リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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ホームレス殺人事件

ホームレス殺人事件12『夜蝶』

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 捜査本部での厳しいやり取りの後、優斗は自席に戻り、机に肘をついて頭を抱えた。

 捜査本部が解散されるという知らせに加え、高橋信也という薬物中毒者による自供が全てを終わらせるという理不尽さに、心の中は怒りと無力感でいっぱいだった。

「速水さん、藤原…あの二人の死がこんな形で終わっていいはずがない…」

 彼は誰にともなく呟きながら、深く息を吐いた。

 思い浮かぶのは、速水聡が命をかけて隠したであろう証拠と、藤原が持っているはずだった楽譜。

 これが真実に繋がる鍵だと信じているのに、その手がかりがすべて消え去ってしまった。

 その時、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。画面に表示された名前は「笹本翔」。

 リモートでの捜査を続けている相棒からの連絡だ。

「翔さん…」

 優斗はすぐに電話を取り、耳に当てた。

 翔の声は冷静で、いつも以上に研ぎ澄まされているようだった。

「優斗、今どこだ?」

「本部です。さっき、課長から捜査打ち切りの命令を聞かされました。上からの圧力で、高橋信也の自供で事件を終わらせると言っています。でも…俺は納得できない。速水さんが命をかけて残した証拠がまだどこかにあるはずなんです。」

 優斗の言葉に、翔は静かに頷く気配を感じさせた。

「そうだな、俺たちも簡単には諦められない。今、リモートでこれまでの事件を整理しているところだ。高橋の自供も怪しいが、俺は藤原の動きに引っかかる点があると思っている。」

「引っかかる点?」

 優斗は翔の言葉に耳を傾けた。

「藤原は組織を裏切り、命を狙われていたはずだ。そんな状況で、命の保障もないまま、わざわざ自分の生命線とも言える本物の楽譜を持ってくるだろうか?それはありえない。本物の楽譜はどこかに隠されている可能性が高い。」

 翔の言葉に、優斗ははっとした。

 藤原が命を狙われていたのに、あの場に楽譜を持ってくることは確かに無謀だ。

 本当に大事なものなら、どこか安全な場所に隠しておくはずだ。

「確かに…。じゃあ、藤原が持っていたのは偽物か、あるいはヒントに過ぎなかったのか。」

「そうだ。そこで、藤原の過去をもう一度洗い直してみた。彼のデータを調べると、詐欺の前科がいくつも出てきた。複数の偽名や住所を使い分け、巧妙に人を騙し続けていたらしい。身寄りはなく、組織とも深い繋がりはない。だが、常に通っているマンションがあった。」

「マンション?」

「そうだ。新宿にあるマンションだ。名義は藤原ではなく、女の名前だ。新宿のホステスで、藤原と深い関係にあったようだ。彼女の名前は『美咲』という。藤原はしばしばこのマンションを訪れていたようだが、もしかすると本物の楽譜は彼女が持っている可能性がある。」

「美咲…新宿のホステスか。彼女が藤原に協力していたとしたら…。」

 優斗の胸に希望が芽生えた。

 翔の分析は、冷静で鋭く、真実に迫るための新たな手がかりを指し示していた。

「優斗、すぐにそのホステスを調べてくれ。俺も彼女の情報を調べておく。彼女に接触するのはお前しかいない。注意して動いてくれ。」

「わかりました、翔さん。すぐに新宿に向かいます。」

 優斗は電話を切り、すぐに車に乗り込んだ。

 藤原が命をかけて守ろうとした本当の楽譜、速水聡が残した真実。

 それらがこのマンションに隠されているのなら、何としても手に入れる必要がある。

 車を走らせながら、優斗は心の中で決意を新たにした。

 上からの圧力にも屈せず、真実を追い続けることを誓う。

 速水の無念を晴らし、藤原の最後の望みを叶えるために。

「美咲というホステスが鍵だ…。彼女が藤原の遺したものを知っているはずだ。」

 新宿の街並みが車の窓の外を流れていく。

 ネオンの輝く街の中に、真実の断片が隠されている。

 優斗はその光の中へと、さらにアクセルを踏み込んだ。


 ---

 新宿の夜はいつも以上に賑わっていた。

 ホストクラブやキャバクラの呼び込みが行き交う中、優斗は目指すマンションにたどり着いた。

 高級感のあるその建物のエントランスには、セキュリティが厳重で、簡単には入れそうにない。

「美咲…彼女に会うしかないか。」

 優斗は息を整え、エントランス横のインターホンを押した。

 しばらくの沈黙の後、低い女性の声が応答する。

「どなたですか?」

「警視庁の竹内です。美咲さんにお話を伺いたいのですが、いらっしゃいますか?」

 一瞬の沈黙の後、女性の声が続いた。「少しお待ちください。」

 優斗は緊張しながら返事を待つ。

 もし美咲が藤原のことを知っていれば、ここでの接触が何かの突破口になるはずだ。

 やがて、エントランスの扉が静かに開き、中から一人の女性が姿を現した。

 彼女は美しく整った顔立ちで、ホステスらしい品のある佇まいをしている。

 その瞳には、どこか影のようなものが見えた。

「私が美咲です。警察が私に何の用ですか?」

 優斗は深く息を吐き、彼女の目を見つめて言った。「藤原浩一の件でお話を伺いたいんです。彼の遺したものについて、知っていることを教えてください。」

 美咲の表情が一瞬、固まった。

 彼女はそのまま優斗を見つめ、やがて小さく頷いた。

「…入ってください。話すことがあります。」

 優斗は彼女の言葉に従い、マンションの中へと足を踏み入れた。

 ここから先に待っているのは、速水聡が命をかけて残した真実の一片かもしれない。

 優斗は胸の高鳴りを抑えながら、美咲の後を追った。


 ---

 つづく。

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