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世の中はまわるよ~教皇様とご対面~
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スタンドグラス仕立ての窓ガラスからの光が床に色を塗っているのを眺めながら、ひんやりとした講堂を抜ける。
白い壁によく磨かれた黒っぽい床。
内部は思ったよりも質素だった。
あんなに教会税取ってるのに。
あんなにお父さまたちを苦しめてるのに……。
アリスはあら探しをしている最中だ。
教会本部の建物は、旗や絵画、ステンドグラスなどに飾り立てられて華やかだけど……、奥はそうでもない。
きょろきょろ周りを見回したが、権力を求めて税金を取り立てている教会のイメージと違っている。
私、きょうは教皇様に会いに来ています。来たくて来てるんじゃないのよ。来いと言われたからだからね。
どうして私まで呼ばれるのか。考えると緊張しちゃう。やっぱり婚約破棄の余波だよね……。
みんな、もう、放っておいてくれていいよ?元気だもん!
廊下の奥から、肌触りの良さそうなビロードの白い生地に色とりどりの宝石をつけたマントを羽織った中年男性が数人のお供を連れて歩いてきた。金色をした杖を持っていた。てっぺんには青い球がついて、ちょっとカッコいい。
あれ、いいな。
小さい頃に遊んだおもちゃの杖に似ていた気がする。
ジロジロ見ていたら怒られちゃうわ。
お父さまと私は廊下の端により、お辞儀をして一行が去るのを待った。
お父さまが大丈夫か?とばかりに、ちらっとわたしの方に振り向いた。
わたしはこくりと小さく頷く。
ずいぶん派手な人だな。キラキラしてまぶしいわ。いいなあ、あの金の杖。マカミに杖を持たせたら、似合いそうじゃない? マカミを二足歩行させてさ……。なんか百獣の王って感じしない?
案内の人がほかのドアより重みのあるドアの前で歩みを止めた。
すぐに結界がはってあるのがわかったが、ほとんどわからないようになっていた。魔力の少ない人ならこの結界にも気が付かないだろうなと思う。
でも、招かざる者は絶対入れないくらい強力なものだから、教皇様の力が強いのか、それともこの結界の魔法をかけた者が強いのかわからないけど、相当なものだとわかった。
ここがおそらく教皇さまがいるところなんだろう。
お父さまは小さく呼吸を整えた。わたしも慌ててカーテンシーができる体勢を取る。
案内の人がドアを開けると、私たちに中に入るよう促した。
出発準備で忙しく、明日は町へ買い物に行こうかなと考えていた日の次の日。
教会から早馬がきたの。手紙には、できるだけ早く教皇さまがわたしに会いたがっていると書いてある。
そこで、慌ててその場でお父さまが返事を書いて、今日、馳せ参じたというわけです。
王子と婚約破棄してるし、もう私に利用価値はないから、教会本部とか教皇さまとは縁が切れたと思っていたので、びっくりよ。
「教皇さま、ラッセルさまとアリスさまをお連れしました」
案内の人が声をかけると、椅子に座っていた小さな老人が立ち上がった。
教皇様は麻でできたシンプルな白のコートを羽織っていた。何度も洗濯してあるようで、真っ白ではなかった。上等な靴でもなく、一般庶民が町中で普通に履くような、簡単に革で作られたサンダルを履いていた。
「ラッセル殿、アリス、よく来てくれた。私はもう歳でなあ……。自分で訪問したくてもおっくうで、大変申し訳ない。それに仕事がたくさんあって……」
教皇様は遠い目でワゴンを見た。
ワゴンの中には書類が山積みになっている。
教皇様なのに、謙虚? そして勤勉?
威張っている感じがしない。人のいいおじいちゃんって感じ。なんか、この人知ってる気がするんだけど。
「ところできょう、来てもらったのはアリスの婚約破棄の件だ。この件はおそらく……、教会も絡んでいるだろう。申し訳ない」
教皇様は頭を下げた。
「教皇様のせいではありません」
私とお父さまは即座に否定した。
「いやいや。恥ずかしい話だが、いま、教会は内部が2つに割れていて、そのことがラッセル領や婚約破棄に影響していると思われる。とんだとばっちりになってしまい、アリスにはなんて詫びたらいいのか……」
いやあ、ご心配不要です。
それはそれで、楽しく生きて行こうと計画中ですから……
とは言えない。
とりあえず全力で首を横に振っておいた。
お父さまからは何も言うなという視線を感じたので、あとはお父さまにお任せしよう。
私はテーブルの上にあるお茶をいただくことにした。
あったかい。心にしみるわぁ。
お茶の葉の品質は、ごく普通のかもしれないけれど、香りがとても良いの。きっと丁寧に淹れられているんだわ。さすが。ブラウンが淹れてくれたお茶みたい。
「アリスは……、大きくなりましたなあ。生誕のお祝いの時と、あとは10歳のころの魔法授与式に来た時以来か。さあさあ、たくさんお食べ。そのクッキーは孤児院の子たちが作ったものだ。なかなかじょうずだろう?」
教皇様はやさしそうな目でほほ笑んだ。
私は「はい、美味しいです」と言って、ほほ笑み返す。
実際、サクサクしてほろっと崩れて、バターの味と香りがしっかりついている、なかなか美味しいクッキーだった。しいて言えば、形が不ぞろいってことだけど、こども達が作ったなら上等だ。
やだあ、とまらないわ。甘さ控えめなところがまたいいわね。
魔法授与式というのは、10歳のときにハトラウス王国の国民すべてが教会から祝福を受けるという行事で……、ざっくりいえば、みんなから無事大きくなったね、魔法も使えるようでよかったねと言われるものだ。
市民は教区ごとに分けられているので原則教区の教会で、貴族は本部の教会で祝福されることになっている。
