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資産家令嬢誘拐事件
資産家令嬢誘拐事件 最終話『令嬢』
しおりを挟む1ヶ月後――
翔は画面越しに美夏の姿を見つめていた。
彼女の黒髪は艶やかに輝き、白いレースのワンピースが可憐な雰囲気を纏わせている。
その笑顔は、まるで天使のように無垢で優しげだ。
「美夏ちゃん、元気そうで何よりだよ。体調はどう?」
翔はあくまで優しい口調で問いかけた。
彼女の外見からは、先日の誘拐事件の恐怖が感じられない。まるで何事もなかったかのように微笑んでいる。
「はい、元気です。ありがとうございます」と、穏やかに答える美夏。
その声は澄んでいて、彼女が無事であることを伝えるには十分だった。
だが、翔はその奥に隠されたものを探っていた。
美夏の瞳に映る冷たい光が一瞬、彼の心に不安を投げかけた。
「そうか。それにしても……お父さんのこと、大変だったね。美夏ちゃんにとって、お父さんはどんな人だった?」
彼女の目が一瞬、輝きを増したように見えた。
「お父さん……?」と美夏は微笑みながら答える。
「お父さんは、優しくて……私のために何でもしてくれました。欲しいものは全部手に入れてくれたんです。新しいゲーム、可愛いドレス、アクセサリー……」
その言葉には一見、素直な感謝の気持ちが込められているように聞こえた。
だが、翔は彼女の言葉の背後に潜む冷ややかな本音を感じ取った。
彼女の笑顔は変わらないままだが、その目の奥には、冷酷な何かが光っている。
「そうか……君にとっては、特別な存在だったんだね」と翔は慎重に続ける。
「じゃあ、その関係は……君にとって満たされていたの?」
美夏の笑顔は一瞬硬直し、次の瞬間には再び柔らかい微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。お父さんは、私の我がままをいつも許してくれました。どんなに高価なものでも、何も言わずに買ってくれたんです。私はすべてを手に入れることができた。そう……好きな物があるから何も不自由しなかったんです」
その言葉の裏にある冷たさが、翔の背筋を凍らせた。
物があれば、それで満足――まるで感情や愛情を必要としないかのような彼女の言葉に、翔は美夏の本当の姿を垣間見た。
「でも、君が本当に欲しかったものは……物じゃないんじゃないか?」
翔の問いかけに、美夏は一瞬だけ視線をそらし、目を伏せた。
そして、再び顔を上げた時には、笑顔がさらに深まっていた。
「そうかもしれませんね。でも、物があればそれで十分だったの。お父さんが私を見てくれなくても、私は強くなれたし……今では、物以上に大切なものもわかるようになりました」
その言葉に潜む皮肉を翔は見逃さなかった。
彼女の微笑みはまるで、すべてを見透かし、操る者の笑顔だ。
「お父さんが見てくれなかった……それが、君を変えたのかな?」
美夏はその問いに一瞬考える素振りを見せ、静かに答えた。
「ええ、そうね。お父さんは物を与えるだけで、私をちゃんと見てくれなかった。でも、それでよかったの。おかげで私は、自分で欲しいものを手に入れる術を学んだんです。どんな手を使ってでもね」
その瞬間、翔は彼女が単なる被害者ではなく、何かもっと深い陰謀を抱えていることを確信した。
「君は、何を手に入れたんだ?」
美夏は少し微笑み、やや謎めいた目で翔を見つめた。
「それは……秘密です。翔さんには、まだ教えてあげられないわ」
その言葉を最後に、美夏は小さく笑いながら視線を外した。
彼女の笑顔は一見無邪気なものだったが、その裏に隠された冷酷な意図が見え隠れしていた。
翔は少し間を置いてから、核心に迫っていくことを考えた。
「そうか、それはよかった。ところで……あの時、美夏ちゃんが持っていたキーホルダーなんだけどね。普通、あんな小さなGPSを見つけるのはかなり難しいはずなんだよ。犯人は、どうしてすぐに気づいたんだろう?」
翔が穏やかに質問を投げかけると、美夏は少し目を伏せた。
しかし、すぐに顔を上げ、準備していたかのような口調で答えた。
「ええっと……あのキーホルダー、ちょっと目立つデザインだったから、犯人が興味を持って調べたんじゃないかと思います。私は知らなかったけど、GPSが仕込まれていたなんて……」
彼女の答えは自然だったが、翔にはどこか表面的に聞こえた。
美夏が用意していた答えのように、完璧に整っていた。
しかし、翔はそのままさらに踏み込む。
「そうか……でも、もう一つだけ気になることがあるんだ。美夏ちゃん、犯人に銃を突きつけられたとき、君はすごく冷静だった。普通の人ならあの状況でパニックになるはずなんだけど、君は何も怯えた様子がなかった。どうして、そんなに冷静でいられたんだろう?」
この問いを投げかけた瞬間、画面越しの美夏の表情が一瞬硬くなった。
しばらくの沈黙が続き、翔はじっと彼女の反応を見守った。
美夏はその問いに答えなかった。
目を伏せたまま、口を開くこともなく、じっと画面のこちら側を見つめていた。
そして、突然、美夏は軽く微笑み、静かに笑い声を漏らした。
「……うふふ……」
その笑い声には、何か秘められた意図が感じられた。
翔は息をのむが、言葉を発することができなかった。
美夏の笑みは、まるで全てを見透かしたような、冷淡な光を帯びていた。
「またお話ししましょうね、翔さん」
美夏がそう言い終え、画面が暗転しかけたその瞬間、翔は一度大きく息を吸い込み、思い切って問いをぶつけた。
「美夏ちゃん……君が、お父さんの秘密を知っていたんじゃないかって、そう思ってるんだ。田中勝也を探し出したのも、この誘拐を計画したのも、君なんじゃないか?」
画面の暗転は止まり、美夏の顔が再び映し出された。
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「……どうして、そんなこと思うんですか?」
その言葉はまるで無邪気な少女の問いかけのようだったが、翔はその裏に潜む何かを感じ取った。
美夏はそのまま、ゆっくりと小さく笑いながら続けた。
「そんなこと、私にできると思いますか?お父さんの秘密なんて、何も知らないわ。私、ただの普通の女の子よ」
その言葉を聞きながらも、翔は彼女の瞳の奥に冷たい光を見逃さなかった。
美夏はそのまま、何も答えないまま微笑みを崩さず、軽く頭を傾げて尋ねた。
「……でも、もしそうだったらどうします?」
その一言に翔は息をのんだ。
美夏の微笑みは、まるで全てを見透かし、遊んでいるかのようだった。
そして、彼女は一度も目を逸らすことなく、ただ「うふふ」と小さく笑った。
「さようなら、翔さん。またお話しましょうね」
画面はゆっくりと暗転し、完全に切れた。
翔は静かに画面を見つめ、心の奥に冷たい感覚が広がっていくのを感じた。
翔はしばらく画面を見つめ、彼女の背後に潜む悪魔的な本性に寒気を覚えた。
この少女は、ただ可憐なお嬢様ではない――何か深い闇を抱えた存在だ。
彼女は本当にただの被害者だったのだろうか?その疑念が、胸の中でゆっくりと広がっていく。
すべてが終わったはずなのに、彼女の言葉や仕草が、まるで物語の続きがまだ待っていると告げているようだった。
翔は深く息をつき、立ち上がった。
田中勝也が死んだ以上、彼女が仕掛けた真実の全貌を知るためには、さらなる調査が必要だ。
全てが解明される日まで、翔はその謎に挑み続けることを誓った。
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資産家令嬢誘拐事件編 完
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