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王家のご招待

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家に帰ると、マカミが真っ先にかけてきた。
ううう、可愛い。ふわふわがやってきた。
私は思わずぎゅーっと抱きしめる。どこまでもどこまでも白い毛に埋もれて行く。ああ、脱力……。このまま倒れ込みたい。

「マカミ、熱烈な歓迎だね」
フィリップは笑っていた。
「おかえりなさい。お父さま、お姉さま」
フィリップとお母さまが出迎える。

「ただいま帰りました」
マカミから抜け出すと、私はフィリップへ突進する。
きゃー、フィリップ。久しぶり!
こっちも抱きしめておこうと近づくと、フィリップはさっさと逃げ出した。

いいじゃないか。可愛いんだから。ぎゅーさせてよ。小さい頃はいっぱい抱っこさせてくれたのに。
いじけていたら、お母さまが私の頭をなでてくれた。

いいもん、お母さまにぎゅーするから。
お父さまがちらっと見た。ごめん、お父さまにはちょっと恥ずかしくてできないや。その催促の視線はスルーしとくね。

「はい、お土産買ってきたからね」
声をかけると、フィリップは目を輝かせた。
「何ですか? いいものありましたか」

ふふふ。今回もきっと喜んでいただけることでしょう。
私とお父さまは目を合わせて微笑んだ。

私は大きなテーブルのある、いつも食事をする部屋でマジックポケットを広げた。
中からブラウンが飛び出してきた。
「あ!」

フィリップが声を上げる。
冷たい目で見ないで! 心に突き刺さります。

「ブラウンごと移動していたのね!」
お母さんは「はあ」とため息をついた。

「ブラウン、大丈夫でしたか?」
「はい、奥さま。揺れもしないですし、大丈夫でした。マジックポケットの整理もできたので、よかったです」
「……アリスが本当にごめんなさいね」

お母さまが私をチラ見した。
私はすいませんとちょっとだけ頭を下げた。

「ねえねえ、そのお皿のものは?」
ブラウンの手にあった皿の中身が見たくて、フィリップがぴょんぴょんしていた。

どれ、お姉ちゃんが抱っこしてあげましょうね。

しかし、お父さまがさっと移動して、フィリップを持ち上げた。
がーん、役目をとられた。
お父さまがサムズアップしている。ウインクしてるよ……。

くううう。やられた。

パンケーキやいちご串などお土産たちは大歓迎されていた。使用人のみなさんたちは食堂に持って帰って、研究するらしい。
よかったよかった。

「このパンケーキ、食べたことがないよ。シュワシュワって感じ! あまり甘くなんだねえ」
フィリップは感心している。

「朝食として食べてもいいかも。もぐもぐ」
シュワシュワが消えちゃうと思っているのか忙しそうに食べている。

「ちょっと塩っけがあるのかしら。メイプルシロップとか、クリームかけてもいいわね。アイスでもいいし」
お母さまもおいしそうに食べてくれています。お土産を買った甲斐がありました。

「これ、美味しいわね。うちでも食べたいわ。厨房長にお願いしておきましょう」
「うちの町でもお店を作ろうとおもう。きっと繁盛するはずだ」
お父さまが頷いた。

「あ、そうそう。お昼過ぎだったかしら。王室から使いが来たわよ」
お母さまはナプキンで軽く口を押さえる。
セバスが封筒をお父さまにそっと手渡した。

お父さまの顔がさっと曇った。
王室ってどういうこと? なんで? 私、何もしてないけど。
今日だって、教皇様に呼び出されたから行っただけなのに、副教皇と娘までが教皇室まで押しかけに来るんだから……。

もしかして、王室まで情報は漏れているとか? あり得そう……。でも、元婚約者の家にに手紙とかないよね。普通しないよね?

でもでも……、お父さまに来た手紙って、やっぱりそういうことよね?

お父さま、真剣に手紙を読んでいます。
黙ーっています。顔色が悪いです。
手紙は短そうですけど。
もしもし、大丈夫ですか?

