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失われた国・ミロード 2

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「さあ、お手をどうぞ」
右手を王子、左手をブラウンに支えられ、湖の上に立つ。
恐る恐る右足を水の上に置くと沈むことなく、足が水面の上を浮いている。

「うおお」
私は思わず素っ頓狂な声をあげました。
「王女っぽくない声でいいね」
王子は笑いをこらえている。

すいませんねえ。こんな時までおしとやかに受け答えなんかできないんです。

心が動揺してるんですから。というか、本当にすごいんです! 水の上に立っているんですよ。初めてです。究極魔法水でも、考えたことはなかったです。あ、今度、いえいえ、いつか……やってみようと思いますけど。

魔法なしでこれって! 今までにない感覚です。

湖の上を強く蹴ると、水が空気に押されて跳ね上がります。足は数センチ水の上に浮かんで、直接水に着かないようになっています。水の上の空気の弾力性が強く、氷の上をすべるのとは少し違います。

怖々とへっぴり腰で湖の真ん中を目指し歩いていくと、いける! って思っちゃいました。

背筋を伸ばし、速歩きしてみます。だんだん慣れてきて……、楽しくなって、走ってみました。強く踏み出すと水しぶきが私の両脇に上がり、太陽光が反射して虹を作ります。

すごいです! 綺麗です! 感動です!

日頃の運動不足のせいでしょうか、息を切らしながら真ん中までたどり着くと、私一人が座ることができるくらいの土がありました。

1メートル四方の陸は小さすぎて、王子やブラウンがいる方からは全く見えてないだろうなぁ。

私は指を差したけど、王子たちはわかってなさそうです。

「よしっ」
私が土を踏むと、土は二つに割れはじめました。うわわ。大丈夫なの? これ。

慌てて足を土から離すけど、動きは止まりません。ゴゴゴと水が割れて裂け目ができました。

うっかり落ちそうになったら、大変です。少し離れて見ることにして……、観察することにしました。

しばらくすると、水中と空中の両方への階段が浮かび上がりました。

水は階段を伝って滝のように流れています。
「まずは下からかな」

そっと水の中の階段を下りて行くと、水の中は静寂が続いていました。水が透過した太陽光を頼りに進むと、祭壇らしきものがあります。

祭壇近くには巨大な本棚もあり、また楽器のようなものもありました。

祭壇から少し離れたところは真っ黒に焦げてきました。だいたいは焼かれて壊れていて原形をとどめていません。

ひどい。誰かがこんなことをしたの。

自分の生まれた国という実感はまるでないけれど……。ひどすぎる。失われた国は本当に失われてしまっていたのね。

本当のお父さまとお母さまの面影を探そうと、絵姿を探したんだけど、瓦礫しかありませんでした。

おそるおそる祭壇近くまで行ってみます。祭壇を作っていたのであろう、強化ガラスの欠片が散らばっていました。紋章のような模様のところがあったので、指でそっと触れて、なぞってみました。

「いたっ!」
急にバチっと何かが触れた気が……。

驚いて、手を離したけれど、すぐにおさまってしまいました。
なんだったんだろう。腕が焼けるような感覚が一瞬だけあったけど……、気のせい?

ゆっくりともう一度紋章を触ったが何も起きません。

煤や壊れたもの達が床に転がっていて……、主人を失った建物は埃がたまっていました。胸がキュッと痛くなります。

水の祭壇を一通り見終わり、ここを掃除したい思いを抱えながら、一度地上に戻ると、空中宮殿から光の筋が降りてきました。


「えええ!」
美しい光が空中への階段に誘っているように思えます。

どうしよう。行ってもいいよね?
腕に違和感を感じて、右腕を見たら、いつのまにか祭壇にあった紋様が浮き上がっていました。

さっき、バチって音がしたのはこれを刻印されたから?
腕を触ると、痛みもありません。なんだろう、これ……。

血が出ているわけでもないし、痛くもない。でも、模様が書かれているだけだし……。どういう仕組みなわけ? うーん、考えてもわかりません。そういう時は、まあ、いっかです。先送り!