その時、自分の魔法の量が分からない人は計ってもらえるし、種類も調べることもできるんだけど、貴族はだいたい生まれた時に調べてしまうから、ただお披露目会みたいになっている。
女の子は綺麗なドレス、男の子は燕尾服を着るの。この前フィリップがやったんだけど、めちゃくちゃかっこよかったよ。さすがお父さまの子って感じ。
フィリップには、魔法授与式の後、縁談の話が10件以上舞い込んだらしいわ。納得よ。能力のあるイケメンは早く捕まえておかないとね。
でもフィリップったら、どの令嬢にも興味がなくて、今のところすべてお断りしているって聞いたけど。
フィリップはそれよりも町の施策や貿易のほうが楽しいんだって。
フィリップは好き嫌いが実は激しいから、縁談とかよりも、好きになった人をつれてきそうって思っちゃった。フィリップのことが大好きで、フィリップもその子が大好きって子ができれば、結婚してほしいな。
そのときは、こんな大きな小姑・お姉さんがいても気にしないでほしい。フィリップの恋路も結婚も邪魔しませんから。むしろ応援しちゃうからさ。
フィリップの結婚式を妄想しながら、ポリポリとクッキーを食べていると、お父さまが真剣に話をしているのに気が付いた。
すいません、ここは教会だっけ。
ちゃんと話を聞かないとね。怒られちゃうわ。
「アリスは興味がないから教皇様の話も聞かずクッキーをひたすら食べて、お茶を飲んでいただけ」とか、お父さまからお母さまへ報告されたら、夕飯抜きよ。
それで、ブラウンからマナーを再教育してもらうようにするとか言われちゃうからも。
あー、怖い。もう王太子妃になることもないんだから、マナーとか不要よ、不要。やらなくてもいいわ。
とりあえず、いまは教皇様の話を聞こう。
私が教皇様の顔を見ると、教皇様は穏やかに微笑んでくれた。
お父さまと教皇様の話を簡単に言うと、現在、教会には教皇派と副教皇派がいるみたい。それで教皇派が負けているんだって。
副教皇って、あれか! もしかして……、廊下にいた、あの派手派手なおじさん!
宝石がキラキラしていて全く顔の印象はないけどね。あの宝石一個一個がすごく大きくて、魔力をはらんでいるものだったから、一個ほしいなって思っちゃったんだよねえ。それにあの杖も……。あの杖、くれないかな……。
それに比べ、教皇様。なんて地味なんだろう。痩せていて、小さいし、おじいちゃんだし。ほんわかしている雰囲気の、いい人っぽい。魔法の力は強いけどね……。
でも、態度が控えめな人よりも、やっぱり目立って、権力ありますって、宣伝上手な、副教皇の方が人気になっちゃうのかしらね。
教皇様は眉間にしわを寄せて、まだお父さまに謝っている。
「アリスの経歴に傷をつけてしまった」
「教皇様……。アリスは強い子です。大丈夫です」
お父さま、ナイスフォローです。でも私は鋼鉄の乙女ではないですよ。
そこのところは分かってほしい。ほんとは、一応、傷心なんですよ。ハートブレイクです。
ま、これくらいじゃ、全くへこたれませんけどね。強く生きていきますとも! めげても得になることなんて、ひとつもない。魔法修行し放題だし! 楽しく生きてやる。
「しかし……、このままでは、アリスの結婚は……」
「マカミもおりますし、アリスの魔法量は半端ないですから心配ありません。アリスは魔法で身を立てようと思っているようです。結婚なんぞしなくても、ラッセル領は豊かで広いですから……、アリス一人くらい養えますし」
「たしかに……、アリスほどの才能があれば可能でしょう。10歳のときにすでに王子に匹敵するくらいの魔法量でしたが、いまのアリスの魔法量は……」
「はあ……、限界知らずでして……。いまも毎日修行して魔法量を増やしております」
お父さまは、恥ずかしそうに目を伏せた。
お父さま、魔法量は使えば使うほど限界が伸びるんですよ。ぶっ倒れるまで毎日やればいいんです。そこは褒めるとこですよ。アリスは努力しているんですから。
「アリスなら、王子とともにこの国を守れるとおもったんだがなあ。魔法量も十分あるから王子が頼りないっていうわけではないが、現王がなあ……」
「教皇様……」
お父さまは教皇様とため息をついた。
がんばって! お父さま。政治の世界は私は全く興味ないですよ。
話を聞いていても、誰が誰だかわからないので、暇になりました。貴族の社会って怖いところですね。
お腹はタポタポになったし、そろそろ帰りませんか。アリスは飽きてきました。
お父さまはまだ話し足りない感じです。
私は部屋を観察することにしました。教皇様の部屋は簡素、質素、シンプル。本と書類しかない。
きっと誠実で節約家なんだろうな。
しかし、暇です。することがありません。笑顔が張り付いてきました。お父さまたちの話に耳だけ向けて、部屋を観察することにしました。
おお! どこにもない本がある!
本棚を見ていたら、なんと素敵な魔導書まで! あれ、図書館にも本屋にも置いていないのよ。いいなあ。読みたいな。
うう、でも言えない。私、18歳だもの。無邪気なふりして、読みたーいとかわがままをいえない歳だし。貸してくださいと言えるほど教皇様と親しくないし。悲しいわ。大人になるって、制約があるのね。
うん? なんだかドアの向こうが騒がしい。
ドアの外の辺りで揉めている声がする。
私がドアの方を向くと、教皇様は眉をハの字にして困った顔を見せた。
「ラッセル殿、アリス、すまないが……。来客のようだ」
「はい、そろそろお暇しようと考えていたところですので、お気遣いなく」
お父さまがにこりと笑った。
「また今度じっくりお話ししたいものです。アリスとも仲良くしたいので、お茶を飲みにいらっしゃい。本を貸してあげようね」
教皇様がいたずらっ子のように目をキラキラさせて、私を見た。
いやあ、バレてました?
