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ホームレス殺人事件
ホームレス殺人事件7『暗号』
しおりを挟む捜査会議室の空気は重苦しいものだった。
藤原の死という思いもよらぬ展開に、捜査班の誰もが緊張感を隠せないでいた。
会議室の中央に設置されたホワイトボードには、藤原の遺体発見現場の地図と、速水聡の事件に関連する人物関係図が描かれている。
だが、未だに全貌が見えないもどかしさが漂っていた。
「本日未明、南大橋下流の川岸で発見された遺体は、藤原浩一で間違いない。刺殺され、失血死だ。現場の地取り班からの報告では、発見直前に複数人の男が目撃されている。藤原は明らかに何者かに狙われていた。」
課長の大沢が口を開き、捜査班に向けて事実を確認する。
「犯人はおそらく藤原を追っていた連中だろう。藤原が持っていたはずの速水の楽譜は現場にはなかった。おそらく、彼を殺した奴らが持ち去ったと思われる。」
優斗は状況を説明しながら、目の前のホワイトボードに目を向ける。
速水と藤原、そして背後に隠された勢力がどこかで繋がっていることは明らかだが、まだ全貌は見えない。
「それに、藤原のスマートフォンも見つかっていない。彼の最後のやり取りや足取りを知るための手がかりは、すべて消えてしまった。」
山口麗子が険しい表情で続ける。
「スマホが持ち去られたことからして、藤原が何か重要な情報を持っていたのは間違いないな。」
大沢が言葉を引き取り、捜査班に目を向ける。
「だが、問題はその情報が今どこにあるのか、そしてそれを追うべきかだ。」
優斗は唇を噛み締め、頭の中で考えを巡らせた。
速水が命をかけて集めた証拠、そしてそれを藤原が引き継いだとされる楽譜。
その内容を知ることができれば、事件の核心に迫れるかもしれない。
「速水さんが残した楽譜には、何か特別な意味が隠されているんだと思います。彼は音楽に情熱を注ぎ続けてきた。だからこそ、その楽譜に秘密を隠した可能性が高いんです。もしかしたら、証拠の一部を楽譜に暗号化していたのかもしれません。」
優斗が提案すると、会議室の空気が一瞬静まり返った。
「楽譜に証拠を隠す?そんなことが本当にできるのか?」
麗子は不信感を露わにしながら、優斗の言葉を遮る。
翔がリモート越しに補足する。
「確かに一見すると奇妙に聞こえるかもしれませんが、音楽家の中には実際にそういった方法を取る者もいます。バッハやモーツァルトは、作品の中に暗号を隠したと言われている。例えば、音符の高さや長さを特定のルールで変換し、メッセージや名前を埋め込む方法だ。速水さんもそれを使ったのかもしれない…」
だが、麗子は肩をすくめてため息をついた。
「そんなおとぎ話みたいなこと、今の時代にあり得ると思う?私たちは現実的な証拠を追わなきゃいけないのよ。今、楽譜なんてないんだから、そもそもその仮説を証明する手段がないじゃない。」
麗子の否定的な態度に、優斗は反論したかったが、確かに現時点では何の手がかりもないという事実に言葉を詰まらせた。
その沈黙を、翔が打ち破った。
「優斗、少し時間をくれ。速水さんが残した楽譜の件について、調べてみる。もしかしたら、過去の彼の作品に何かヒントがあるかもしれない。」
モニター越しに映る翔の目には、鋭い光が宿っていた。
「翔さん、どうするんですか?」
優斗が尋ねる。
「速水さんの過去の楽曲をすべてAIに読み込ませてみる。もし、彼が同じような手法で過去にも暗号を残していたのなら、そこから楽譜の続きを推測できるかもしれない。今のテクノロジーを使えば、可能性はゼロじゃない。」
翔の提案に、優斗は目を見張った。
確かに、過去の楽曲に隠されたパターンを解析することで、速水が何を伝えたかったのか、その片鱗を掴むことができるかもしれない。
「わかりました、翔さん。お願いします。」
優斗は翔の言葉に希望を見出し、会議室から出て、次の捜査に向かう準備を始めた。
---
それから数時間、翔は速水聡の全作品をデータ化し、AIに分析させる作業に没頭していた。
ピアノソナタ、協奏曲、室内楽…。
彼が生み出してきた数々の名曲の中に、速水自身が隠そうとしたメッセージがあるかもしれない。
その可能性にかけて、翔は画面を食い入るように見つめた。
そして、深夜を過ぎた頃、ついにAIが解析結果を表示した。
画面には、速水が残した楽譜の断片と、それを基に生成された新たな楽譜のフレーズが並んでいる。
翔はそのコード進行と音符の並びを見つめ、そこに一つの名前が浮かび上がるのを見た。
「これは…」
翔は息を呑み、目の前に表示された名前を確認した。
それは、速水聡のスポンサーであり、再開発事業に深く関わっている大物政治家の名前だった。
速水が命をかけて伝えようとしたのは、この政治家が裏で糸を引いていたということだったのか。
「優斗、聞こえるか?」
翔は緊張した声でスマートフォンに呼びかける。
「速水さんが暗号に残した名前が分かった。これは再開発の背後にいる黒幕の名前だ。速水さんのスポンサーだった大物政治家、山崎信一だ。」
優斗は耳を疑いながらも、翔の言葉をかみしめた。
山崎信一、再開発事業の主導者であり、速水聡のスポンサーだった人物。
もし彼が黒幕であるならば、この事件は想像以上に巨大な陰謀が絡んでいるということだ。
「山崎信一…」
優斗はその名前を口にしながら、彼の顔を思い浮かべた。
「翔さん、どうするんですか?彼を追い詰めるには、まだ証拠が足りない。」
「だからこそ、もう一度、速水さんが残した楽譜の欠片を探すんだ。あの楽譜には、きっと山崎を追い詰める決定的な証拠が隠されているはずだ。俺たちが手に入れた解析結果だけでは、まだ不十分だ。」
優斗は深呼吸をして、決意を新たにした。
「わかりました。俺は再開発地区に戻ります。もう一度、あの場所を調べ直します。必ず速水さんの楽譜の続きを見つけ出します。」
速水聡が命を懸けて残した真実、そして藤原がそれを託そうとした想い。
翔の言葉に力をもらい、優斗は再び捜査に向けて動き出した。
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つづく。
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