それよりも、目の前の光の階段です。
一歩ずつ近づくと、光の筋に急に吸い込まれました。階段の前まで誘導され、階段を登ると躊躇していたら、突然階段がうごきはじめた。

心臓破りの階段のようだったので、苦労して登らなきゃって思っていたのに……、へへへ、あっという間に空中宮殿についちゃいました。
素晴らしい文明……。ため息が出ちゃいます。

ああ、これ、うちの領にも作りたいです。あ、でも、こんな巨大で高い階段、ないですね……。そして、需要がない。ううう。でも研究したいなあ。

空中宮殿の庭を歩いてみますが、誰もいませんでした。もう滅びちゃったんだなっとしみじみ思います。

そして、私の本当の家族も、やはり滅びたのでしょう。どうして……。わけもわからず寂しい気持ちになりました。

涙がこぼれそうになりますが、ちょっとだけです。指でサッとぬぐい取って、私は前を向きます。

空中宮殿の中も散策してみることにしました。雲もなく、晴れていて、平和なはずなのに、なんだか悲しい。

昔はきっとよく手入れされていたのだろうと思われる庭は今は雑草が生えています。
いつかこの宮殿も管理して、綺麗にしてあげたい。
そんな気持ちが湧き上がりました。

ブラウンたちのところに戻ると、王子とマカミが仲良く昼寝をしていました。

のんきですねえ…。私は涙が出るくらい寂しかったのに……。
なんだか拍子抜けしてしまいました。

私が戻るまですることがなかったらしいです。マカミのふわふわには抵抗できないのはわかりますが……。

ブラウンに叩き起こされて、二人は渋々立ち上がりました。

「さて、私たちも水の宮殿に行きますか」
ブラウンがマカミと王子を誘った。

「え? みんな、いけるの?」
私は目を丸くした。それなら、一緒に行けたじゃん。こんなに寂しい思いしなくて済んだのに……。

「はい。魔力のない民のために滝の裏から出入りできるようになっているのです」
「そうなんだ……、ねえ、滝の裏って、いったいどこにあるの?」
滝を探すが付近には見当たらない。嫌な予感……。

「また、黒い森を歩いて行くとあるはずです。もう少し……、しばらく時間がかかりますが」
もう少しって、どれくらいの距離なのかな。
王子と私は顔を見合わせました。

「ブラウンとマカミは……ミロードの国のものじゃないの?」
「そうですけど……、私たちまで水の宮殿に行くと、王子が1人残ることになり、魔樹はともかく、魔物に総攻撃されてしまいますから。湖を渡ることは、ミロードの王室縁のあるもののみ許可されているのです」

「お気遣い、いたみいります」
王子は苦笑いだ。
そうなのか……。じゃあ仕方ないか。

「ねえ、もし、領地拡大をここにしたら……、でも、ラッセル領の民が黒い森を通るってことだよね?」
ふと湧いた質問をブラウンにする。
ここも開けていて、場所的にはいいところだと思う。水源もあるし。でも……。

「はい。そのようになりますので……、あまりおすすめはできかねます」

「そうだよねえ。ミロードの国の人でないし。魔物もいるしね」
 ラッセル領の民に危ない思いをしてほしくない。領土拡大しても、みんなにはこれまで通り、平和と幸せを育めるようにしてあげたいもの。

「ねえ王子、水の宮殿、後でいくでいいかな?」
私が振り向いて尋ねたら、王子はひとしきり考えて、それからニコッと笑みを浮かべました。

何か企んでる??

「いいですよ、でも、あとで、ぜったい……の約束ですよ?」
「はい、……約束、ですね」
王子がじっと見つめる。

腹黒王子に優しく見つめられると、居心地が悪いのは気のせいでしょうか。ムズムズするので、ブラウンのほう向いちゃいます。

「ブラウン、黒い森から外れてみましょう。ラッセル領の民が移動できるルートを考えなければいけませんから」

ブラウンは「承知しました」と頭を軽く下げて、笑みを浮かべ、マカミは楽しそうにしっぽを振っていた。






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