また、ドアを激しくノックする音が……。
最後のごあいさつくらいちゃんとさせてほしいのに、せっかちさんですねえ。
「ああ……。来てしまったようだ。なんでも情報が筒抜けでねえ。不愉快な思いをしないように、アリスはお父さまの陰に……」
教皇様がしっと人差し指を口に当てた。
静かにってことね。
私はそっとお父さまの背中のほうへ隠れた。隠れたといっても、ドレスは見えているし、気持ちって感じだけど。それでもちょっと安心だった。お父さまにお任せしよう。
激しいノックに耐えかねて、教皇様は「お待ちを。今ドアを開けます」と伝えた。
一瞬だけ、静けさが訪れた。
教皇様は、大きく息を吸ってドアノブを回した。
じゃじゃん。
派手派手なおじさんと同じく派手な赤のドレスにピンクの花をちりばめた若い女性が立っていた。後ろには数人付き人がいる。
うわ、ずいぶん大勢連れてきたわね。見たわ、このおじさん。見たことあるわ。
教皇様の部屋、狭いのに……。入れるの?
「副教皇、きょうはどうして?」
教皇様は副教皇に笑みを浮かべ、わざとらしく質問した。
「こちらにラッセル殿と王子の元婚約者がいらっしゃると聞いてご挨拶をと思いましてな。教皇様とも久しくお会いしていないし、ちょうどよいかと」
副教皇ははははと笑った。
なんか登場が腹黒いじゃない? 嫌な感じ。そんでもって、私のこと敵扱いしてる? え? どういうこと? 元婚約者って、悪者なわけ?
私のせいで婚約破棄じゃないわよ、言っておくけど。失礼なおじさんだわ。
「これはラッセル殿、お久しぶりですな」
副教皇が目を細めた。
また……、この目がいやらしい。なんていうんだろう、嫌味くさいってやつ? 私の中で嫌な奴認定しちゃうよ。
「いや、さきほどすれちがったが……」
副教皇のわざとらしい演技に対し、お父さまは冷静にツッコみをいれる。
「ふふふ、ああ、そうですか。これは……気がつきませんで。王との施策について議論する予定だったので、考え事ををしておりました。王と王子には先ほど面会して……、そのときラッセル殿と王子の元婚約者がこちらにいると話題に出ましてね……、ご挨拶に伺った次第ですよ」
王様と直接会ってるって言いたいわけ? 施策に口を出せるくらい権力があるって、自慢してるの? それに教皇の来客が王や副教皇に知られてしまうって、いったいどういうこと……? あちらこちらにスパイがいるってこと?
なんじゃそりゃ。怖すぎる。大人の世界は、わかりません。もう、早くおうちに帰ろうよ。
私はお父さまのほうをちらりと見たが、お父さまの目はぎらんとしていた。
怖いよ。お父さま、本気になっている。やる気みたいです。これじゃ、直ぐに帰れないじゃないですか!
お父さまはイケメンなのに負けず嫌いだし。ああ、お父さまの闘争本能のスイッチ押さないでください。お父さまなら、貴族政治の中で生き抜いてきてるから絶対負けることはないだろうとは思うけど……。免疫のない私は毒気にあたって辟易です。
しかし、お父さまはとっても楽しそうです。
「それはわざわざ、恐縮至極です。なあ、アリス」
私に話題をフルな! フラないで! お父さまのその笑顔、怖い。
私は引きつりながら、精一杯の作り笑いをしてお父さまを見た。機械仕掛けの人形のようにしか反応できません。
もうしゃべらないぞ。怖い怖い。
私は固く誓った。
「初めまして、カトリーヌと申します」
顔に小さなそばかすのある、赤い髪をした女の子が大声であいさつし、スカートを軽く持ち上げた。
赤い髪に赤いドレス。ドレスにはピンクのお花がちりばめられ、レースのアクセントもついている。
うーん。ちょっと、おくどいおセンスですね。
わたしもセンスがいいわけではないですけど。全身真っ赤ってどうなんでしょうか。どうしてその色を選んだ?
それに、誰かお化粧もみてあげてよ。お母さまやブラウンが見たら、絶叫するよ、その化粧。ほっぺが真っ赤だし、まっ赤に唇の上が塗られている。
「カトリーヌ殿は現在の王子の婚約者であるぞ」
副教皇が一歩前にでてきて私たちに説明した。
ああ、そういうことね。はいはい。
勝手にしてほしい。別に王子の婚約者じゃなくたって、私は私だもん。傷なんか何一つ、つかないからね。
しかし、副教皇、私にケンカ売ってるのかな?
多少ムカつきながら、私はまっすぐ副教皇とカトリーヌ様を見て差し上げたわよ。
「初めまして。アリスと申します」
私はお行儀よく、スカートを軽く持ち上げ、会釈をした。
ああ、しゃべっちゃった。もうしゃべらないからね。しゃべるとぼろが出そう。
トラブルに巻き込まないでよと思いながら、お父さまを見ると……、お父さまは臨戦態勢。副教皇とやりあう気満々です。
ああ、帰りたい。誰か助けて。
「悪女って聞いていたけど……。普通じゃない」
カトリーヌ様がつぶやく。
悪女って、誰? え? ええ! 私のこと?
この部屋に女性はカトリーヌ様と私だけ。ってことは、悪女は私だよね。
がーん。ひどいよ。私が何をしたっていうの?
