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大移動、決行します!

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私は、さらに領地の人たちに口伝えの伝令を出しました。
「今がチャンスです。教会も王都からもお目付けがなくなった今しかできません。新領地で頑張りませんか。決行は2日後夜中」

誰にも見られないように真夜中に出発する予定です。
「さあ、準備しましょう」
基本的なものはすでにマジックポケットに入っているので、私の分は補充すればいいはずです。あとは、町の人たちに提供する食料、飲み物、薬などですね。
ブラウンと私はトラウデンの町を数回往復して、大量にマジックポケットに収納しました。

町の人たちを連れて、できたら、歩いてでなく、ぱっと姿を消したいところです。空間切り裂き魔法で、集落まで行くという手もありますが……、迷うところです。

それよりも、いっそのこと、空間移動用の扉を作ってしまうというのもいいかもしれません。

幸い、新領地もトラウデンも私の記憶にありますから、設置はできるはずです。空間移動扉は一度行ったことがあるところにしか設置できないのです。

新領地に設置する場所は……、私の屋敷の庭がいいかもしれません。トラウデンの方は……、迷いますね。お父様たちのことも考えるとラッセル家に置きたいですが、町の人たちを移動させるのも大変です。

最初、町の広場に設置して……、そのあとお父さまたちの屋敷の庭に再設置すればいいかもしれません。

急いで、扉の設置だけはやっておかないと! 見張りが手薄の今のうちしかできません。

私が首を左右に動かし、腕を振り回し、身体の準備をします。身体もいい感じにほぐれてきましたよ。気がついたら、そんな私をフィリップが珍しそうに見つめていました。

「これから何をされるんですか?」
上目づかいで瞳をキラキラさせて聞いてきます。
この子の質問を拒否なんて……、できません。

「新領地と空間移動の扉を設置するところですよ」
「……なるほど。歩いていくより、ずっと見つかる可能性が減りますからね、さすがお姉さま」
フィリップは感心したようにうなずきました。

「お姉さまのために、僕も、何かしてあげたいのですが……」
フィリップはもじもじしています。

ちょっと見ない間に背が伸びたような気がします。体つきも、なんだかがっしりしたような気がします。剣の授業も、体術の授業もきっと真面目にやっているんでしょう。えらいわ、フィリップくん。

もうちょっと大きくなったら、お姉ちゃんを守ってね。

「ああ、可愛い……。もう、フィリップはいるだけで癒されます……」

「お姉さまは、贔屓目で見すぎです」
フィリップは苦笑しています。

「だって、フィリップのこと、大好きだもの」
「では、王子よりも好きですか?」
突然の質問に私は絶句です。なんですか。その質問は……。

「ええ?」
みるみるうちに私の顔が熱を持っていくのが分かります。
「僕の方が好きですか? ねえ、お姉さま」

フィリップはツンと唇をとんがらせます。か、可愛い……。やきもち? いや、いかん。デレている場合ではありません。うまく答えなければ……。

「フィリップのことも大好きです」
「じゃ、王子も好きなんですね」
フィリップが悲しそうに瞼を伏せました。

「……。婚約破棄してますけどね。私たちは、いちおう親友らしいですよ」
フィリップに答えながら、王子に抱きかかえられたこと、後ろから抱きしめられて、王子の体温を感じ、温かかったこと、手を握ったこと……を思い出します。

思ったんですけど、親友ってこんなことしたんでしょうか。同性の親友だったらする? いやあ、しないような気がします。異性の親友だったら……、するの? 
ええ? 
やっぱりしないような気がしますけど。

ああ、そういえば……、王子は婚約破棄もなんとかするって……。何とかするってどうするつもりなんでしょうか。

私の顔が曇ったのを見て、フィリップは面白くなさそうにしています。
ごめん、ごめん。

「お姉さまにそんな顔をさせるなんて……。あいつは、本当に気に入らない」
フィリップが片方の頬を膨らませます。

「じゃあ、ピュララティスのタウルス様はどうです?」
思い切って聞いてみました。
ちょっとやきもちを焼いたフィリップの反応が見たいっていうのは内緒です。

「は? お姉さま、タウルス様が好きなんですか?」
タウルス様、フィリップくんは知ってるのかい!
知り合いなのか?
私が知らなかっただけ?

