リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

文字の大きさ
上 下
42 / 53
ホームレス殺人事件

ホームレス殺人事件4『過去』

しおりを挟む


 優斗は捜査本部で机に向かい、翔から送られてきた速水聡の写真を一枚ずつ丁寧に眺めていた。

 若かりし頃、舞台で華やかに演奏する姿、プレス向けの写真、インタビューに応じる彼の穏やかな微笑み。

 どれも、あの廃ビルで無惨に横たわっていたホームレスの姿とはまるで違う光景だった。

「これが…本当に、同一人物なのか…」

 優斗は頭を振りながら、現実を受け入れようとしていた。

 速水聡という名前は、優斗が幼い頃に聞いたことのある伝説的なピアニストのものだった。

 しかし、その名声が一転し、ホームレスとして命を落としたという事実に、彼は言い知れぬ悲しみを感じていた。

 スマートフォンが震え、翔からのメッセージが届く。

 写真のデータが次々と送信されてくる。

 演奏会の舞台裏での写真や、速水がコンサートツアーで訪れた海外の様子まで、まるで彼の人生の記録が詰まったアルバムのようだった。

「優斗、この中に速水と藤原が一緒に映っている写真があるかもしれない。居酒屋の主人にこれを見せて、藤原がどの男なのか特定してくれ。」

 翔のメッセージを読み終えた優斗は、直ちに現場へ向かう決意を固めた。

 写真を手に、速水の行きつけだったという居酒屋に再び足を運ぶ。


 ---

 薄暗い居酒屋は昼間ということもあり、客もまばらだった。

 店主はカウンター越しに片づけをしている。

 優斗が店内に入ると、彼は優斗に気づいて手を振った。

「刑事さん、また来てくれたのかい。今日は何か分かったのか?」

「ええ、少しだけ。今日は速水さんについて、もう少し詳しくお聞きしたくて。」

 優斗はスマートフォンを取り出し、翔から送られてきた写真を見せ始める。

 速水聡の笑顔の写真が画面に映し出され、居酒屋の主人は一瞬目を細めた。

「ああ、間違いない、これが彼だよ。あんな有名な人が、どうしてこんな所に来てたんだろうなぁ…」

「速水さんと一緒にいたという藤原という男について、何か思い出せることはありませんか?」

 優斗は次々と写真を見せながら尋ねる。

 店主は一枚一枚慎重に見つめ、記憶を手繰り寄せるようにしていた。

 そして、何枚目かの写真を見たとき、彼の表情が変わった。

「これだ、これが藤原って男だ。間違いない。いつも速水さんと一緒にいて、俺たちにもよく話しかけてきたよ。少し嫌な感じのやつで、威圧的な態度だったから、みんなあまり近づかなかったけど…」

 店主が指差した写真には、速水の後ろに立つ一人の男が映っていた。

 背が低く、小太りで、顔にはいかにも悪徳商人を思わせるような薄笑いを浮かべている。

 その男が藤原という名前なのだろうか。

「この男が藤原ですか…」
 優斗は写真を凝視しながら呟いた。
「どうやら、速水さんはこの男と一緒にいたことで、何か悪い影響を受けたようですね。」

 居酒屋の主人はうなずきながら言葉を続けた。
「あの藤原って男、速水さんが酔って何か話そうとすると、すぐに遮ってた。彼が話すのを嫌がっているように見えたな。妙に支配的で、まるで速水さんをコントロールしているみたいだったよ。」

 居酒屋の店主は、思い出したように優斗に話し始めた。

「そうだ、思い出したよ。速水さんと藤原が口論しているのを一度だけ見たんだ。あの日は速水さん、いつもと違って酒に酔っていて、普段は小さくなってたあの人が、珍しく藤原に怒鳴りつけていたんだよ。」

 優斗はその言葉に耳を傾け、さらに身を乗り出す。「怒鳴りつけていた?速水さんが、藤原に?」

「ああ、確かにそうだ。速水さんは、ものすごい剣幕で『俺はもうお前のいいなりにはならない』って叫んでいた。それから、『俺の曲を返せ』とも言ってた。店の中の客もみんな凍りつくくらいの怒鳴り声だったよ。藤原は最初は笑っていたが、速水さんが本気で何かを言おうとしているのを察したのか、急に真剣な顔になって、彼を店の外に連れ出したんだ。それから、どうなったかは分からないけど…」

 店主は当時の光景を思い出すように目を細めながら続けた。
「あの時の速水さんの顔は、今でも忘れられない。何かに追い詰められているようで、それでいて、最後の抵抗をしているみたいな、そんな必死な表情だったんだ。」

 優斗は店主に礼を言い、店を出るとすぐに翔に電話をかけた。

「翔さん、居酒屋の主人が藤原の写真を確認しました。この男が速水さんと行動を共にしていたそうです。店主の話だと、藤原は速水さんに対して支配的な態度を取っていたらしい。どうもただの友人ではないようです。」

 スマートフォン越しに聞こえる翔の声は、いつも以上に冷静だった。
「その藤原、どうやら速水のマネージャーを自称していたらしい。優斗、今から速水が契約していたダイナミックレコードに行ってくれ。担当者に話を聞くんだ。」

 優斗は即座にタクシーを拾い、ダイナミックレコードの本社に向かった。


 ---

 つづく。


 ---
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

処理中です...