は急ピッチで仕事を引き継いだ。
 仕事の引き継ぎ先は、23歳の第1王子と、第2王女から第4王女の、成人(我が国では16歳)している兄妹4人だ。
 加えて、重臣たちにもそのサポートを依頼する。


 その中で、私のことを嫌ったり軽視したりしていた重臣の何人かが、

「アルヴィナ殿下……ここまでお一人でたくさんのお仕事をなさっていたのですな……」

と、軽く絶句していた(それもうちょっと早く気づいてほしかったんですけど)。


 国を動かすためには誰かがやらねばならない、必要な仕事。
 兄も重臣たちも、引き継ぐ上で特に不満は言わなかった。

 第2王女と第4王女は、仕事が増えるのを嫌がって逃げようとするので、
「国王陛下の指示です」
と強調して、どうにか教え込んだ。

 妹たちの中で意外と一番大丈夫そうだったのは、第3王女、私の元婚約者と婚約したウィルヘルミナだった。
 ある程度独学で勉強していたらしい。
 ちなみに私の結婚を受けて、彼女の結婚は1年先に延びたそうだ。

 ウィルヘルミナは万人の目を引く美少女だ。
 殿方からは引く手あまた。
 なのに、なぜわざわざ私の婚約者を奪ったのか?

 理由は聞かなかったけど、一応心配だったので
「自分の意思だったの?」
と聞いてみた。


「……べつに、押し付けられたとかじゃないわ。
 全部私の意思」
だそうだ。

 ウィルヘルミナに対して思うところはあった。
 だけど、イーリアス様の登場により、私の中で元婚約者に対する感情はほぼ0に等しくなっていたので、


「あなたが嫌がってるのに押し付けられたということじゃないのなら、いいわ」


と返すと、なぜか黙ってうつむいていた。


   ◇ ◇ ◇


 一連の引き継ぎが終わり、私の荷物も整い。
 ベネディクト王国へと出発する日がやってきた。


「国王陛下へのご挨拶は終えたので、あとは王妃陛下へのご挨拶ですね」

「そう……ですね」


 私を産んだ母親。
 そして私を一番憎んでいる人。


「お部屋に向かいましょうか」

「いえ、あの……王妃陛下には、私1人でご挨拶してもよろしいでしょうか?」

「かまいませんが……よろしいのですか?」

「……はい」

「お部屋の前までお送りして問題ありませんか」

「ええ」


 王妃陛下は、私の結婚相手のことなど関心はないだろう。
 同席してイーリアス様まで嫌な思いをすることはない。

 ────そうして。


「失礼いたします」


 その日私は数年ぶりに、王妃陛下の部屋に入った。
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