リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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番外編

番外編『竹内優斗の記憶』

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 目を覚ましたとき、あたりは薄暗く、ぼんやりとした光が部屋に差し込んでいた。

 時計を見ると、朝の4時半だった。

 だが、優斗はそれに気づくこともなく、ただベッドに横たわったまま、息を乱していた。

 汗が肌にまとわりつき、心臓が激しく鼓動している。

 それは夢――いや、記憶だった。

 優斗の胸の奥に、あの幼い頃の出来事が再び浮かび上がってくる。

 夢の中で見たのは、10歳のあの日――

 自分が大切な人を守れなかった、あの忌まわしい出来事だった。


 ---

「優斗くん、こっちに来て!」

 真由が手を振りながら、公園のブランコの方へと駆けていく。

 彼女は優斗と同じクラスで、一緒に遊ぶことが多かった。

 背が少し高くて、長い黒髪が風に揺れていた。

 真由の笑顔は、いつも優斗の胸を暖かくしてくれた。

 優斗は真由の後を追って、小さなブランコの前で立ち止まる。

「今日はブランコの順番、私が先だよ!」
 真由が笑いながらそう言うと、ブランコに飛び乗り、勢いよく体を後ろに反らせた。

 その姿を、優斗は少し離れたところから眺めていた。

 自分よりも活発で、いつも楽しそうにしている真由が、優斗にとっては憧れだった。

 彼女が笑うと、周りの世界が少しだけ明るくなるような気がした。

 でもその日、その輝きは突然、消えてしまった。


 ---

 公園の入り口に、一人の男が立っていた。

 優斗と真由は気づかなかったが、その男は二人をじっと見つめていた。

「真由ちゃん……」

 優斗が何か言おうとした瞬間、男がこちらに近づいてきた。

 彼は無言のまま、真由に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

「優斗くん、この人、誰?」

 真由が不思議そうに首をかしげた。

 彼女はまだ、何も疑っていなかった。

 男は彼女に話しかけるでもなく、ただそのまま彼女の腕を掴んだ。

「――おい、放して!」

 優斗は自分でも驚くくらいの声を出した。

 だが、その声は男には届かなかったようで、男は真由を引っ張るように歩き出した。

 真由は「助けて」というような視線を優斗に向けていたが、声を出す余裕すらなかった。

 優斗は、その場で動けなくなっていた。

 体がすくみ、足が地面に張り付いたように動かなかった。

 心の中で「助けなきゃ」と何度も叫んでいたが、体はまるで凍りついたように反応しなかった。

 男は真由を連れ去り、車に乗せようとしていた。

 優斗はただその光景を見つめ、無力さを感じるしかなかった。

「……何が起きたんだ……」

 優斗の心の中はパニックでいっぱいだった。

「助けなきゃ」「何かしなきゃ」と頭の中で繰り返されるが、体はその指令に従わない。

 自分の足がまるで鉛のように重く、動くことすら許されないように感じた。

 真由の顔が、車に押し込まれる前に、最後に優斗の方を見た。

 助けを求める瞳。

 だが、優斗はその目を見返すことさえできなかった。

 車のドアが閉まり、エンジンがかかる。

 優斗は立ち尽くしたまま、その音を聞いた。


 ---

 その日、真由は連れ去られたまま、二度と戻ってこなかった。

 警察が捜査を始め、優斗の両親も協力したが、真由の行方はついにわからなかった。

 優斗はずっと自分を責めていた。

 あの時、自分がもっと勇気を出していれば、真由を助けられたのではないか。

 もし、声を出して走り寄っていたら、彼女を守れたのではないか。

 そんな後悔が、優斗の心に深く刻まれた。

 それ以来、優斗は何度も夢の中であの光景を見た。

 夢の中ではいつも、彼は動けないまま、無力さに囚われている。


 ---

 目を覚ました優斗は、ベッドの中で体を丸めていた。

 呼吸が乱れ、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。

「また……あの夢か……」

 心の中で、幼い頃の自分が何度も「助けて」と叫んでいる。

 だが、その声は現実には何も変えられない。

 もう、真由は戻ってこないのだ。

 彼女のことを思い出すたび、優斗は胸が苦しくなる。

 あの日、自分が勇気を出せなかったことで、彼女の運命が変わってしまった。

 自分の無力さが、彼女を連れ去った男に差し出してしまったのだ――そんな思いが、優斗の心を蝕んでいた。

 だが、優斗はその無力さを、未来のための力に変えた。


 ---

 あの事件がきっかけで、優斗は警察官を目指すことを決意した。

 誰かが危険にさらされている時、今度こそ守れる自分になりたい。

 もう二度と、大切な人を守れないまま、無力感に囚われることは嫌だった。

「俺は……真由を守れなかった。けど、今度は……」

 優斗は拳を強く握りしめた。

 彼は真由を助けることはできなかったが、今後は同じような被害者が出ないように、必死で行動することを誓った。

 彼の中で、あの日の後悔がずっと燃え続けている。

 そしてその炎は、今や彼の原動力になっている。


 ---

 優斗は深く息を吸い、ベッドからゆっくりと起き上がった。

 目の前には、仕事のために整えられた制服がかかっている。

 警察官としての役割――それは、彼にとってただの職業ではなく、自分自身の贖罪でもあった。

「今度こそ、俺は守る……」

 優斗は自分にそう誓いながら、制服に腕を通した。

 彼の心には、今もあの日の光景が消えることなく残っている。

 だが、その記憶が彼を強くし、前へ進む力になっていた。


 ---

 終わり


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