私もお母さまもフィリップも心配そうにお父さまを見つめた。
お父さまは大きく息を吐いた。
それから、また手紙を読んでいる。

「ああ、じれったい」
いらいらしていたお母さまはすくっと立ち上がって、お父さまの手紙を覗き込んだ。

「アリス! 明日もアリスとお父さまは王都へ行くわよ」
お母さまの顔がキリリとした。

「ええ???」
思わず椅子から落ちそうになった。
なぜそうなったの?
やっぱりという気持ちと驚きの気持ちが半々に混ざる。

「今回は、私も行くわよ」
お母さまは不敵な笑みを浮かべ、お父さまは両手で頭を抱えて、うつむいている。

ああ、お父さまは完全にご疲労されている。きょうは早く寝ましょう。私もなんだかどーんと疲れがやってきました。

「王室から呼び出しよ。アリス、あきらめなさい」
固い表情のお母さまが、席を立つ。
「ぼくは? 僕は行けないの?」
フィリップはお母さまに確認する。

「フィリップはお留守番になっちゃうわね。ごめんね」
フィリップは残念そうな顔をしている。お留守番も嫌だけど、王家とラッセル家の生バチバチケンカを見たかったに違いない。

「せっかく面白そうなのに……」
フィリップ、心の声が出てますよ。なんだったら私の代わりに行ってくれてもいいですよ。

「だめよ、アリスは一緒に行きますよ」
お母さまに先手を打たれてしまった。
さすがお母さま。お見通しか!!

「さて、これから明日の準備をしないと。ブラウン、アリスをピカピカに磨き上げて、明日着て行く服を用意しましょう」
お母さまがほほ笑んだ。

「もちろんでございます。王子に後悔させてあげましょう」
「エステにマッサージして……。華やかなドレスを選びましょう。アリスの金髪にあうブルーのドレスがいいかしらね」

「そうでございますね。奥様。アリス様の底力…見せてやりましょう」
ブラウンの眼が怖い。お母さまの顔が怖いです。

さっき王都で帰ってきたばかりなんですけど。疲れてるんですけど。もうベッドで休みたいんですが。

「きょうはもう終わりじゃだめですよね?」
上目遣いで可愛く聞いてみた。ちょっと首をかしげるのがポイントヨ。
ドウ? コノあざとさ。効いているかな。

「そんな顔してもダメです。その顔は後にとっておきなさい」
お母さまとブラウン、息ピッタシ。トホホ。お父さまもフィリップも吹き出す寸前らしく、そっと私から視線を外した。

いいもん。いいもん。着せ替えごっこすればいいんでしょ。
私はあきらめて自室に戻り、明日の準備をすることにした。

「王都へ行くの、やっぱり馬車だよね?」
お父さまに確認すると、苦々しい顔をした。

川を上って王都へ船でいく方法もあるの。短い時間で船着き場に着くんだけど、船の利用は商業や観光客が中心なのよね。

船着き場が王都の端にあるから、王都見学には便利なんだけどね。そのため貴族は馬車利用が暗黙の了解となっている。馬車だと直接王都の中心に行くことができるし、早馬を使えば、船より早く着く。とは言え、毎回馬車も飽きるんだよね……。

問題はもう一つの暗黙の了解として、人の家を訪問するときは空間魔法を使ってはいけないということになっていることだ。

空間魔法を使える人なら、直接空間を切り裂いて、王城へ行くこともできるんだけどね。だって、その方が早いんだよ。数分で着くんだから。でも、緊急時を除いて禁止されているの。

ひどいよねえ。
数時間が一瞬で終わるのに……。
そもそも空間魔法が使える人は限られているんだから、いいじゃないかと思うけど、突然訪問されても困るってことだろうか。

空間魔法が使えるイコール魔力高いイコール危険という構図かなとも思う。

たしかに後ろを振り向いたら、お客が立っていたとか、いやだよね。はあ、仕方ないか……。
「やっぱり馬車だな」
お父さまは私にやさしく微笑んだ。

「おやつももっていこう」
ふふふ。昨日の夜、厨房長にこっそりオーダーしておいたんだ。

ブラウンが出発前に私に小さな包みをくれた。
「クッキーとパンですって。厨房からですよ」
可愛らしい手提げの中を覗くと、綺麗なレースのハンカチが見えた。ほんわか美味しそうなバターの香りと甘い匂い。