こうして、さらに1時間ほど教皇様の部屋に閉じ込められ、精神が摩耗したころ、ようやくお開きになった。
あー、もうおうちに帰りたい。お風呂入って寝たい。お腹空いた。
悪女だって。悪女。
だめだ、頭からカトリーヌ様の言葉が離れない。どの辺が悪女だっていうんだろう。
帰りの馬車の中で、お父さまと私は無言だった。
私にはしゃべる気力もないです。
教皇様はやさしいけど、副教皇様とカトリーヌ様は敵だな。嫌がらせだよ。
「アリス、副教皇やカトリーヌ様に復讐してやろうとか……、まさか思ってないよな?」
お父さまは恐る恐る聞いてきた。
失礼ねえ。そんなに怒ってません。ただ魂が浮遊しそうなくらい、疲れただけです。
婚約者の地位だって、小さいころから気が付いたら婚約者だっただけですし……。わたし的には、婚約してなくても、王子がいなくても別に平気ですからね。
「思ってませんよ、ただ生気を吸い取られた気がします」
「まあ、あれが貴族社会というやつだよ」
お父さまは思い出しているようで、顔が笑っている。
「まっぴらごめんです。よくお父さま耐えられますね。しかも、生き生きとしてましたよね?」
「ん? そうだったかな? 生き生きって……、そんなことないだろう」
「いえ、そうでしたって。楽しそうに獲物を見つけた目をしてました」
「ははは。アリスは面白いことを言うなあ。たしかに……、久しぶりに楽しかったなあ」
お父さまがのたまったので、思わず呆れてしまいました。
「カトリーヌ様が現在の王子の婚約者なのですね」
「ああ、そうみたいだな。ユニークな服を着ていたな。王子の婚約者にきっとピッタシだな」
お父さま、言葉に棘がありますよ。
「……可愛らしいお洋服でしたね」
私の発言にお父さまはいろいろ思うことがあったようだ。
お父さまは上を仰いで、沈黙している。
「あれは副教皇の親戚の娘だろう。もしかすると娘かもしれんな。どちらにせよ、そっくりだった。若いのに、オヤジの野心にかわいそうに巻き込まれたんだな。とはいえ、いっしょに意気揚々と教皇様の部屋に乗り込んできたってことは、気は強いってことだろう。王子のことを気に入ったのか、婚約者としての地位が気に入ったのか、わからないが……。婚約者として元婚約者を偵察ってところかな」
ニヤッとお父さまは笑った。
お父さま、ターゲットはあなたの娘ですよ。わかってますか。
「うちの娘は可愛いし、頭がいいし、才能があるし……、とにかくすばらしいのだから、誰と比べるまでもない」
お父さまは「はははは」と笑った。
そんなに我が子を褒めて、よく恥ずかしくないですね。
じっと見つめていたら、お父さまは「うぉっほん」と咳払いをして、黙った。
「王子様って、あの肖像画にある、普通っぽい、アホっぽい顔の? 気に入る人がいるんですか」
「あれはフィリップの落書きのせいもあるが、絵師の腕の問題も……、あるんじゃないかな。うんうん。なんで、あんな絵姿なのか、わからないが。王子のもっとまともな絵姿は、うちにはなかったのかもしれないな」
お父さまは一人でうなずいている。
何か意図的なものでもあるんでしょうか。まあ、いいわ。興味ないし。
お父さまは乾いた笑いをしている。
どうして笑っているのかさっぱりわからないけれど。
私はお父さまを怪訝そうに見た。
「そんな目でみるな、アリス。……、そっかあ、アリスは王子を生で見たことがなかったか? 意外に……、まあ、普通だぞ」
なんか、普通ってところ強調してない?
どういうこと?
「はあ、そうでしたか」
てっきり、あの肖像画の通りかと思っていたよ。フィリップがこっそり落書きしちゃっていたから、顔もなんだかぼんやりしているし。もちろん落書きは、ブラウンによってすぐに落とされたんだけど、うっすらと跡が残っちゃってるわけよ。
そのせいか、王子の絵姿はどうにもバカっぽく見えちゃってねえ。普段はばれないよう、サロンの奥の、さらにカーテンの奥にしまってある。
疲労で私が黙っていると、お父さまは慌てたように付け加えた。
「まさか、アリス、王子のことが本当は好きだったのか? それなら、側室になるって手もあるが……、お父さんは賛成しないが、どうしてもっていうなら……」
お父さまはじとーッと悲しそうに私を見る。
いやいや、側室、無理だから。そんな恋愛スキルありません。本妻と争うとかあり得ません。王子のことは忘れましょうよ。私には冒険の旅が待っているので心配ご無用!
「どうしてそうなるんですか。王子と会ったこともないのに、好きも何もありませんから。それに、王子の婚約者じゃないほうが私は自分の人生を楽しく生きられます。どちらかと言えば、領地拡大の旅の用意が遅れたことのほうがイライラしてますけど」
王子の意見とか、王様がどう考えているかって、副教皇様との話に出てこなかったわ。不思議。王族だから自分の人生、捨ててるってこと? それとも王子はカトリーヌさまが好きってことなのかしら。よくわからないわ。上位貴族って大変ねえ。
王様は自分の愛人問題も抱えているし。王様は王妃と離婚して、ほんとうにリリアーヌ様と結婚するつもりなのかしら。離婚なんて簡単にできないと思うけど。王様だし。
婚約者変更に、王家の離婚問題、それに教会の権力争い。王都はなんだか波乱含みですね。
「ああ、そうだな。アリスの開拓か……。とりあえず、王都で何か買っていくか。フィリップとマーガレットにお土産でも……。それと、甘いものでも食べて行くか」
お父さまが私の機嫌をうかがってくる。
「そうですね。どこかに入りますか」
やった! おやつだ!
