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ホームレス殺人事件
ホームレス殺人事件5『面会』
しおりを挟むダイナミックレコードに到着した優斗は受付を通り、速水の担当者であったという川上という中年男性に面会を求めた。
川上は少し緊張した面持ちで優斗を迎えた。
二人は応接室に通され、リモートで繋がった翔も画面越しに参加している。
「川上さん、お忙しいところありがとうございます。今日は速水聡さんと藤原という人物についてお話を伺いたくて。」
優斗が話し始めると、川上は少し驚いたような表情を見せた。
「藤原…あの男のことを調べているのですか?」
翔がすぐに質問を続けた。
「川上さん、藤原は一体何者なんですか?彼が現れてから、速水さんの行動にどのような変化があったのか教えていただけますか?」
川上は深いため息をつき、ゆっくりと話し始めた。「藤原は突然現れて、速水のマネージャーを自称するようになりました。それまでは彼の家族や古くからの友人が管理していた契約やスケジュールも、すべて藤原が取り仕切るようになったんです。速水さん自身は何も話さなくなり、交渉事もすべて藤原に任せきりになってしまった。」
「それで、レコード会社としてはどのような対応を?」
翔が画面越しに食い下がるように尋ねる。
「最初は、藤原の要求も飲んでいました。速水さんは我々にとっても重要なアーティストでしたから。しかし、次第に要求が度を越し始めたんです。藤原は速水さんのギャラを不自然に引き上げようとし、私たちももう限界でした。速水さん本人はまったく口を挟まなくなり、藤原だけが異常に高いギャラを要求するようになったんです。」
川上はしばらく沈黙し、苦い表情を浮かべながら言葉を続けた。
「結局、我々は契約を打ち切ることにしました。断腸の思いでしたが、あのままでは会社の経営にも支障が出ると判断したんです。でも、それから速水さんはどんどんおかしくなっていった。精神的に不安定になって、私たちもどうすることもできなくなってしまって…。」
優斗は息を呑んだ。速水聡という天才が、ただ一人の男に引きずられ、すべてを失ってしまったというのか。
「川上さん、最後に一つ聞かせてください。藤原は何を目的に速水さんに近づいたんでしょうか?」
優斗は核心に迫る質問を投げかけた。
川上はしばらく沈黙し、何かを思い出すように天井を見上げた。そして、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「私たちも最初は、藤原が速水さんのキャリアを支えるために現れたと思っていたんです。彼は芸能界でのマネージメント歴もあったそうで、速水さんの演奏活動をより大きく展開するためにサポートすると言っていたから。だが、実際には彼の目的は全く別のところにあったようです。」
「別の目的…?」
優斗は身を乗り出すようにして尋ねる。
「ええ、彼は速水さんの才能を食い物にして、裏で不正な取引を行っていたんです。速水さんのコンサートやイベントを装い、詐欺まがいの投資話や、マネーロンダリングに速水さんの名義を利用していたんですよ。彼のギャラが不自然に高騰したのもその一環です。徐々にファンは離れていきました。」
翔がリモート越しに問いかける。
「二人の関係を、どのように感じていましたか?」
川上は深いため息をつき、視線を落とした。
「彼らの関係は奇妙でした。藤原が速水さんをマネージメントしているというよりも、速水さんが藤原に支配されているように見えました。どんなに理不尽な要求でも、速水さんは逆らわなかった。むしろ、藤原に忠実であろうとしているかのように見えました。あれは洗脳というよりも、完全に精神的に支配されていたように思えます。」
川上はしばらく言葉を途切らせ、遠くを見つめるように続けた。
「ある時、速水さんが事務所に一人でやってきたことがありました。藤原に気づかれないように、周囲を警戒しながら、何かを伝えようとしているようでした。私はその時、何か話そうとしている速水さんを励ましました。でも、結局何も言わずに帰ってしまったんです。あの時、無理にでも話を聞いておけばよかった…」
川上の声は震えていた。
彼自身、速水のことを本当に気にかけていたのだろう。
翔は静かに彼の話を聞きながら、何かが見えかけている感覚を覚えた。
「それはいつ頃のことですか?速水さんが最後に事務所に来たのは。」
「5年前です。」
「ちょうど再開発が話題になり始めた頃か。」
翔がスマホの画面越しに呟いた。
「速水さんはその後、事務所に姿を見せなくなった?」
「ええ、藤原は速水さんを完全に孤立させ、周りと接触させないようにしていました。彼が現れる前、速水さんはどんなに辛いことがあっても、音楽に向き合っていた。だが、藤原が現れてからというもの、彼はピアノを弾かなくなったと聞いています。演奏活動も減り、レッスンにも顔を出さなくなっていた。きっと彼の心を完全に蝕んでいたんでしょう。」
川上の言葉には、彼自身も後悔の念が滲んでいた。
彼は速水聡を救えなかったことを、今でも悔やんでいるのだろう。
「ありがとうございました、川上さん。何か新しい情報があれば、ご連絡ください。」
優斗は頭を下げ、川上に感謝の意を示した。
翔の声がリモート越しに響いた。
「優斗、藤原の正体を探るのはもちろんだが、速水さんが再開発地区にいた理由、そして藤原と再開発地区に繋がりがないかも同時に追うんだ。速水さんはただ操られていただけじゃない。彼は何かを知っていて、それを暴こうとしていたのかもしれない。」
「わかりました。再開発地区と藤原、そして速水さんが集めていた証拠…。調べるべきことは山ほどありますね。」
優斗は力強く頷き、次の行動に移る決意を固めた。
速水聡というピアニストが何を見て、何を守ろうとしていたのか。その真実を明らかにするために、彼は絶対に諦めないと心に誓った。
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ダイナミックレコードを出た優斗は、スマートフォンを片手に再びタクシーを拾い、再開発地区に向かった。
翔とリモートで情報を共有しながら、頭の中でこれまでの出来事を整理する。
速水聡が命をかけて守ろうとしたもの、藤原が隠し続けたもの。
それらの断片が少しずつ繋がり始めていた。
タクシーの窓の外を流れる街の風景を見つめながら、優斗は自分の拳をぎゅっと握りしめた。
藤原という男の影に隠れた真実を暴き出すため、速水が残した最後のメッセージを解き明かすため、優斗の心には新たな覚悟が宿っていた。
「待ってろよ、速水さん。必ず真実を見つけ出してやる。」
次の捜査目標は、再開発地区の実態だ。二人の刑事が、真実に向けて少しずつ前進していた。
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つづく。
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