このまま、行きの馬車でたべちゃいたいくらい。お腹が鳴ってきました。

これで帰りの糖分補給の心配はないわ。
王様たちとお茶なんて、緊張して何を食べても味がしないわよ。ぜったい帰りの馬車でへとへとになりながらお腹がすくもん。

今日は、帰りに街の散策はできないの。フィリップを家に置いてきているからね、早く帰らないと! セバスチャンはいるけど、やっぱり心配です。

「アリス、用意はできた?」
お母さまが階段から降りてきた。美人は何を着ても似合うけど、今日のお母さまは一段と綺麗……。

昼用のサーモンピンクのドレスだ。落ち着いた色味にしてあるけれど、お母さまが着ると華やかよ。お母さまの色の白さを際立たせて、色っぽい感じ。

お母さまの髪のハニーブロンドには、ブルーがよく似合うのだけど、私もブロンドだからブルーを譲ってくれたの。ちなみに私は明るめのブロンド。

私のドレスはというと……、昨日のドレスがブルーだったから、今日はライトブルーにオーガンジーのように薄い生地のレースがあしらってあるドレスになりました。

昼用だから、キラキラはしていないけれど、18歳という年齢も考慮し、ああでもない、こうでもないとお母さまとブラウンが考慮した結果が、このドレスです。

可愛らしい感じにまとまっています。普段では絶対着ないけどね。こんな繊細なレース、素敵だけど、気をつけていないとすぐにどこかに引っ掛けちゃうし、破いちゃうよ。

うう、怖い! そんなことをしたら、ぜったいブラウンに怒られちゃう。デリケートなドレスだから、一度も袖を通さず、ワードローブの奥にそっと飾ってあったんだけど、今回お披露目となりました。

見てるだけでいい、幸せなドレスだったんだけどねえ、王子のために着るというのも、なんか癪にさわるわ。

ああ、いやだなあ。これが私の本音。どうせ王家だもの、王子もいるんでしょ。なんでフラれた相手とその両親とお茶しないといけないの?
すんごい心が重いんだけど。

しかも、お父さまもお母さまも臨戦態勢だよ。腹の中の、熱い闘志が透けて見える。隙あらばチクチク言うつもりだよ、きっと。

なんだか消えたくなってきました。誰か、なんとかしてください。

「ああ、ちょっと待って! お姉さま! はい、これ、持って行って……。僕の代わりだと思って」
フィリップが微笑んだ。かわいい。癒されるわ。私を心配してくれるのね。ありがとう。お姉さまは頑張ってきます。

フィリップから渡されたのは小さなビロードでできた袋でした。
え? もしかして、これって……。
フィリップは右に首をかしげてニコニコしている。

怪しい。ぜったい怪しい。何か企んでますね、その黒い顔は……。
中から出てきたのは、遠見ができる小さな魔道具の一つ、遠見の珠でした。

「お姉さまだけ、ずるいよ」
口をとんがらせて上目遣いしている。

「王都に行きたかったのね。ごめんね、今回は無理なの」

か、かわいい。ズキュンときちゃうじゃないか。これがあざとさパンチってやつですね。参考にします。

あざといを自由自在に使えるってすごいわぁ。

傾げ方って、こんな感じかな。
私も首をコキっと曲げて見て、口角を上げてみた。

「お姉さま、そうじゃなくて、口はこう! 目はキラキラってさせて……。でも、お姉さまは王家ではやらないほうがいいかも、ちょっとなんというか、ひどいから」
き、厳しい!
フィリップからご指導されました。

「とりあえず、これ、持って行ってね。何かあったら、すぐに僕も行くからね」
「行くって……どういう……」
私は突っ込もうとしましたが、やめておきました。

もう出発しないといけません。

フィリップは昔から優しい子でしたからね、きっと私を純粋に心配していたんですね?

私のバトルが見たいとか、お父さまとお母さまの闘いが見たいとかじゃないはずです。たぶん……。

私がチラッとフィリップを確認すると、フィリップは笑い出した。

「ああ、そうじゃないよ、お姉さま。王家とのバトル、ぜったい見逃したくないからさ。こんな珍事態、滅多にないでしょ。お父さまもお母さまも参入するんだよ、すごいよね」

そうですよね。ははは。フィリップ、さすがです。ラッセル家の跡継ぎは君しかいません。

遠見の珠をポケットに入れると、フィリップはにっこりと笑った。

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