「ええ? そういう意味じゃないですけど……」
やばい、試したのがバレた?
うちの弟は、謎が多いな。なぜ、隣の国の王子まだ知っているのか? 勉強したのかな。
私が勉強不足なだけ?

「じゃ、どういう意味ですか」
フィリップににらまれます。

えええ? そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。
冗談ですよ、冗談。

「ただ、ピュララティスに来ないかって誘われただけなんですよぅ」
眉をㇵの字にして、私は説明します。

「へえ、お姉さまは、タウルス様と結婚されるのですか?」
フィリップの眼からブリザード。こ、こわ! そんなに怒らないで!

「いいえ、しませんよ」
ビクビクしながら、答えたのでした。
「……そうですよね」
フィリップは安心したようにつぶやき、にっこりと笑いました。

「お姉さまは僕のものですからね」
フィリップが真剣な目で訴えてきます。
やっぱり可愛い。
私は思わずぎゅーっと抱きしめました。

「ぜったいよその国になんか嫁がせないからね。あと、8年もすれば、僕も大人に……」
フィリップは小さくつぶやいたのでした。

新領地のために、準備しないとね。
次の日、トラウデンの町に出かけると、「アリス様! わかったよ」と町の人が声をかけてくれました。

おおおお。情報が回っているようです。
どうやらひとりぼっちで新領地に行かなくても済みそう。心配だったんだよね。

「私たちも行きます」
「アリス様、うちも準備してるよ」
次々と声をかけてくれました。

「ありがたいです。いろいろご事情はあると思うのに……、一緒に行ってくださるとは、本当にお礼のしようもないです」
私は頭を下げました。

「やだよ、アリス様。そんなことしちゃ、ダメだって。ほら、ちゃんとして。こっちもね、商売上がったりだし。ちょっと情勢も不安定だからね」
「あ、ラッセル様のせいじゃないのはわかってるよ」
「あれだろ、王様の……」
「そうそう、愛人問題」
「し、しずかに。不敬罪でつかまるぞ」
町の人たちがコソっと話します。

そっと見回してみますが、王都の役人はいないみたい。王の誕生祭の方の警備に行っているのでしょう。

みんなで胸をなでおろしました。

「気を付けてくださいね」
おじさん、おばさんたちがうんうんとうなずきます。

「明日の夜中、噴水広場で」
私はみんなを見渡します。

「はい。誕生祭の花火が終わった後ですよね」
「ええ、みんな寝静まった後、移動しましょう」
「アリス様……」
「俺らは本当に食えるんですか」
中年の男性が不安そうにしています。小間物を扱う店を営んでいる、ロウタです。

「職があるんですか」
「家は……」
口々に不安を訴えます。

そうですよね。新天地への不安は大きいですよ。わかります。ここは、ちゃんと説明してあげないと!

「新領地には、温泉施設、塩の精製場、岩塩プレート工場などがあります。家は私が責任を持って建てます。レンガ造りです。もちろん、商売を向こうでしたいなら、ぜひしてください。商店街予定地もありますから」
私が簡単に説明すると、
「へえ……。そりゃすごいわ」
「働けるなら安心だ」
とロウタ達が顔を見合わせました。

「農地も用意してあります。農業にチャレンジしたい方も募集してますよ。金属加工の職人さんも募集してます」
「……アリス様。ありがとう」
ロウタが口をキュッと結んで、軽く礼をしました。
集まっていた人たちの顔も晴れやかです。

食料高騰のため、町も殺伐としていたようで、心配していましたが、新領地のニュースで、明るい雰囲気になっています。

人々の希望になってよかった……。
そう思ったのでした。


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