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ホームレス殺人事件
ホームレス殺人事件4『過去』
しおりを挟む優斗は捜査本部で机に向かい、翔から送られてきた速水聡の写真を一枚ずつ丁寧に眺めていた。
若かりし頃、舞台で華やかに演奏する姿、プレス向けの写真、インタビューに応じる彼の穏やかな微笑み。
どれも、あの廃ビルで無惨に横たわっていたホームレスの姿とはまるで違う光景だった。
「これが…本当に、同一人物なのか…」
優斗は頭を振りながら、現実を受け入れようとしていた。
速水聡という名前は、優斗が幼い頃に聞いたことのある伝説的なピアニストのものだった。
しかし、その名声が一転し、ホームレスとして命を落としたという事実に、彼は言い知れぬ悲しみを感じていた。
スマートフォンが震え、翔からのメッセージが届く。
写真のデータが次々と送信されてくる。
演奏会の舞台裏での写真や、速水がコンサートツアーで訪れた海外の様子まで、まるで彼の人生の記録が詰まったアルバムのようだった。
「優斗、この中に速水と藤原が一緒に映っている写真があるかもしれない。居酒屋の主人にこれを見せて、藤原がどの男なのか特定してくれ。」
翔のメッセージを読み終えた優斗は、直ちに現場へ向かう決意を固めた。
写真を手に、速水の行きつけだったという居酒屋に再び足を運ぶ。
---
薄暗い居酒屋は昼間ということもあり、客もまばらだった。
店主はカウンター越しに片づけをしている。
優斗が店内に入ると、彼は優斗に気づいて手を振った。
「刑事さん、また来てくれたのかい。今日は何か分かったのか?」
「ええ、少しだけ。今日は速水さんについて、もう少し詳しくお聞きしたくて。」
優斗はスマートフォンを取り出し、翔から送られてきた写真を見せ始める。
速水聡の笑顔の写真が画面に映し出され、居酒屋の主人は一瞬目を細めた。
「ああ、間違いない、これが彼だよ。あんな有名な人が、どうしてこんな所に来てたんだろうなぁ…」
「速水さんと一緒にいたという藤原という男について、何か思い出せることはありませんか?」
優斗は次々と写真を見せながら尋ねる。
店主は一枚一枚慎重に見つめ、記憶を手繰り寄せるようにしていた。
そして、何枚目かの写真を見たとき、彼の表情が変わった。
「これだ、これが藤原って男だ。間違いない。いつも速水さんと一緒にいて、俺たちにもよく話しかけてきたよ。少し嫌な感じのやつで、威圧的な態度だったから、みんなあまり近づかなかったけど…」
店主が指差した写真には、速水の後ろに立つ一人の男が映っていた。
背が低く、小太りで、顔にはいかにも悪徳商人を思わせるような薄笑いを浮かべている。
その男が藤原という名前なのだろうか。
「この男が藤原ですか…」
優斗は写真を凝視しながら呟いた。
「どうやら、速水さんはこの男と一緒にいたことで、何か悪い影響を受けたようですね。」
居酒屋の主人はうなずきながら言葉を続けた。
「あの藤原って男、速水さんが酔って何か話そうとすると、すぐに遮ってた。彼が話すのを嫌がっているように見えたな。妙に支配的で、まるで速水さんをコントロールしているみたいだったよ。」
居酒屋の店主は、思い出したように優斗に話し始めた。
「そうだ、思い出したよ。速水さんと藤原が口論しているのを一度だけ見たんだ。あの日は速水さん、いつもと違って酒に酔っていて、普段は小さくなってたあの人が、珍しく藤原に怒鳴りつけていたんだよ。」
優斗はその言葉に耳を傾け、さらに身を乗り出す。「怒鳴りつけていた?速水さんが、藤原に?」
「ああ、確かにそうだ。速水さんは、ものすごい剣幕で『俺はもうお前のいいなりにはならない』って叫んでいた。それから、『俺の曲を返せ』とも言ってた。店の中の客もみんな凍りつくくらいの怒鳴り声だったよ。藤原は最初は笑っていたが、速水さんが本気で何かを言おうとしているのを察したのか、急に真剣な顔になって、彼を店の外に連れ出したんだ。それから、どうなったかは分からないけど…」
店主は当時の光景を思い出すように目を細めながら続けた。
「あの時の速水さんの顔は、今でも忘れられない。何かに追い詰められているようで、それでいて、最後の抵抗をしているみたいな、そんな必死な表情だったんだ。」
優斗は店主に礼を言い、店を出るとすぐに翔に電話をかけた。
「翔さん、居酒屋の主人が藤原の写真を確認しました。この男が速水さんと行動を共にしていたそうです。店主の話だと、藤原は速水さんに対して支配的な態度を取っていたらしい。どうもただの友人ではないようです。」
スマートフォン越しに聞こえる翔の声は、いつも以上に冷静だった。
「その藤原、どうやら速水のマネージャーを自称していたらしい。優斗、今から速水が契約していたダイナミックレコードに行ってくれ。担当者に話を聞くんだ。」
優斗は即座にタクシーを拾い、ダイナミックレコードの本社に向かった。
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つづく。
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