満面の笑みでお父さまの方を向くと、お父さまはほっとしたご様子。
私たちは王都で流行っているというフルーツバーに寄ることになりました。
ぜったいどこか帰り際に寄ると思っていたので、今朝、急いで調べて、予約のための使いもだしておきましたのよ。そこは抜かりはございません。
白い壁によく磨かれた黒っぽい床。
内部は思ったよりも質素だった。
あんなに教会税取ってるのに。
あんなにお父さまたちを苦しめてるのに……。
アリスはあら探しをしている最中だ。
教会本部の建物は、旗や絵画、ステンドグラスなどに飾り立てられて華やかだけど……、奥はそうでもない。
きょろきょろ周りを見回したが、権力を求めて税金を取り立てている教会のイメージと違っている。
私、きょうは教皇様に会いに来ています。来たくて来てるんじゃないのよ。来いと言われたからだからね。
どうして私まで呼ばれるのか。考えると緊張しちゃう。やっぱり婚約破棄の余波だよね……。
みんな、もう、放っておいてくれていいよ?元気だもん!
廊下の奥から、肌触りの良さそうなビロードの白い生地に色とりどりの宝石をつけたマントを羽織った中年男性が数人のお供を連れて歩いてきた。金色をした杖を持っていた。てっぺんには青い球がついて、ちょっとカッコいい。
あれ、いいな。
小さい頃に遊んだおもちゃの杖に似ていた気がする。
ジロジロ見ていたら怒られちゃうわ。
お父さまと私は廊下の端により、お辞儀をして一行が去るのを待った。
お父さまが大丈夫か?とばかりに、ちらっとわたしの方に振り向いた。
わたしはこくりと小さく頷く。
ずいぶん派手な人だな。キラキラしてまぶしいわ。いいなあ、あの金の杖。マカミに杖を持たせたら、似合いそうじゃない? マカミを二足歩行させてさ……。なんか百獣の王って感じしない?
案内の人がほかのドアより重みのあるドアの前で歩みを止めた。
すぐに結界がはってあるのがわかったが、ほとんどわからないようになっていた。魔力の少ない人ならこの結界にも気が付かないだろうなと思う。
でも、招かざる者は絶対入れないくらい強力なものだから、教皇様の力が強いのか、それともこの結界の魔法をかけた者が強いのかわからないけど、相当なものだとわかった。
ここがおそらく教皇さまがいるところなんだろう。
お父さまは小さく呼吸を整えた。わたしも慌ててカーテンシーができる体勢を取る。
案内の人がドアを開けると、私たちに中に入るよう促した。
出発準備で忙しく、明日は町へ買い物に行こうかなと考えていた日の次の日。
教会から早馬がきたの。手紙には、できるだけ早く教皇さまがわたしに会いたがっていると書いてある。
そこで、慌ててその場でお父さまが返事を書いて、今日、馳せ参じたというわけです。
王子と婚約破棄してるし、もう私に利用価値はないから、教会本部とか教皇さまとは縁が切れたと思っていたので、びっくりよ。
「教皇さま、ラッセルさまとアリスさまをお連れしました」
案内の人が声をかけると、椅子に座っていた小さな老人が立ち上がった。
教皇様は麻でできたシンプルな白のコートを羽織っていた。何度も洗濯してあるようで、真っ白ではなかった。上等な靴でもなく、一般庶民が町中で普通に履くような、簡単に革で作られたサンダルを履いていた。
「ラッセル殿、アリス、よく来てくれた。私はもう歳でなあ……。自分で訪問したくてもおっくうで、大変申し訳ない。それに仕事がたくさんあって……」
教皇様は遠い目でワゴンを見た。
ワゴンの中には書類が山積みになっている。
教皇様なのに、謙虚? そして勤勉?
威張っている感じがしない。人のいいおじいちゃんって感じ。なんか、この人知ってる気がするんだけど。
「ところできょう、来てもらったのはアリスの婚約破棄の件だ。この件はおそらく……、教会も絡んでいるだろう。申し訳ない」
教皇様は頭を下げた。
「教皇様のせいではありません」
私とお父さまは即座に否定した。
「いやいや。恥ずかしい話だが、いま、教会は内部が2つに割れていて、そのことがラッセル領や婚約破棄に影響していると思われる。とんだとばっちりになってしまい、アリスにはなんて詫びたらいいのか……」
いやあ、ご心配不要です。
それはそれで、楽しく生きて行こうと計画中ですから……
とは言えない。
とりあえず全力で首を横に振っておいた。
お父さまからは何も言うなという視線を感じたので、あとはお父さまにお任せしよう。
私はテーブルの上にあるお茶をいただくことにした。
あったかい。心にしみるわぁ。
お茶の葉の品質は、ごく普通のかもしれないけれど、香りがとても良いの。きっと丁寧に淹れられているんだわ。さすが。ブラウンが淹れてくれたお茶みたい。
「アリスは……、大きくなりましたなあ。生誕のお祝いの時と、あとは10歳のころの魔法授与式に来た時以来か。さあさあ、たくさんお食べ。そのクッキーは孤児院の子たちが作ったものだ。なかなかじょうずだろう?」
教皇様はやさしそうな目でほほ笑んだ。
私は「はい、美味しいです」と言って、ほほ笑み返す。
実際、サクサクしてほろっと崩れて、バターの味と香りがしっかりついている、なかなか美味しいクッキーだった。しいて言えば、形が不ぞろいってことだけど、こども達が作ったなら上等だ。
やだあ、とまらないわ。甘さ控えめなところがまたいいわね。
魔法授与式というのは、10歳のときにハトラウス王国の国民すべてが教会から祝福を受けるという行事で……、ざっくりいえば、みんなから無事大きくなったね、魔法も使えるようでよかったねと言われるものだ。
市民は教区ごとに分けられているので原則教区の教会で、貴族は本部の教会で祝福されることになっている。
