リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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ホームレス殺人事件

ホームレス殺人事件1『遺体』

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 雨がしとしとと降り続く、都内の再開発地区。

 薄暗い空の下、竹内優斗はパトカーから降り、雨を遮るようにコートの襟を立てながら、現場へと足を進めた。

 目の前に広がる廃ビルは、長い年月を経て朽ち果てた様子で、かつて人々が生活していた痕跡さえ感じさせない。

 雨に濡れた地面には、雑草がひっそりと生え、街路灯の光がぼんやりと辺りを照らしている。

 優斗は、現場保存の警察官と挨拶を交わした。

 その街路灯の下、一人の男性が静かに横たわっていた。
 年齢は50代くらいだろうか。

 ホームレスのように薄汚れた衣服を着たその遺体には、目立った外傷は見当たらない。

 だが、その無防備な姿が雨に打たれているのを見ると、何か奇妙な違和感が優斗の心にじわりと広がった。

 優斗は慎重に手袋をはめ、遺体の周りを一歩一歩、細心の注意を払って調べ始めた。

 周囲に血痕や争った痕跡は見当たらない。

 死因は一目では判断できないが、ただの自然死ではないと直感する。

 何かがこの場所に残っている――そんな予感が優斗の胸に沸き上がる。

「翔さん、現場に到着しました。ホームレスの男性の遺体が見つかりました。現状、見たところ外傷はありませんが、周囲に奇妙なものは何もありません。」

 優斗はスマートフォンを取り出し、リモートアプリを通して自室にいる笹本翔に報告した。

 画面越しに映る翔の表情はいつも通り冷静で、状況を把握しようとしている様子が伝わってくる。

「了解、優斗。遺体の状態は?血痕や争った形跡はあるか?」
 翔の低い声がスマートフォンから響き、優斗の緊張を少し和らげる。

 彼はリモート越しでも的確に指示を出し、現場にいる優斗を支える。

「いえ、特に目立った形跡は見当たりません。ただ…」
 優斗の視線がふと、遺体の脇に落ちていた紙片に止まる。

 それは雨に濡れてわずかにシミができた、楽譜の一部だった。

 風に吹かれたゴミのようにも見えたが、その紙切れがただの路上生活者の持ち物とは思えない何かを感じ取った。

 優斗は紙片を手に取り、画面越しの翔に向けて映し出す。
「楽譜の断片が近くにありました。これ、ただの路上生活者のものとは思えません。」

「楽譜?」
 翔が一瞬、沈黙した。

 彼の目が細まり、モニターに映った楽譜をじっと見つめる。

 楽譜には『hayami』のサインが入っていた。

 翔の表情には、何かを思い出そうとしている様子がはっきりと現れていた。

 少しの間があった後、翔は低く呟いた。
「…少し待ってくれ。その楽譜、もしや…」

 優斗は画面越しに翔の顔を見つめたまま、彼の言葉を待った。

 翔が口を開くその瞬間を感じながら、息を飲む。

「その楽譜、かつて有名だったピアニスト、速水聡のものだ。彼の演奏には、一時期俺も救われたことがある。だが、彼はいつの間にか音楽業界から姿を消し、ホームレスになっていたとは思いもよらなかった。」

 その名前を聞いた瞬間、優斗は驚きで体が固まった。

 速水聡――その名は、音楽界では一時代を築いた天才ピアニストとして知られていた。

 だが、そんな人物が今、ホームレスとして命を落としているとは信じがたい事実だった。

 目の前に横たわる遺体が、かつての輝かしい栄光を持った人物であることに、優斗は一瞬言葉を失った。

「それが本当なら、この事件はもっと深いところに繋がっているかもしれませんね。どうしますか?」
 優斗は冷静を装って質問するが、心の中ではこの奇妙な状況がただ事ではないと確信していた。

 翔はモニターの向こうで短くため息をつき、少し間を置いて言った。
「まず、速水の周囲の人物関係を調べろ。彼がなぜホームレスになったのか、その背景には何かがあるはずだ。」

「了解しました。すぐに調べます。」
 優斗は速やかに現場周辺の監視カメラの位置を確認し、証拠を洗い出す準備を進めた。

 速水聡という名がこの事件の重要な手がかりであることは明白だったが、彼の過去に何が起きたのか、そしてなぜホームレスとして死を迎えることになったのか、その背後にある謎はまだ見えない。

 優斗は深く息を吐き、現場をくまなく調べることを決意した。

 雨音が遠くで鳴り響く中、彼の表情には新たな事件への手がかりを追い求める鋭い決意が浮かんでいた。

 ---

 つづく。


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