リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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ホームレス殺人事件

ホームレス殺人事件6『告発』

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 夜明け前の薄暗い空が街を包み込む中、竹内優斗は再開発地区の見張りを終え、警察署に戻ったばかりだった。

 速水聡の過去と、藤原という男の影を追う捜査は思った以上に手間取っていたが、少しずつ事実が明らかになりつつあることに手応えを感じていた。

 そんな折、優斗のスマートフォンが不意に震えた。

「はい、竹内です。」
 電話に出た優斗の耳に届いたのは、低く冷静な男性の声だった。

「速水の件で話がある。藤原だ。」

 その名前を聞いた瞬間、優斗の心臓が一瞬止まるような感覚があった。

 相手が藤原本人だということは、すぐに理解できたが、なぜ自分に連絡をしてきたのかが分からなかった。

「藤原…お前が。何の用だ?」

 優斗は冷静を装いつつも、内心は動揺を隠せなかった。

 藤原がこの状況で自分に連絡を取ってくるというのは、相当な事情があるに違いない。

「速水の事件に関するすべてを話す。その代わり、俺を警察の保護のもと、国外に逃がしてほしい。」

 藤原の言葉は、感情の欠片も感じさせない冷たいものだった。

 優斗は眉をひそめながら、彼の要求を頭の中で整理する。

 彼がすべてを話すと言うならば、速水聡の死の真相、そして彼が関わっていた再開発の詐欺事件の全貌が明らかになるかもしれない。

 しかし、警察の保護下で国外逃亡を許すことなどできるはずがない。

「藤原、それは無理だ。お前を国外に逃がすなんてことはできない。だが、もし本当に命を狙われているのなら、保護することは可能だ。」

 優斗の言葉に、藤原はしばらくの沈黙を挟んだ。

 彼の背後からは、どこか静かな場所にいるような雰囲気が伝わってくる。

「保護か…。まあ、それでもいいだろう。だが、条件がある。」

「条件?」

「速水が持っていた楽譜の破れた半分を、俺は持っている。それが俺の生命線だ。この楽譜には、速水が集めた証拠が隠されている。だが、俺一人ではどうにもならない。今夜、お前にそれを渡す。待ち合わせ場所は…」
 藤原はそこまで言って、少し間を置いた。

「南大橋の下だ。夜9時に一人で来い。俺を守る気があるなら、そこで会おう。」

 電話は突然切れた。

 優斗はしばらくスマートフォンを見つめ、何が起きたのかを理解しようとしていた。

 藤原が自分の命と引き換えに話すというその真実とは何なのか。

 そして、その楽譜には本当にどんな証拠が隠されているのか。

 優斗はすぐに翔に連絡を取った。

「翔さん、藤原から連絡がありました。彼は今夜、南大橋の下で会いたいと言っています。速水さんの事件に関する証拠を持っているようです。」

 リモート越しに、翔の顔がモニターに映し出された。彼の目は鋭く、何かを考え込んでいる様子だった。

「南大橋の下か…。それで、藤原は何を条件にしてきた?」

「自分を警察の保護下で国外に逃がしてほしいと。それは無理だと言ったら、保護だけでいいと。彼は速水さんが集めた証拠を持っていて、それを渡す代わりに保護を求めてきたんです。」

 翔は眉をひそめながら、画面の向こうで静かに頷いた。
「保護を求めるということは、彼も命を狙われているということだな。だが、今夜の待ち合わせには気をつけろ。藤原が本当にすべてを話す気なら、連中も動く可能性が高い。」

「わかっています。藤原が持っている楽譜の半分には、速水さんが集めた証拠が隠されていると言っていました。彼を信じるしかない。」

「ただし、慎重に動け、優斗。俺もリモートでバックアップするが、お前一人で行かせるのは不安だ。奴らに察知されないよう、待機している応援を隠しておく。」

 優斗は翔の言葉に感謝しながら、南大橋に向かう準備を進めた。

 藤原が本当に真実を話すのか、彼の命を狙う者たちの存在はどこにいるのか――不安と緊張が胸を締め付ける。


 ---

 夜、優斗は南大橋の下に一人で立っていた。

 冷たい風が川面を吹き抜け、コートの襟を立てても寒さが身体に染み入る。

 橋の下は暗く、街灯の光も届かない。静まり返った夜の闇に、川の流れがかすかに響いていた。

 腕時計を見ると、9時を過ぎていた。藤原はまだ姿を見せない。

 優斗は周囲を警戒しながら、いつでも動ける態勢を整えた。

「藤原、本当に来るのか…」

 心の中でつぶやいたその瞬間、遠くから一台の車のライトが見えた。

 優斗は身構え、その車がこちらに近づくのを見守った。

 だが、車は橋のはるか向こうで止まり、こちらには来なかった。

 代わりに、何者かが車から降りて暗闇の中に消えていくのが見えた。

 その後、何の音もせず、ただ静寂が戻ってくる。

 優斗は緊張しながら、さらに周囲を見渡した。

 藤原が本当に現れるのか、それともこれは罠なのか、考えが堂々巡りする。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 やがて、スマートフォンが震えた。翔からのメッセージだ。

「優斗、今、川の下流で何かあった。パトロール中の警官から連絡が入った。おそらく…藤原だ。」

 優斗は胸の中で嫌な予感が広がった。

 慌てて下流に向かい、川沿いを走り始めた。

 冷たい空気が肺に刺さり、心臓が早鐘のように鳴る。

 数分後、警官たちが集まる場所にたどり着いた。

 川の中から引き上げられている一人の男の遺体。

 それは、間違いなく藤原だった。

 彼の顔には、驚きと恐怖の表情が浮かんでいた。

「藤原…」

 優斗は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

 目の前に横たわる藤原の遺体は、すでに冷たく、彼が何を感じ、何を恐れていたのかを物語っていた。

 パトカーの青いライトが闇夜に反射し、川面にゆらめく。

 その光景は、速水聡が命をかけて守ろうとした真実が、再び遠ざかっていくかのように見えた。

「藤原は楽譜の半分を持っていると言っていた。今の藤原の持ち物を調べろ。」

 翔の声がスマートフォンから響いた。

 優斗はその指示に従い、藤原の所持品を確認する。

 しかし、楽譜の欠片はどこにも見当たらなかった。

「ない、楽譜はどこにもない…」

 優斗の言葉に、翔も息を飲んだ。

「くそ…、誰かに先を越されたのか…」

 優斗は無念さを噛み締めながら、川の流れを見つめた。


 ---

 つづく。


 ---

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