その時、自分の魔法の量が分からない人は計ってもらえるし、種類も調べることもできるんだけど、貴族はだいたい生まれた時に調べてしまうから、ただお披露目会みたいになっている。
女の子は綺麗なドレス、男の子は燕尾服を着るの。この前フィリップがやったんだけど、めちゃくちゃかっこよかったよ。さすがお父さまの子って感じ。
フィリップには、魔法授与式の後、縁談の話が10件以上舞い込んだらしいわ。納得よ。能力のあるイケメンは早く捕まえておかないとね。
でもフィリップったら、どの令嬢にも興味がなくて、今のところすべてお断りしているって聞いたけど。
フィリップはそれよりも町の施策や貿易のほうが楽しいんだって。
フィリップは好き嫌いが実は激しいから、縁談とかよりも、好きになった人をつれてきそうって思っちゃった。フィリップのことが大好きで、フィリップもその子が大好きって子ができれば、結婚してほしいな。
そのときは、こんな大きな小姑・お姉さんがいても気にしないでほしい。フィリップの恋路も結婚も邪魔しませんから。むしろ応援しちゃうからさ。
フィリップの結婚式を妄想しながら、ポリポリとクッキーを食べていると、お父さまが真剣に話をしているのに気が付いた。
すいません、ここは教会だっけ。
ちゃんと話を聞かないとね。怒られちゃうわ。
「アリスは興味がないから教皇様の話も聞かずクッキーをひたすら食べて、お茶を飲んでいただけ」とか、お父さまからお母さまへ報告されたら、夕飯抜きよ。
それで、ブラウンからマナーを再教育してもらうようにするとか言われちゃうからも。
あー、怖い。もう王太子妃になることもないんだから、マナーとか不要よ、不要。やらなくてもいいわ。
とりあえず、いまは教皇様の話を聞こう。
私が教皇様の顔を見ると、教皇様は穏やかに微笑んでくれた。
お父さまと教皇様の話を簡単に言うと、現在、教会には教皇派と副教皇派がいるみたい。それで教皇派が負けているんだって。
副教皇って、あれか! もしかして……、廊下にいた、あの派手派手なおじさん!
宝石がキラキラしていて全く顔の印象はないけどね。あの宝石一個一個がすごく大きくて、魔力をはらんでいるものだったから、一個ほしいなって思っちゃったんだよねえ。それにあの杖も……。あの杖、くれないかな……。
それに比べ、教皇様。なんて地味なんだろう。痩せていて、小さいし、おじいちゃんだし。ほんわかしている雰囲気の、いい人っぽい。魔法の力は強いけどね……。
でも、態度が控えめな人よりも、やっぱり目立って、権力ありますって、宣伝上手な、副教皇の方が人気になっちゃうのかしらね。
教皇様は眉間にしわを寄せて、まだお父さまに謝っている。
「アリスの経歴に傷をつけてしまった」
「教皇様……。アリスは強い子です。大丈夫です」
お父さま、ナイスフォローです。でも私は鋼鉄の乙女ではないですよ。
そこのところは分かってほしい。ほんとは、一応、傷心なんですよ。ハートブレイクです。
ま、これくらいじゃ、全くへこたれませんけどね。強く生きていきますとも! めげても得になることなんて、ひとつもない。魔法修行し放題だし! 楽しく生きてやる。
「しかし……、このままでは、アリスの結婚は……」
「マカミもおりますし、アリスの魔法量は半端ないですから心配ありません。アリスは魔法で身を立てようと思っているようです。結婚なんぞしなくても、ラッセル領は豊かで広いですから……、アリス一人くらい養えますし」
「たしかに……、アリスほどの才能があれば可能でしょう。10歳のときにすでに王子に匹敵するくらいの魔法量でしたが、いまのアリスの魔法量は……」
「はあ……、限界知らずでして……。いまも毎日修行して魔法量を増やしております」
お父さまは、恥ずかしそうに目を伏せた。
お父さま、魔法量は使えば使うほど限界が伸びるんですよ。ぶっ倒れるまで毎日やればいいんです。そこは褒めるとこですよ。アリスは努力しているんですから。
「アリスなら、王子とともにこの国を守れるとおもったんだがなあ。魔法量も十分あるから王子が頼りないっていうわけではないが、現王がなあ……」
「教皇様……」
お父さまは教皇様とため息をついた。
がんばって! お父さま。政治の世界は私は全く興味ないですよ。
話を聞いていても、誰が誰だかわからないので、暇になりました。貴族の社会って怖いところですね。
お腹はタポタポになったし、そろそろ帰りませんか。アリスは飽きてきました。
お父さまはまだ話し足りない感じです。
私は部屋を観察することにしました。教皇様の部屋は簡素、質素、シンプル。本と書類しかない。
きっと誠実で節約家なんだろうな。
しかし、暇です。することがありません。笑顔が張り付いてきました。お父さまたちの話に耳だけ向けて、部屋を観察することにしました。
おお! どこにもない本がある!
本棚を見ていたら、なんと素敵な魔導書まで! あれ、図書館にも本屋にも置いていないのよ。いいなあ。読みたいな。
うう、でも言えない。私、18歳だもの。無邪気なふりして、読みたーいとかわがままをいえない歳だし。貸してくださいと言えるほど教皇様と親しくないし。悲しいわ。大人になるって、制約があるのね。
うん? なんだかドアの向こうが騒がしい。
ドアの外の辺りで揉めている声がする。
私がドアの方を向くと、教皇様は眉をハの字にして困った顔を見せた。
「ラッセル殿、アリス、すまないが……。来客のようだ」
「はい、そろそろお暇しようと考えていたところですので、お気遣いなく」
お父さまがにこりと笑った。
「また今度じっくりお話ししたいものです。アリスとも仲良くしたいので、お茶を飲みにいらっしゃい。本を貸してあげようね」
教皇様がいたずらっ子のように目をキラキラさせて、私を見た。
いやあ、バレてました?
また、ドアを激しくノックする音が……。
最後のごあいさつくらいちゃんとさせてほしいのに、せっかちさんですねえ。
「ああ……。来てしまったようだ。なんでも情報が筒抜けでねえ。不愉快な思いをしないように、アリスはお父さまの陰に……」
教皇様がしっと人差し指を口に当てた。
静かにってことね。
私はそっとお父さまの背中のほうへ隠れた。隠れたといっても、ドレスは見えているし、気持ちって感じだけど。それでもちょっと安心だった。お父さまにお任せしよう。
激しいノックに耐えかねて、教皇様は「お待ちを。今ドアを開けます」と伝えた。
一瞬だけ、静けさが訪れた。
教皇様は、大きく息を吸ってドアノブを回した。
じゃじゃん。
派手派手なおじさんと同じく派手な赤のドレスにピンクの花をちりばめた若い女性が立っていた。後ろには数人付き人がいる。
うわ、ずいぶん大勢連れてきたわね。見たわ、このおじさん。見たことあるわ。
教皇様の部屋、狭いのに……。入れるの?
「副教皇、きょうはどうして?」
教皇様は副教皇に笑みを浮かべ、わざとらしく質問した。
「こちらにラッセル殿と王子の元婚約者がいらっしゃると聞いてご挨拶をと思いましてな。教皇様とも久しくお会いしていないし、ちょうどよいかと」
副教皇ははははと笑った。
なんか登場が腹黒いじゃない? 嫌な感じ。そんでもって、私のこと敵扱いしてる? え? どういうこと? 元婚約者って、悪者なわけ?
私のせいで婚約破棄じゃないわよ、言っておくけど。失礼なおじさんだわ。
「これはラッセル殿、お久しぶりですな」
副教皇が目を細めた。
また……、この目がいやらしい。なんていうんだろう、嫌味くさいってやつ? 私の中で嫌な奴認定しちゃうよ。
「いや、さきほどすれちがったが……」
副教皇のわざとらしい演技に対し、お父さまは冷静にツッコみをいれる。
「ふふふ、ああ、そうですか。これは……気がつきませんで。王との施策について議論する予定だったので、考え事ををしておりました。王と王子には先ほど面会して……、そのときラッセル殿と王子の元婚約者がこちらにいると話題に出ましてね……、ご挨拶に伺った次第ですよ」
王様と直接会ってるって言いたいわけ? 施策に口を出せるくらい権力があるって、自慢してるの? それに教皇の来客が王や副教皇に知られてしまうって、いったいどういうこと……? あちらこちらにスパイがいるってこと?
なんじゃそりゃ。怖すぎる。大人の世界は、わかりません。もう、早くおうちに帰ろうよ。
私はお父さまのほうをちらりと見たが、お父さまの目はぎらんとしていた。
怖いよ。お父さま、本気になっている。やる気みたいです。これじゃ、直ぐに帰れないじゃないですか!
お父さまはイケメンなのに負けず嫌いだし。ああ、お父さまの闘争本能のスイッチ押さないでください。お父さまなら、貴族政治の中で生き抜いてきてるから絶対負けることはないだろうとは思うけど……。免疫のない私は毒気にあたって辟易です。
しかし、お父さまはとっても楽しそうです。
「それはわざわざ、恐縮至極です。なあ、アリス」
私に話題をフルな! フラないで! お父さまのその笑顔、怖い。
私は引きつりながら、精一杯の作り笑いをしてお父さまを見た。機械仕掛けの人形のようにしか反応できません。
もうしゃべらないぞ。怖い怖い。
私は固く誓った。
「初めまして、カトリーヌと申します」
顔に小さなそばかすのある、赤い髪をした女の子が大声であいさつし、スカートを軽く持ち上げた。
赤い髪に赤いドレス。ドレスにはピンクのお花がちりばめられ、レースのアクセントもついている。
うーん。ちょっと、おくどいおセンスですね。
わたしもセンスがいいわけではないですけど。全身真っ赤ってどうなんでしょうか。どうしてその色を選んだ?
それに、誰かお化粧もみてあげてよ。お母さまやブラウンが見たら、絶叫するよ、その化粧。ほっぺが真っ赤だし、まっ赤に唇の上が塗られている。
「カトリーヌ殿は現在の王子の婚約者であるぞ」
副教皇が一歩前にでてきて私たちに説明した。
ああ、そういうことね。はいはい。
勝手にしてほしい。別に王子の婚約者じゃなくたって、私は私だもん。傷なんか何一つ、つかないからね。
しかし、副教皇、私にケンカ売ってるのかな?
多少ムカつきながら、私はまっすぐ副教皇とカトリーヌ様を見て差し上げたわよ。
「初めまして。アリスと申します」
私はお行儀よく、スカートを軽く持ち上げ、会釈をした。
ああ、しゃべっちゃった。もうしゃべらないからね。しゃべるとぼろが出そう。
トラブルに巻き込まないでよと思いながら、お父さまを見ると……、お父さまは臨戦態勢。副教皇とやりあう気満々です。
ああ、帰りたい。誰か助けて。
「悪女って聞いていたけど……。普通じゃない」
カトリーヌ様がつぶやく。
悪女って、誰? え? ええ! 私のこと?
この部屋に女性はカトリーヌ様と私だけ。ってことは、悪女は私だよね。
がーん。ひどいよ。私が何をしたっていうの?
こうして、さらに1時間ほど教皇様の部屋に閉じ込められ、精神が摩耗したころ、ようやくお開きになった。
あー、もうおうちに帰りたい。お風呂入って寝たい。お腹空いた。
悪女だって。悪女。
だめだ、頭からカトリーヌ様の言葉が離れない。どの辺が悪女だっていうんだろう。
帰りの馬車の中で、お父さまと私は無言だった。
私にはしゃべる気力もないです。
教皇様はやさしいけど、副教皇様とカトリーヌ様は敵だな。嫌がらせだよ。
「アリス、副教皇やカトリーヌ様に復讐してやろうとか……、まさか思ってないよな?」
お父さまは恐る恐る聞いてきた。
失礼ねえ。そんなに怒ってません。ただ魂が浮遊しそうなくらい、疲れただけです。
婚約者の地位だって、小さいころから気が付いたら婚約者だっただけですし……。わたし的には、婚約してなくても、王子がいなくても別に平気ですからね。
「思ってませんよ、ただ生気を吸い取られた気がします」
「まあ、あれが貴族社会というやつだよ」
お父さまは思い出しているようで、顔が笑っている。
「まっぴらごめんです。よくお父さま耐えられますね。しかも、生き生きとしてましたよね?」
「ん? そうだったかな? 生き生きって……、そんなことないだろう」
「いえ、そうでしたって。楽しそうに獲物を見つけた目をしてました」
「ははは。アリスは面白いことを言うなあ。たしかに……、久しぶりに楽しかったなあ」
お父さまがのたまったので、思わず呆れてしまいました。
「カトリーヌ様が現在の王子の婚約者なのですね」
「ああ、そうみたいだな。ユニークな服を着ていたな。王子の婚約者にきっとピッタシだな」
お父さま、言葉に棘がありますよ。
「……可愛らしいお洋服でしたね」
私の発言にお父さまはいろいろ思うことがあったようだ。
お父さまは上を仰いで、沈黙している。
「あれは副教皇の親戚の娘だろう。もしかすると娘かもしれんな。どちらにせよ、そっくりだった。若いのに、オヤジの野心にかわいそうに巻き込まれたんだな。とはいえ、いっしょに意気揚々と教皇様の部屋に乗り込んできたってことは、気は強いってことだろう。王子のことを気に入ったのか、婚約者としての地位が気に入ったのか、わからないが……。婚約者として元婚約者を偵察ってところかな」
ニヤッとお父さまは笑った。
お父さま、ターゲットはあなたの娘ですよ。わかってますか。
「うちの娘は可愛いし、頭がいいし、才能があるし……、とにかくすばらしいのだから、誰と比べるまでもない」
お父さまは「はははは」と笑った。
そんなに我が子を褒めて、よく恥ずかしくないですね。
じっと見つめていたら、お父さまは「うぉっほん」と咳払いをして、黙った。
「王子様って、あの肖像画にある、普通っぽい、アホっぽい顔の? 気に入る人がいるんですか」
「あれはフィリップの落書きのせいもあるが、絵師の腕の問題も……、あるんじゃないかな。うんうん。なんで、あんな絵姿なのか、わからないが。王子のもっとまともな絵姿は、うちにはなかったのかもしれないな」
お父さまは一人でうなずいている。
何か意図的なものでもあるんでしょうか。まあ、いいわ。興味ないし。
お父さまは乾いた笑いをしている。
どうして笑っているのかさっぱりわからないけれど。
私はお父さまを怪訝そうに見た。
「そんな目でみるな、アリス。……、そっかあ、アリスは王子を生で見たことがなかったか? 意外に……、まあ、普通だぞ」
なんか、普通ってところ強調してない?
どういうこと?
「はあ、そうでしたか」
てっきり、あの肖像画の通りかと思っていたよ。フィリップがこっそり落書きしちゃっていたから、顔もなんだかぼんやりしているし。もちろん落書きは、ブラウンによってすぐに落とされたんだけど、うっすらと跡が残っちゃってるわけよ。
そのせいか、王子の絵姿はどうにもバカっぽく見えちゃってねえ。普段はばれないよう、サロンの奥の、さらにカーテンの奥にしまってある。
疲労で私が黙っていると、お父さまは慌てたように付け加えた。
「まさか、アリス、王子のことが本当は好きだったのか? それなら、側室になるって手もあるが……、お父さんは賛成しないが、どうしてもっていうなら……」
お父さまはじとーッと悲しそうに私を見る。
いやいや、側室、無理だから。そんな恋愛スキルありません。本妻と争うとかあり得ません。王子のことは忘れましょうよ。私には冒険の旅が待っているので心配ご無用!
「どうしてそうなるんですか。王子と会ったこともないのに、好きも何もありませんから。それに、王子の婚約者じゃないほうが私は自分の人生を楽しく生きられます。どちらかと言えば、領地拡大の旅の用意が遅れたことのほうがイライラしてますけど」
王子の意見とか、王様がどう考えているかって、副教皇様との話に出てこなかったわ。不思議。王族だから自分の人生、捨ててるってこと? それとも王子はカトリーヌさまが好きってことなのかしら。よくわからないわ。上位貴族って大変ねえ。
王様は自分の愛人問題も抱えているし。王様は王妃と離婚して、ほんとうにリリアーヌ様と結婚するつもりなのかしら。離婚なんて簡単にできないと思うけど。王様だし。
婚約者変更に、王家の離婚問題、それに教会の権力争い。王都はなんだか波乱含みですね。
「ああ、そうだな。アリスの開拓か……。とりあえず、王都で何か買っていくか。フィリップとマーガレットにお土産でも……。それと、甘いものでも食べて行くか」
お父さまが私の機嫌をうかがってくる。
「そうですね。どこかに入りますか」
やった! おやつだ!
満面の笑みでお父さまの方を向くと、お父さまはほっとしたご様子。
私たちは王都で流行っているというフルーツバーに寄ることになりました。
ぜったいどこか帰り際に寄ると思っていたので、今朝、急いで調べて、予約のための使いもだしておきましたのよ。そこは抜かりはございません。
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